表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/93

▶︎予想外の展開? いや、予想通りの展開(少年)

ダンジョン、それは神秘への誘い。

ダンジョン、それは未知との遭遇。

ダンジョン、それは冒険への始まり。


迷宮の最奥には世界の秘密が眠っているなんて、ゲームやライトノベルでは良くある設定ではないか。

もちろん、物凄く興味があるし、物凄く魅力的な響きだ。

中学二年生の俺が、行きたくないわけがない。


にもかかわらず、この世界に来て二ヶ月。

魔物との戦いにも慣れてきたというのに、未だ遺跡という名のダンジョンに足を踏み入れたことさえなかった。


何しろ毎回おねえさんの猛反対が始まるからだ。


当たり前の話だが、この世界はゲームの世界ではないし、小説のファンタジーフィクションの世界でもない。

……はずだけど、一概にそうだと言い切れないのがラノベ知識のせいだったりする。

フィクションの世界に異世界召喚、異世界転生なんて話が腐るほどあるのが日本ラノベ界である。


とはいえ、もし創作の世界に入っていたのだとしても、これは夢や幻ではなく、切れば血が流れるし、怪我をすれば痛い。

剣と魔法の世界だとはいえ、不慮の事故で死ねばそれっきりで、お手軽な復活アイテムも、便利な蘇生魔法もないのだ。

つまり、ダンジョンで死ねば人生終了。

そんな高リスクな案件を、おねえさんが快く承諾するわけがなかった。


俺はというと、彼女が怖がるほど危険だとは思えなかったけど。


急激に身体能力が上がり、この世界で暮らす人族の一般平均よりも高い能力を手にしている俺は、危険に対しての警戒が薄すぎるのかもしれない。


カークにもリアンにだって、まだまだ敵わないというのに、いつまでも全能感が消えない。

言語的には理解しているのだが、自分にとって危険と思えないために、危険を危険として認識できないのだ。

そのため、おねえさんが嫌がる事を一般的な危険行為と判断するようにしていた。

だから、彼女が危険だからリスクがあるからと嫌がる事は避けるのが正しい。


とはいえ、遺跡に関しては謎が多く、不可思議な現象が起こりやすいというのがこの世界の共通認識で、日本に帰る手掛かりが見つかるなら遺跡ではないのかと考えることも多々あった。

せめて、一度でも踏破すれば何らかの結論を得るのにとは思っていた。


考えていた真逆の方向から地球に帰るための情報が出てきたとはいえ、必ずしも方法は一つではないかもしれないし。


大体、あの方法、大雑把にカークに相談してみたが、どうにも良い感触ではなかった。

どこまで信頼できる情報なのかという部分も含めての渋い回答だったのもあるけど、やはり何よりも転移する先の異世界を指定する方法がないのが難色の最大の理由だった。


現代日本において魔法なんてものお目にかかった試しがないし。

両親や友人が心底心配していたとしても、俺たちを何らかの力で呼ぶとか……まあ、ないな。


喫茶店の店長の外見と話した日本語を考えれば、彼は明らかに日本人の血を引いているし、彼の家族についてわざわざ嘘をつく理由もない。元々話す必要もなかった内容なのだ。

あの話が眉唾物だとは思っていない。


思ってはいないが、その方法での帰還が不可能というのなら、他の方法を探さなければいけない。


もしその他の方法が遺跡に眠っているとしたら?


命を担保にするだけのメリットが遺跡にある訳でもない。というのが、彼女の最大の反対理由だったが、メリットがあれば承諾するだろう。

当のおねえさんが、日本に帰る事が何よりも最優先事項、って言い続けているし、そっちから説得すれば案外許可なんて簡単に出そうだなとも考えた。


そういうことで、王都を出発したらまた説得すればいいかと、遺跡の件を保留したのはつい数日前のことだ。


なのに、高校生に会うために遺跡調査の依頼を受けることになり、とんとん拍子に話が進む。


今回の遺跡調査依頼については、初めから遺跡内部には入らない話だったからおねえさんが了承した経緯がある。


こんな風に、徐々に感覚を麻痺させていって、遺跡に慣れてもらうのがいいかな。

おねえさんが嫌がる無茶な事はしないって、約束しちゃってるしなあ。


なんて事を考えていたのはつい直前の話だ。

おねえさんがいて、イレギュラーが起こらないわけがなかった。








「妙な音がする。この屋敷やべぇかも」


屋敷厨房の地下倉庫。

リアンが不安になるようなことをさらりと口にする。


「お前ねー。ヤバいって抽象的すぎ」


冷めたような目で俺を見て、馬鹿にしたように舌打ちした。

可愛らしい外見を裏切って、態度悪いのだ、こいつ。

おねえさんがいないと口も悪い。


どうしてあんなに可愛い美少女なのに恋に落ちないの?などと、たまにおねえさんが気持ちの悪いことを言ってくるが、普段から俺やカークにはこんな態度なのだ、恋なんか落ちるわけがない。


