いざ遺跡へ6
終わりかと思ったらまだ先があった。ってのはボス戦の定番と化している。
ボスを倒したと思ったら、強くなって復活したり、変身して強くなったりする。
最近は第一形態、第二形態とかいう言い方をするらしい。
ボスと思われたモンスターを倒したら、変身ではなくて真のボスモンスターが登場するっていうのもゲームや小説では定番だ。
少年の振るった剣が見事に骸骨騎士の核を破壊したようで、魔物の骨が勢いよく崩れて鎧の中で積み重なっていた。
複数の他にあった武器もそのまま地面に放り出されている。
「タリラリッタッラ〜」
少年が気が抜けるようなメロディを口ずさんた。
「次の戦闘前にレベルアップぐらい、してもいいと思うんだけどなあ」
骸骨騎士の鎧に刺さった剣を引き抜きながら少年が呟く。
彼がそう言うのも当然で、骸骨騎士と一体化していたように見えた大きな黒い塊が、まだ部屋の中央に揺めきながら浮遊していたのだ。
「提案!」
私は勢いよく手を上げ、みんなの注目を奪った。
「現状、その黒いのに動きがないなら、刺激せずに部屋から出るってのはどうでしょう」
「可能であれば、それが一番だな」
カークさんが私に賛同してくれる。
が、前置きがものすごーく気になるんですが。
私から降りた白雪に先導してもらいながら、黒い塊を避けて扉に近づいてみた。
リアンさんが私と同じように扉に駆け寄る。
その間、少年とカークさんはのんびり散乱している武器を検分していた。二人ともここから出る気ないな、少しムッとしたが、すぐに彼らの行動の意味とカークさんの前置きを理解した。
扉がピクリとも動かなかったのだ。
外側から鍵をかけられているというより、扉が石になってしまったようだった。
「やっぱ、条件クリア系の部屋かよ」
リアンさんが扉を力任せに蹴ったが、軋みすらしなかった。
この結果をカークさんと少年も予想していたのだろう。
「つまり、ここから出るためにはあの黒いのをなんとかしないといけないってこと?!」
「ぐらいしか思いつかないよね」
可愛らしく肩を竦めるリアンさん。
扉を背に、へなへなと崩れ落ち項垂れた私の前で、白雪が心配そうにしゃがんで様子を窺っている。
「リスクないってカークさん言ってたのに!」
「そんなの毎度の話だよね。予想の斜め右上に行くのはヒナにも原因があるし、そもそも、大抵のことはカークにとってリスクでもないだろうし」
可愛らしい外見で、辛辣に返してくるリアンさん。
言い方が少年に感化されているとしか思えない。
赤髪の隙間から恨めしそうに美少女な青年を見上げる。
そんな正論いらないし。
だって、早くここから離れたい。
ここに居たくない。
すぐ側で私を見つめるリアンさんも白雪も、部屋の真ん中で武器を検分している少年もカークさんも、何故みんなそんなに平然としているのだろう。
みんなおかしいよ。
なんでそんなのんびりしてられるの?
どう考えてもここは変だし、あの黒いのも怖い。
こんな場所には居られない。
早くこの扉をなんとかしなければ。
扉を開けなければ。
湧き上がる焦燥感に、私は強く手を握った。
「ひな!」
耳元で切羽詰まったリアンさんの声が響く。
座り込んだ私に覆い被さるように、リアンさんが左肩を抱いていた。そして、右手をリアンさんに握りしめられていた。
その隣でしゃがんだ白雪が私を見上げる。
視界の隅に駆け寄ってくる少年と黒い塊に腕を伸ばすカークさんが見えた。
「ひな、右手、開く?」
「あ……?」
言われて、私は自らの右手をゆっくりと開と、手の平中央にヒリヒリとした変な痛みを感じた。
中途半端に伸びていた爪が皮膚を傷付けている。
血が滲むほど自分で自分を傷付けているなんて、普通じゃない。本来なら痛みで力を込めるなんてできないはずだ。
「な、に?」
状況を理解できない私を抱き締めて、リアンさんが僅かに震えていた。
「ごめん。ヒナがおかしいことにすぐに気づけなかった」
心底後悔してるような口調だった。
そこに、駆けつけてきた少年が驚いた声をあげる。
「おねえさん!? リアン、何してんだよ!」
私とリアンさんを引き離そうとする少年を仕草で静止したのは白雪だった。
「黒いのが悪い。ネコはウチタテヒナタ助けただけ」
「黒いの?」
少年が先程までいた方を振り返る。
