冒険者さんと出会いました 1
マーダレーの町に近づくにつれ、目に入る哨戒の兵士が明らかに多くなった。
町に入る門には何十人も兵がいて、通行証を確認するだけにしては物々しい雰囲気だ。
昨日聞いた、魔力の残滓につられて集まる魔物対策のせいだろう。
そのせいか、街へ入っていく徒歩の旅人はほとんどいなくて、馬上の人ばかりだ。
朝一で出てきたために、まだ時間が早いからというのもある。
本来三時間かかる移動が、自転車のお陰で三分の一に短縮してるしね。
私は隊長さんに書いてもらった紹介状を門番の兵に見せた。
隊長さんからはこれで大丈夫と太鼓判を押してもらっているけれど、やっぱり緊張する。
紹介状を確認した門番に、私達は詰所と思われる所に案内された。
門から入ってすぐ、二階建ての簡素な建物だ。
少年は兵士に確認して、厩の端に自転車を置かせてもらっていた。
そこなら常時馬番がいるので、盗まれる心配がない。
門番も馬番も不思議そうに自転車を見ていたが、商売道具だと説明すると素直に信じてくれた。
中に入ると大きな広間にはいくつものテーブルと椅子が並んでいて、そこで兵士達が歓談していた。
談話室っぽい雰囲気だった。
奥にいくつかの扉が見えたから、そこに部屋があるのがわかる。
広間は吹き抜けになっていて、一階も二階もどの部屋の扉も広間から見える位置にあった。
私達は階段を上って二階にある一室に案内された。
ソファのセットがあるものの、お茶が出るわけでもないし、すぐに来るとのことだったので立ったままでいた。
用事だって、手紙を渡すだけだから、部屋に案内されるまでもなかったのだ。
しばらく待っていると、大柄な男の人が入ってきて挨拶をした。
歳の頃は二十歳後半ぐらい。
栗色の柔らかそうな短い髪は緩くウェーブしていて、切れ長だけど大きな目が優しげな雰囲気を醸し出しているイケメンさんだった。
この国はいわゆるコーカソイドの特徴を持つ人が多いから、私から見たら、イケメン率はかなり高い。
だってみんな、鼻が高くて、彫りが深く、目が大きくて、頭が小さくて、背が高い。
その中でも、今現れた男の人は群を抜いて顔もスタイルも良かった。
一目惚れとか、好みの外見だとかいうつもりはない。
でもね、女だって美形の異性を見るのは楽しい。
自分に関係のない人でも、見ているだけで目の保養になるし、モチベーションも上がってくるものなのだ。
なのに。
「手紙を預かってもらっているそうですね」
私へにっこりと笑いかける男の人に、嫌な感じを受けた。
美形の笑顔が私にだけ向けられているのだから、ぽうと惚けてしまってもおかしくない。
でも、そうはならなかった。
目の前の男の人の笑みは、可愛い女の子の手前興味のない女に愛想笑いをしなければいけない同コンの男性達が浮かべるのによく似ている。
その事に、僅かに警戒心を覚える私がいた。
隣にいた少年が私の強張りに気づいたようで、怪訝そうな瞳で見上げてくるのが、視界の端に映る。
「おねえさん? 預かってるよね?」
少年に促されて、慌ててカバンから預かっている手紙を取り出した。
一枚の紙を何度か折って小さくして、蝋で封をしている物だ。
「あ、これです」
手渡すと、男の人は頷いて、おもむろに封を切った。
その場で読むの?って思ったけど、よく考えると私達がちゃんと預かったものを渡したのかは、中身を読まなければわからないわけで、その場で開封して中を改めるのは当たり前だと気付いた。
手紙の中身を確認した男の人は、元のように手紙を折りたたんでから、私達に頭を下げた。
「ありがとうございました。確かに受け取りました。それで、あなた方ははぐれた旅一座をお探しだとか。す街の中のことなら、我々の方が情報が集まりやすいですし、部下に探させますので、それまで、こちらで休憩していかれてはいかがですか。それほど時間はかからないと思いますよ」
そう提案されて、困った私は少年を見てしまった。
だって、旅一座なんていないし、いない旅一座を探してもらったら、明らかに私達が嘘をついているのがバレてしまう。
「ねえさん、探してもらおうよ。ここで待ってたら見つかるんでしょ?」
少年が可愛子ぶった口調で私の視線に答えた。
後半は男の人への質問である。
「ああ、そうだよ。ここでねえさんと一緒に待っているといい」
男の人は少年へ慇懃さの消えた口調で優しく答える。
その表情もとても柔らかくて、嫌味なしにハンサムだった。
こっちが本来の姿に近いのかも。
先程私に向けた笑みとは随分違うイメージを受けた。
あれ?
