いざ遺跡へ2
まず、遺跡とはどういったものなのか。
私にはもう一度そこから説明してもらう必要があった。
いつ誰が造ったか判明しない「遺跡」と呼ばれる迷宮がある、という台詞は覚えている。
ただ、「魔物の巣窟になっている」とカークさんが口にした時点で、遺跡探索が私の中の行動すべき選択肢から完全に消えていた。
つまり、こんな私が遺跡の説明をちゃんと聞いているわけがないのだ。
カレダの街の近くにある遺跡には、結局一度も足を運ばなかったし。
もちろん、少年が興味を持っていて、時折会話していることは知っていたし、少年もカークさんもものすごく遺跡探索推しだったのも、理解していた。
故に、話を振ったが最後、絶対に行くことになるのは目に見えていたから、敢えて触れないようにもしていたし、詳しく説明を聞こうともしなかった。
今回は……仕方がない。
勇者に会いたいと言ったのは私だ。
それに、日本に帰る手がかりがないとは限らないと、少年には諭されたし。
危ないから絶対に嫌だと言い続けるほど、私は頑固ではないつもりだ。
それに、遺跡そのものに入る事はないとカークさんには明言されたし。
本隊で調査するには冒険者ランクが足りないらしい。
遺跡に関わる事自体も嫌なんだよ?
だけど、それなら妥協できるかなと思った。
これでミサキチャンとの誤解が解消されて前向きな意見交換ができれば、少年への汚名返上となるよね。
少年はなんとも思ってないようだったが、後から考えるに、泥酔しての愚痴大会は、かなりの醜態だったのは確かなのだ。
そういう訳で、今更だけど遺跡の話である。
少年は私と違って、旅の間にカークさんとリアンさんから詳しく「遺跡」について説明を受けていたらしい。
私がイメージしやすいように、二人の説明をゲームに例えて補足してくれる。
確かに、ゲームのダンジョンに近いんだよね。
学生時代にプレイしていた据え置きゲームのイメージが強い私からすると、RPGのダンジョンといえば、迷路のような通路、モンスターの無限増殖、アイテムのドロップ、最奥のボス戦、なんてのが基本だと思っている。
知識として知っているのは、PCゲームのMMORPGまでだ。
最近のスマホゲームになると全くわからない。
スマホゲームに関しては、ガチャゲーは好きではないし、パズルしか興味ないからね。
で、この世界でいう「遺跡」は、据え置き機のRPGのダンジョンを思わせるのだ。
この世界では魔物を倒してもアイテムやお金を自動的にドロップしてはくれないけどね。
あれは作り物だからこその物理現象完全無視の利便性を追求したゲームシステムなのだから、ゲームでないこの世界で同じ現象が起こらないのは当然だ。
この世界では、魔物を倒して戦利品を得ようとすれば、畜産の牛や豚のように解体しなければいけない。
カークさんとリアンさんに最初に教えてもらったのも、グレイウルフの解体だったし。
だけど、「遺跡」にもよるらしいけど、迷路のような通路、モンスターの無限増殖、最奥のボス戦に関しては実際に確認されているらしい。
遺跡と呼ばれるものは基本地下迷宮のようになっているものが多いそうだし、生息する魔物も数が多くて元から多いだけなのか無限増殖してるのかは判断つかないらしいし、最深部にはかなり強い魔物がいる場合が多いのも確かなのだそうだ。
もしゲームならダンジョンに篭ってモンスターと戦えばレベルが上がって強くなり、どんどん進むことができる。
しかし、この世界の現実では、多少経験がついて勘や動きが良くなる程度で、基本的な強さは変わらないという事実がある。
一般にその人の持っている素質、努力以上に成長することはない。
レベルといったものがないのはどの種族でも同様だが、能力の限界に種族差はあり、人族は各種族の中でも能力の上限と成長率が低いと認識されていた。
だから、人族がダンジョンで繰り返しモンスターと戦ったからといって、ダンジョンの最深部に到達できるわけではないのだ。
能力が高い獣人族などはこの限りではないそうだけど。
その人族の中でも、イレギュラーが加護持ちの存在だ。
この世界には加護という様々な能力がある。
どうやら遺伝子に組み込まれた能力らしい。
元は異世界人が持っていた能力が、親から子へ、子から孫へ受け継がれているものなのだとか。
血が薄まると発現する確率も小さくなるらしいが、時折先祖返りのように強力な能力を有する人が出たりもするらしい。
人族では、強力な加護を持つ者が、Aランク、Sランクの冒険者となり、遺跡の踏破を目指すのだ。
とはいえ、実は加護を持っている人の総数が世界人口から考えると圧倒的に少ない。
カークさんやリアンさんの話から推測すると、魔術師の素養を持つ人の方が全人口に対する比率が多いようだ。
加護を持たない人はRPGにおける村人や町人のようなものだと考えればいいのかもしれない。
その普通の人が世界の九割以上占める。
冒険者の世界でもその比率は変わらず、上位ランクの冒険者がほとんど加護持ちなのに対して、Cランク以下の冒険者で
加護持ちは一割にも満たない。
