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いざ遺跡へ5

私の持っている武器はただ一つ。ドラゴンスレイヤーと名付けられてしまった短剣だ。

少年に譲ろうとしたら断られたので、そのまま包丁がわりに持ち歩いている。

良い武器があるからって勝てる訳でもないし、身体能力のない私には無用の長物。

わざわざそれを抜いて身を守ろうとするよりも、みんなの邪魔にならないように部屋の端っこで縮こまっている方が余程建設的だ。


三百六十度全方向を守るより、壁を背にして百八十度にした方がきっと守りやすいはずだというのが、いつも守られている私の結論だった。


足手まといは足手まといなりに、そのマイナスをできるだけ最小にするのが仕事である。


自分のやるべき事をしっかりと確認して立ち位置を決めると、彼らが注意を向ける入口に目をやった。

先程から変な音が反響している大元だ。


「恵人くん、むっちゃヤな予感がする。この音、呻き声?っぽいのって某ゾンビ洋ドラでよく聞くやつじゃない? だって、ここってお墓から派生したダンジョンでしょ、絶対そうだよ」

「それ、たまに母さんが見てるの知ってるけど、俺は見ちゃダメって言われ続けてるから、内容あんま知らないんだよな」


そういえば、あれって年齢制限あったよね。

確かに、エグさとエロとドロドロの人間模様。どれも子供には見せてはいけない内容だった。

てか、お母様見てるのね。

私の周りで見てる女性っていないんだよね。

ちょっと親近感湧いちゃったぞ。


「そうだよな。墓場だと、アンデッド系は王道か」

「そういうのはホント、詳しいんだよな」


少年の言葉にリアンさんが返しながら、先程鞄から出した小瓶を少年に投げた。


「念のため。聖水だから刃に振りかけておけよ」


ということは、アンデッドは聖属性的なものが苦手なのかな。私たちの世界のフィクションとその辺りの常識は同じなのか。

そして、警戒してから結構時間がかかってるのは、アンデッドの中でもやはりアレだからなのかな。


壁際へにじり寄りながら小瓶を受け取った少年の動作をみていると、例のアレが入口に現れた。

初めに姿を現したソレは部屋の明るさに僅かに怯んだように見えたが、それは一瞬のことで、すぐに私達を敵として認識したようだ。


うん、ゾンビだ。

醜悪な姿も、鼻をつくような生臭さも、生理的嫌悪を催すには充分な効果を持っていた。


「アンデット対処法は、核の破壊だ。大抵頭部を破壊すれば核も破壊される」


注意を促すカークさんに、少年が首肯しながら向かって来るゾンビの頭部に、聖水を振りかけた剣を横殴りに叩きつける。

簡単にゾンビの頭部が吹き飛んだ。


なるほど、弱点も一緒か。


首を失ってその場で崩れ落ちるゾンビは見ていて気持ちいいものではないけれど、あまりにもきれいに頭部が吹き飛んだせいか、それほどグロテスクな光景ではなかった。


そんな感想を持っている間に、少年の剣がもう一体の頭を叩き割る。

何処かであの戦い方見たな。

とか考えていたら、少年が続けて次のゾンビの顔面に剣を突き出した。

その勢いに、やっぱりゾンビの頭が吹き飛ぶ。


そういや、力で押し切るのは得意って、船の上で豪語してたよね。

思い出しながら、私は美少女に扮している少年の周りに積み上がってくゾンビの山に若干引いた。


私は飛んできた汚物で汚れないように、白雪を抱き上げる。

少年の勢いでは、彼女の出番はなさそうだったし。


他方、リアンさんとカークさんも順調にゾンビの数を減らしていく。


リアンさんが脳幹らしき部分にナイフを突き刺すと、ゾンビは面白いように動きを止めた。丁度核がある部分をピンポイントで狙っているのだろう。

頭蓋骨に邪魔されずに奥まで刺さるのは、彼の技術なのか聖水の効果なのか。

どちらにせよ、リアンさんの周囲にも動かなくなったゾンビが重なっていく。


カークさんも言わずもがな。

気がつくと彼の周囲にも複数のゾンビの体だけが転がっていた。


某ドラマとは異なり、現れた二十体を超えるゾンビ達の動きはそれなりに素早くて驚いたけれども、私にでも見えるぐらいの動きだったし、少年達の足元にも及ばないのは明白だった。