「家鳴りじゃねえな。なんだ? 床下からの音?」


耳を澄ますリアンが眉を顰めた。


犬の獣人ほどではないらしいが、猫だって人間の何倍も聴力が高い。

日頃から内緒話や遠方の会話などを盗み聞きされているのを目の当たりにしている身としては、その聴力には絶大な信頼を置いている。


「お前が嫌な予感がするんだな?!」


それに、長年冒険者として生きてきたリアンの直感も信頼に足るものだ。


俺は急いでおねえさんがいるはずの厨房へ駆け上がった。

それはリアンも同様だった。


地下倉庫を出た瞬間、大きな音を立てて厨房の床が四分の一

ほど抜ける。

床にぽっかりと大きな穴が空いていておねえさんが白雪と一緒に落ちていくのが見えた。


この距離では届かない。


咄嗟に飛び降りようとした俺をリアンが引き止める。

それを振り切ろうとして腕を上げた瞬間に懐に入られて、思いっきり腹を殴られた。


最近筋力がついてきたらしいリアンに本気で殴られると、それなりにダメージが入る。


膝をついて、殴られた腹部を庇いながら睨みつけると、リアンが呆れたように口を開いた。


「落ち着け。どのくらいの深さか分からない。お前がパニックになってどうする。ヒナが助かってても、お前が死ねば本末転倒だ」

「お前、何でそんなに冷静なんだよ?!」

「冷静なわけ……っ、し!」


奴は猫耳をぴくぴくさせながら穴の淵に腰を下ろして深淵を覗き込む。

それと同時にカークが呑気に厨房に顔を出した。


「……なんだ? この穴」


呑気に首を傾げるカークの仕草にイラっとする。


「何でそんなに落ち着いてられんだよ?!」


耐えられなくなって喚いてしまう。

リアンが器用に片眉を上げて俺を振り返り、カークは軽く肩を竦めた。


「魔法で繋がっているからな。今は命の危険がなさそうなのは察知できる」


カークの言葉に、リアンが顔を顰める。

そんな風におねえさんが自分以外の誰かと特別に繋がっている状態が忌まわしいらしい。

そこに関しては俺も同感だ。


「ちょっと聞こえにくいが……うん、大丈夫そうだ。怪我もないみたいだ。少し先で引っかかって見えるのはアレの手か? おかしな事になってるみたいだけど」


俺はリアンと同じように穴の淵で屈んで、彼の言うものを見てみた。

暗闇の中に、白い小さな手のようなものが浮かび上がっている。それは穴の側面の岩にしがみついているようだった。


なるほど、白雪がおねえさんを助けたって訳だ。

俺たちよりよっぽど役に立つ。

王城での一件を思い出して、思わずほぞを噛む。


「上がっては来れない感じだな」


ボサボサの前髪をかきあげながら、カークが俺たちの上から穴を覗き込んだ。


「声の遠さからすると、結構距離があるな。飛び降りるのはやめた方がいい」

「ふむ。さっき向こうで長いロープを見つけた。持ってこよう」


魔術師のくせに魔法で解決しようとしないこのSクラス冒険者は、本当によく分かんない人だ。正体がはっきりしても、胡散臭さはそのままだし。


そんでもって、俺の剣の師匠なんだよな。忌々しいことに。

本人は普通の人族だと言ってるが、一対一では未だ勝てたためしがないのが、腹立たしい。

腹立たしいのは、もちろん、リアンにもカークにも勝てない不甲斐ない自分自身にだ。


逸る気持ちを抑えて、イライラしながらカークの持ってきたロープを柱に固定する。


魔法で繋がっているカークや人並外れた聴力で状況を把握できているリアンとは異なって、自分にはおねえさんがどのような状況でいるのか推し量る術がない。

二人の言動を信じないわけではないが、実際に見て感じたものでないのだから、完全に動揺が収まるわけでもなかった。


固定したロープを穴に垂らすと、俺は直様深淵へと身を投じる。


命の危険がないからといって、声が聞こえるからといって、何も問題が起こっていないとは限らない。

事が起こった後で駆けつけることになるかもしれない。


埒のないことが脳裏で渦巻く。

だから、ちゃんと自分の目でおねえさんの無事を確かめたかった。


俺に先を越されたリアンが毒付いていたが、無視だ無視。


ロープを手に穴の側面の壁を蹴りながら降りていくと、数メートル下で壁にへばりつくよう白雪の手らしき物があった。