丁度、カークさんが黒い靄の塊を剣で叩き斬ろうとしていた。
「やられた……あんな簡単に。僕が気づくべきだったのに。くそっ!」
可愛い外見から静かに吐き出された乱暴な言葉が、リアンさんの忸怩たる想いを吐き出していた。
ノロノロと私から身を剥がし、彼は私の隣に座り込んだ。その目は少年を見ている。
「……精神汚染だ。特定の感情を増幅して、思考を阻害する。正常な判断ができなくなるんだ。ヒナだけじゃない。僕もヤバかった」
「あの黒いモヤが原因か」
少年が私の右手に触れる。
所詮私如きの握力で付いた傷だ。怪我とも言えないほど小さなものだ。
リアンさんも少年もそんなに気にすることないのに。
「あれをなんとかしろってことだな」
そう結論づけると、少年が黒い靄に向かって駆け出した。
「あのタフさが羨ましい」
ため息と共にリアンさんが零す。
その言い方が、年相応の成人男性のように感じられたから、共感できたし、親しみも覚えた。
「リアンさんが案外私寄りで、ちょっと、ホッとしてますけどね。さっきの、骸骨の、白雪曰く、威嚇と咆哮? には全然平気だったじゃないですか。私一人だけ足を引っ張るのは、分かっててもそれなりに落ち込みますし」
少年とカークさんが試行錯誤してるのを遠目から見ながら、つい心の内を漏らす。
「ああいう、くるのが分かってるのは心構えで抵抗しやすいからね。そこは経験じゃない?」
「心構え?」
「深呼吸して、心を平静にして落ち着かせて、冷静にそれでいて気持ちは攻撃的に上向きにって感じで待ち構えると、大抵レジストできるかな。さっきは無意識下に働きかけられてボロが出たけどね。僕はあの二人と違って普通だから」
最後は自嘲するような口調だ。
「適材適所ですよ。リアンさんが常識的な普通の人で私は大助かりですからね」
「ヒナがそう言ってくれるのは嬉しいね。褒められてる気はしないけど。ねえ、右手出して。薬塗っておくよ」
傷薬の効果は既に実証済みである。私は抵抗することもなく、右手を預けた。
ヒリヒリする手のひらに、リアンさんは思いの外大きな手で丁寧に傷薬を塗り込んでいく。
「結局、あの黒いのってなんなんですかね」
「遺跡の核、遺跡のトラップ、妖魔のなり損ない、まあ、いくつか推測はできるけど、正解は分からないね」
「さっきは黒いのから骸骨騎士が出てきましたよね」
「だから、遺跡の核かなって思ったんだけど」
「遺跡の核ってなんですか?」
「遺跡の力の源。遺跡を形作るもの。遺跡の意思。俗説は色々あるけど、実際の所、何なのかは解明されてないんだ」
「うーん? ダンジョンのボスとは違うのかな」
「なにそれ?」
「遺跡みたいな迷宮の中で一番強い魔物で、迷宮の主人をボスって言うんですよ。で、ボスを倒すとその迷宮は力を失ったり、崩壊したりするの」
「ヒナの世界の話? 結構物騒な世界だね」
「世界の話っていうか」
まさに物騒なこっちの世界の人に、地球の話が物騒とか言われると思わなかった。
地球の場合、主にゲームとか小説とか、作り物の世界の中の話ですけどね。
「その、迷宮の主人と遺跡の核は似てるかもね。遺跡の核を破壊すると遺跡そのものが崩壊するらしいよ。だから、遺跡の意思なんていう言い方もあるわけだし」
などと遺跡の話を聞くと、じゃあ、遺跡とは何なのだ?との疑問が再び湧いてくる訳なのだが。
この世界の頭の良い人が解明できないというのなら、にわかに私が考えて出る結論でもないだろう。
「とりあえず、あの黒いのがその遺跡の核だったら、あの二人が破壊してしまったら、ここが崩壊するってことですよね? まずくないですか」
「どちらにしろ、この部屋に閉じ込められているんだし、助かるためには原因を取り除かないと。それに、まずいって?」
「だって、遺跡が壊れるってことでしょう?」
壁や天井が落ちてくる様を身振りで表現してみたけども、リアンさんには上手く伝わっていないようだ。
「天井や壁が崩落して生き埋めになったりとか」
「崩壊、崩壊、あ、なるほど。えーと、遺跡が機能を停止するって事だから、既に作られている迷宮そのものが物理的に壊れるって事じゃないよ」
翻訳機の誤翻訳みたいになってるけど、崩壊と訳された言葉と同じ意味の言葉が日本語になかったのだろう。