あっという間に動くゾンビがいなくなり、ひどい汚臭だけが辺りに充満していた。


「手こずる予定じゃなかったの?」


臭いに辟易しながらも、思わずリアンさんに尋ねてしまう。


「このくらいのアンデッドだと、こんな風に大量発生してることが多いから、多勢に無勢で普通は手こずるんだけどね。数体、上位種っぽいのがいたし」


言下にメンバーが普通じゃないと告げている。

確かに、それぞれの周囲に重なっているゾンビを見ると、リアンさんが一番少ない。

だからといって、あなたが普通であると証明されているわけでもないから。

彼だって、私にとっては十分に人並みはずれている。

獣人族だとしても能力は上位なんじゃないかな。

リアンさんしか知らないから断言はできないけども。


「くっせーよ。これ、なんとかなんねーの?」


剣の刃に付着した汚れを払いながら、少年が盛大に顔を顰めて吐き捨てた。

それは私も同感だ。


「そうだな。密室ではないし、まあいけるか」


落ちて来た天井の吹き抜けを一瞥したカークさんは、私達へ部屋の端に移動するように指示する。


カークさんの呪文を唱える声が聞こえたので振り返ると、突然ゾンビ達の体が燃えた。

同時に突風が吹く。


白雪が私を抱きしめ返し、少年とリアンさんが私の身体を支えた。一瞬の出来事だったが、彼らの反応の速い事速い事。


風に飛ばされるなら私より体重軽い二人の方が先じゃないかなあ。

と、咄嗟に漏らしかけて、はたと口をつぐんだ。

私が口を開く前に二人が猛烈な勢いでカークさんに抗議し始めたからだ。


「やる前に説明しろよ!」

「危ないじゃないか!」


私はというと、やいのやいのとやり合う三人を眺めながら、深呼吸を繰り返す。

カークさんの処置で臭気も一緒に燃やしてもらえたようで、息をするのが楽になったのだ。


瞬間的に酸素が大量に消費された結果の突風だったってことなら、この世界でも物が燃える時は酸素が必要なのかもね。

科学的に説明できないことは多いけど、物理的な事象に関しては案外科学で説明できたりするのかもしれない。


パタン。


意識の外側から扉の閉まる音が聞こえ、室内で軽く反響する。


私が唯一の出入口に目をやると、先程の突風のせいか、大きく開いていた扉が閉まっていた。


ブォン。


音にならない音が部屋の内部で響いた気がして、周囲を見回す。

勘違いじゃない。

みんなの怪訝な表情が見えたから。


そして、大きな地震の予兆のように、一瞬空気が震え、何かが来るような予感がしたと同時にそれは起こった。


空気を揺るがして、唐突に巨大な黒い塊が落下して来た。


瞬間、白雪が身を固くして、私の腕の中で身構える。


「ほんっと、引きが強すぎて惚れ惚れするぜ、ご主人様!」


興奮した口調で漏らしたカークさんが開いた左手を私たちに向けると、ふわりと何かに包まれたような気がした。

リアンさんが再度聖水の小瓶を少年へ放ち、すかさずキャッチした少年がそれを剣の刃の部分へ振り掛ける。


落ちて来たモノが確認できるまでの短い時間に、四人とも素早く状況を把握して対策を立ててる。


私だって、巻き込まれないための心算は終えていた。


黒い塊の中心は、ガシャンガシャンと金属音を立てた。

人の形をしたソレは、黒い鉄鎧を全身に纏って、複数ある腕にそれぞれ長さの違う剣を持っていた。

私たちを睨め付けるように上げられた白い相貌は眼窩が落ち窪んでいて光がなく、開かれた口はボロボロの歯が剥き出しになっている。


骨格だけの身体に鎧を纏って剣を使うモンスター。

ゲーム風に言えば骸骨騎士、スケルトンナイトとでも呼ぶのだろうか。


骸骨騎士を取り巻く大きな黒い靄がゆらりと揺れると、その剥き出しの歯列の間から空気を震わせる咆哮が放たれる。

私にでも解る圧迫感は、かつてドラゴンに感じたものと似ていた。

先程のゾンビなど比較にならない。

おそらく、これこそが上位の魔物の存在感というやつだ。


「うちだてひなた、シラユキを見る」


竦んで動けなくなった私の腕の中で、抱き上げられた白雪が小さな両手で私のほおを挟んだ。

体温なんてないはずの彼女の小さな手に温もりを感じた途端に、体の強張りが解けた。


私の様子を横目で確認していたらしい少年とリアンさんが僅かに安堵したように見える。


「白雪、おねえさんを任せた」

「しょーがないなあ、ヒナを護れよ」


二人とも白雪に声をかけると私を背にして、現れた骸骨騎士に向かっていく。


「え? あ、なに?」

「威圧と咆哮は魔法と違う。守護魔法を通り抜ける。ウチタテヒナタが痛いはシラユキが許さない」


威圧と咆哮は魔法じゃないから、カークさんの掛けてくれた何らかの防御が効かなかったって事かな。


ん?!

ソレやばかったのでは?


気づいて冷や汗が流れる。


動けなくなるとか、動きが遅くなるとか、弱体化するとか、混乱に陥るとか、ゲームのスキルだったら定番の状態異常がありそうだよ。


骸骨騎士と正面から剣を打ち合う少年とカークさん、動きで翻弄して数本の腕を牽制しているリアンさん。

あの人達が平気なのが不思議でならないんだけども、そこは突っ込んだら負けなのか。


先程の咆哮を実際に体験した訳だし、骸骨騎士が恐ろしい魔物であることは実感している。

白雪が白雪になる前のマドール河の魔物に、同じように恐怖を掻き立てられたことを思い出す。


でも、あの時は私一人で立ち向かわなければいけなかった。

今は少年もカークさんもリアンさんもいる。

あの時は敵だった白雪だって、私の心強い味方だ。


そんな彼らは、危なげなく骸骨騎士を牽制し、致命傷になるような攻撃を繰り出しているように見える。

勝負は見えたようなものだ。とても強い魔物だったが、あの三人の相手をするには力不足は否めないよ?

にもかかわらず、胸騒ぎが治らなかった。


何かを感じ取ったのか、白雪が怪訝な顔をして私を覗き込む。


「ウチタテヒナタは不安」


そう言うと、先程と同じように白雪が両手で私の頰を挟んだ。


今度は彼女の体温のない手をひんやりと感じた。つまり、さっきのように何かを解除するような力は働かなかったって事だ。


「っせい! これで最後だ!」


雄叫びと共に少年が骸骨騎士の頭上から、剣を首から斜め下に突き入れた。


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