暗闇に浮かび上がる白い手は、僅かに発光していた。


近づくと、それは確認でもするかのように、何かを伝えるかのように俺に軽く触れてから、穴の奥へと移動していった。


厨房の床が崩落してできた穴は、予想していたよりも深い。

屋敷の下にどうすればこんな空洞ができるのか不思議に思うほどだ。


そろそろ底が見えてもいい頃ではないかと考えていると、一瞬おかしな感覚がした。

トンネルに入ったときや、飛行機の離着陸時に耳が詰まったように感じるあれと似ている気がした。


下を見ると、今まで真っ暗だった穴の底がうっすらと光っている。

座り込んだ人影はおねえさんだろう。

動いているところを見ると本当に無事だったらしい。

おねえさんの隣で僅かに発光しているのは白雪の手だ。

俺たちの目印になろうとしているのだろう。


ほっと息を吐き出して入口の方を仰ぎ見ると、真っ暗でカークとリアンは見えなくなっていた。


あと少しでロープが終わる。

穴の底には辿り着いていないけど、このぐらいの高さなら飛び降りても問題なさそうだ。


床や壁の剥き出しの岩肌が僅かに光っている。

街灯ほどの光量はなかったが、周囲の状況が分かるぐらいの明るさはあった。


着地すると、即座におねえさんに駆け寄ろうとしていた俺は足を止めた。


何故か、座り込んだおねえさんが白雪にチョコレートを食べさせている。


ずいぶん呑気な光景に、安堵するとともに脱力感が半端なかった。


「はい、白雪、あーん」

「シラユキはあーんする」

「ほらほら、たーんとお食べ」


小さな女の子に餌付けする赤毛の青年という絵面が酷い。

日本なら見つかったら即通報だな。


なんだかなー。

まあ、おねえさんらしいけど。


降りてきた俺達に気づいた彼女は頭を上げて安心したように満面の笑みを浮かべた。

たったそれだけで、先程まで胸の中でモヤモヤしていた焦燥感が、見事に吹き飛んでいく。


一喜一憂して、動揺を隠せずに、一人で焦って空回りして。

彼女の笑顔一つで解決してしまえる単純さや不出来な自分が恥ずかしくて、俺は殊更つっけんどんに言葉を紡いだ。


「緊張感がないのはいつも通りだとして、何でのんびりおやつタイムしてんの」


まあ、なんだ、リアンとカークには俺の心内なんてバレバレなんだろうけどさ。





こうして、おねえさんのイレギュラーに巻き込まれて、俺は初めて遺跡へと足を踏み入れたのである。

想定外が起こるのも想定内。

故に、大量のゾンビが出できたのも、ボスっぽい魔物が出できたのも、部屋に閉じ込められるのも予想の範疇だった。

黒い靄が残った部屋に閉じ込められたのも、トラップルームみたいで、何らかの条件さえ満たせばすぐに出られるだろうと高を括った。


その結果、おねえさんが無防備にも素手で黒い靄に腕を突き入れるという、唐突な事態が発生したのだ。

何をどう思考してそのような行動になったのかは全く理解できなかった。

そういったリスクは彼女が一番嫌がる行為だからだ。


唖然として動きを止めてしまったのが最初のミス。

現状に危機感を感じなかったのが二つ目のミス。

靄が動いたのを見て自然に体が動いたものの、全ては一瞬のことで。


彼女が黒い靄に取り込まれる前にこちらに引き寄せなければいけないと、伸ばした手は彼女を掠めて空を切る。


四人の中で一番早く動けるリアンは距離がありすぎ、次に早い俺では間に合わないほどの瞬きの間だったのだ。

先程の、床の崩壊に巻き込まれて落ちていく彼女に届かなかった手と同じだった。


あの絶望感を思い出す。


「おねえさん!!」


叫びは、彼女を追いかけて黒い靄へと吸い込まれる。


空を切る手の勢いで、バランスが崩れた。

それを無理矢理立て直して、俺はそのままおねえさんを追いかけて黒い靄へ飛び込む。


靄へ飛び込む直前、その腕をリアンに掴まれた。

振り向くとカークと白雪は俺を捕まえているリアンを掴んでいる。


そして、おねえさんを追いかけたはずの俺たちは、次の瞬間魔物と戦闘中の冒険者たちの真っ只中に突然現れたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