覚えていたら少年に確認しよう。
リアンさんが丁寧に丁寧に薬を刷り込んでくれているお陰か、手の平の微かに刺すような痛みは緩和して殆ど気にならなくなっていた。
にもかかわらず、彼はまだ私の手を握って離さない。
「リアンさん?」
私は訝しげに、青年を窺った。
薬を塗るだけにしては、手を握っている時間が長すぎるんじゃないかと思うのだ。
減るもんじゃないし、不都合がある訳ではない。
でも、外見は子供でも、私より年上の男性なんだよね。
三十歳ぐらいの男性が私の手を握ってるって考えたら、ちょっと正気でいられない。
想像を掻き消すようにリアンさんの麗しの顔を凝視しながら、私は遠慮がちに注意してみる。
「もう塗り終わってませんか」
「うん?」
手をにぎにぎしながら、可愛らしい笑みを向けてきた。
部屋の中央では少年とカークさんが黒い靄相手に戦闘中だというのに、ここは何故かふんわりと花が飛んでるようだ。
少年が駆けつけてこないことをわかっていて、確信的に有耶無耶にしようとしている。それに、その可愛い顔を効果的に使うんだから、ずるいと思う。
「ネコ、変だ」
私の様子を伺っていた白雪が不機嫌そうに声を上げた。
「ケイトとエサの所に行かない」
白雪にとって、カークさんは食料という認識で完全に確定してしまったようだ。しかし、エサって……。
「おかしなこと言うなよ、白雪」
即座に反論したリアンさんだが、確かに変だ。
本人も発言の違和感に気づいたのか、またも顔を歪ませる。
「ネコはシラユキをシラユキと呼ばない」
ちみっ子になってしまった白雪自身が指摘する。
握っていた手を離し、そのまま自分の顔を覆ったリアンさんは大きく息を吐いた。
「僕が一番ヤバいのか。こんなに耐性がないとは思ってなかった」
その言葉に白雪が不思議そうな顔をした。
「シラユキとエサはいつも魔法に精神干渉されている。ケイトも何かに干渉されている。ウチタテヒナタとネコは何もないから精神を触りやすい」
さも当然のように状況を説明するので、この世界では常識なのかと思いかけたが、リアンさんがキョトンとしているところを見ると初耳な情報のようだ。
彼は少し考えてから、言葉を紡いだ。
「それは、カークとお前は常に従属魔法による精神干渉が行われているから、他の干渉を受け入れる余地がないと言うことか。なら……」
チラリと私に視線を向けるリアンさん。
ちょっと目が輝いている。
ヤな予感がした。
「しませんし、できません」
私は、何か言われる前にすぐ様拒絶した。
そもそも、白雪にしろカークさんにしろ、本人が従属魔法を使っただけで、私自身は魔法を使えないのだから、従属の契約を行うなんてできるはずがなかった。
いや、できたとしても絶対にしないけどね。
この関係性に何か変化があったのかと問われると、何も無いと答えるしかない。
相変わらずカークさんは私が嫌がることを面白がってするし、白雪が私だけに懐いているのも変わらない。
普通に生活していれば、強引に結ばされた従属魔法の存在なんて忘れてしまえるのだ。二人に担がれてるんじゃないかと考えるぐらいに。
でも、私の感覚としては、モヤモヤして気持ち悪いのだ。終わったことだからあれこれ考えず受け入れているが、何かに強制的に従わされるという事実そのものに拒否感を覚える。
だって、精神に干渉して、主人に従う気持ちを増大させる魔法だって、カークさんが言ってたし。
カークさんや白雪に抵抗がないのが術を行使したのが従属する本人だからなのか、こちらの世界の当たり前だからなのかは判断がつかないけど。
「魔法で気持ちを強制するなんて、対等な人間関係を築けなくなりそうで怖いじゃないですか」
思わず口をついて出た言葉。
リアンさんが少し残念そうに微笑む。
「そう感じるヒナだから惹かれるんだろうなとは思うけど、魔法だけでも繋がっていたいって想う気持ちは否定されたくないなあ」
感じ方が異なるのは、私がこの世界の人間ではないからなのか。
日本人の考え方に惹かれるのであれば、他の日本人に対しても同様の感情を持つのだろう。
それこそ、あそこで女装してる日本人の少年とか。
勝手に持たれた自分の印象に釈然としないものを覚えつつ、人間関係に亀裂を入れたくない八方美人な私は曖昧に笑みを返すしかなかった。