私、初見で嫌われたってこと?
それはそれで、ショックなんだけど、落ち込む私を気にしてくれる人などいるはずもないよね。
続けて一座の名前を聞かれて口ごもる私に、男のきつい視線が突き刺さるように感じた。
代わりに少年が答えてくれて、男の人が部屋から出て行くと、私は肩の荷が降りたとばかりに部屋のソファに座り込んだ。
「おねえさん、俺らいろいろ迂闊だったかも」
外を見ていた少年が、窓際から離れて隣に座る。
「これって、ピンチよね」
改めて口にしてみた。
「だよなあ。ニッポンなんて、旅一座がいないのは確かだし」
少年の口からのでまかせで、私達は現在、ニッポンという名の旅一座とはぐれてしまった姉弟ということになってしまった。
「いないってバレる前にここから逃げ出さなきゃ」
と、少年が言うので、私は少し前から考えていたことを口に出してみることにした。
「正直に言うってのは、選択肢にないの?」
「異世界から来ましたって?」
「うん……ほら、あそこの場所での儀式って、国の行事だったわけでしょ? だから、本当のことを言ってもそう悪いことにはならないんじゃないかな。あの高校生達と同じところに連れて行ってもらえるかもしれないし」
「……おねえさんは、儀式の内容、何だと思う?」
質問されても、すぐには答えられなかった。
私達がこの世界にいることが儀式の結果なのではないかと推測はしている。
でも、私達日本人を呼び出す事にわざわざ国が動くとも思えなかった。
儀式の副産物としてこっちに来ちゃったってのなら、納得できるんだけど。
答えない私を待っていられなかったのか、少年が言葉を続けた。
「勇者召喚ぽいんだけどなあ。そして、テンプレなら、俺たちって、明らかに勇者召喚に巻き込まれたモブなんだよなあ」
ああ、また少年が変な単語を口にしている。
その単語も不穏な気配がするよ。
「その召喚についてはよくわからないんだけど、逃げたら追いかけられるよね。犯罪を犯したわけでもないのに逃げるのは嫌だし、良くないよ」
「うーん……まあ、確かに逃げたら疚しいことしてますって言ってるようなもんだしなあ。あ、そうだ。ねえ、おねえさんさ、トイレ行きたくない?」
前振りなくいきなり言われて、私はキョトンとしてしまう。
トイレなんて、考えもしていなかった。
「今のうちにトイレへ行っておくべきだよね。行ってきなよ。部屋にはトイレが付いてないみたいだから、外に出なきゃいけないみたいだし」
私に何かさせたいのかな? て思ったので、促されるままに部屋の扉を開いて外に出ようとした。
すると、詰所の広間にいた兵達が一斉に私の方を見上げてくる。
その目が剣呑で、かなり怖い。
「どうかされましたか?」
丁度部屋の前にいた年若い兵士が声をかけてきた。
物腰は柔らかいがやはり目が笑ってない。
更に、部屋の前にいるという不自然さに、さすがの私も少年の意図が理解できた。
「あの、トイレをお借りしたいのですが」
慌てて答えると、若い兵士が案内してくれる。
トイレは建物を出なければいけなかった。
教えてもらったら一人で行って帰って来る旨を伝えたのに、彼は迷子になっては困るからと付いて来る。
門を潜ってすぐの所にある詰所の周辺だからか、周囲には民家がなく、詰所と馬屋が並んでいた。
町並みと言えるものはない。
迷子になるような場所でも距離でもなかった。
詰所の隣の馬屋側に置いた自転車を横目で見て、それが没収されていない事に少し安心する。
いざとなれば、自転車なら逃げることができるはず。
そんなことを考えて、トイレに入る。
付いてきた兵士は律儀に私が出てくるのを待っていた。
扉を開けて出ると、町の外、かなり遠方に色の付いた煙が上がっているように見えたのは錯覚かな?
詰所の中に戻ると、先程より兵士の動きが活発になっている気がした。
煙が原因かも、と予測してみる。
見張りがいなくなるかもと、淡い期待を抱いてみたけれど、いなくなることはなかった。
部屋へ入って扉を閉めると、少年を見て立ち尽くす。
彼は私の表情を見るなり、確信が強まったといった様子で見返してきた。
「さっきのおっさん、何か変だったもんな。ここから簡単に出してもらえないか」
少年の台詞が、不吉な予言のように聞こえた。