私の周りの人達が特殊すぎて、そのことに気づいたのは最近である。
今回のギルドへの要請はランクC、ランクDに対してなので、加護を持たない冒険者がほとんどだ。
しかし、逆にを返せば、特別な加護を持たないが、今まで生き残り、ランクを上げてきたベテランばかりが集められているということになる。
依頼内容は墓所、抜け道を含んだ廃墟の初期調査だ。
遺跡が発見されると、入口周辺の簡単な調査後に冒険者に解放される。
当然ながら詳細な調査は様々な冒険者達が長期に渡って担っていく事になる。
ただ、今回の遺跡に関しては、王都に近すぎる故に、緊急である程度危険度の調査をする必要があった。
想定外の出来事が起こった場合、王都への影響が大きすぎるからだ。
状況によっては、短期間で遺跡を踏破して無力化の方法を探さねばならないかもしれない。
例外的な対応になるのも当然だった。
しかし、近衛師団や騎士団を動かせば大事になる。
ただでさえ、先月の魔物襲来の衝撃がやっと落ち着いて、日常に戻ろうとしている時なのだ。
隠せる間は、王都の住民には秘匿しておきたい。
これが、王宮が主導を握っている理由の一つだろう。
今回の調査を統括しているらしい隊長さんが、私達冒険者に指示を出しているのを眺めながら、思考を巡らせていると、何やらこそこそと話をしている高校生たちが見えた。
なんか、学校の先生が説明している時に無駄話している生徒って感じ。
今王都に残ってるのはみさきちゃんと、聖女様って呼ばれている子と高校生男子二人なんだっけ。
無駄話して笑っているのは高校生男子二人だ。
私達はミサキちゃんたちの視界に入らないように、冒険者たちの集団に紛れ込んでいる。
実際には、そのままでは明らかに目立つパーティなのだけど、リアンさんの近くにいると、彼の隠匿系の加護が選んだ人にも適応されるのだとかで、集団に紛れていると更に分かりにくくなるのだそうだ。
隠匿系とひとまとめに括っても色々あって、リアンさんの場合「存在の希薄化」というと解り易い。
とは、私に説明してくれる少年の台詞である。
カークさんの認識阻害や錯覚の魔法と同じ効果のように思える。しかし、厳密に言えば、対象を見る人の認識に作用して誤魔化すそれらと、対象自体の存在感を薄くするこの加護は原理が異なるようだ。
リアンさんが獣人差別の残るシヴァティア王国で活動していることが不思議だったのだけど、彼の持つ加護が獣人であることを気づきにくくしているらしい。
移動途中でカークさんに雇われて、ずっと私たちと居てくれているけど、この国を移動していたリアンさんにも目的があるはずなのだ。
獣人族である彼の活動拠点がシヴァティア王国の訳がない。
もしそうであるなら、そこには冒険者として生計を立てる以外の意図があるはずだ。
出会った時は、この国の差別問題なんて知らなかったから、疑問すら浮かぶことがなかった。
今は、リアンさんがこの国に滞在している不自然さに気づくことができる。
でもなあ、質問するのも今更だしなあ。と、事なかれ主義が顔を出して、改めて質問したりはしてないんだけど。
視線に気づいて、リアンさんがにこりと微笑む。
何度も言おう。
可愛すぎる。
私が抱き上げている白雪も、猫耳美少女のリアンさんも、ボーイッシュな美少女冒険家の少年も、何でこんなに可愛いのだ?!
お姉さんの鼻の下が伸びちゃいますよー。
独り悦に入り、でへへっとだらし無い顔してたら、少年に叱られてしまった。
「とりあえず、人目を引く行為はやめような」
随分と上手になったこの世界の言葉で、少年が呆れた様子で囁いた。
大人しくしてるし、人目なんて引いてないと思うけど。
そう思いながら周囲に目を向けると、こちらをじっと見るミサキちゃんと目が合いかけた。
不自然にならないようにそのまま視線をやり過ごし、周りの冒険者を確認してる振りを繕う。
彼女が、冒険者たちの中でも私達の方を凝視している事に嫌でも気がつく。
その視線に覚えがあった。
数日前の街での騒ぎの時、彼女だけが認識阻害の魔術に惑わされずに白雪を見ていた。あの目だ。
ただ、あの時と異なって、特定の誰かをまだ追っている様子ではない。
漠然とあの辺に何かあると感じているような視線だった。
それでも、彼女はなんらかの確信があって、こちらを見ているように思う。
きっと、ギフトに関係しているんだろうな。
ミサキちゃんのギフトは属性魔法に特化しているって、カークさんが話していた。
だから、彼女は魔術師が多く所属する、別名『魔術師団』である第三騎士団預りになっていると。
因みに、あの地下牢で少年が両腕を折った騎士が、第三騎士団の騎士だったらしい。
二十代前半と若いけれど、次期騎士団長候補なのだそうだ。
うん、思い返せば、あの人もイケメンだった。
この世界は実力者はみんなイケメンなのではないだろうか。
国王や王太子もきっとイケオジなのだろう。
私は、抱き上げた白雪の影に隠れたまま、ミサキちゃんを窺った。
目を合わせるのだけはNGだと直感が警告を鳴らす。
不用意に目が合ってバレるなんてのは、私が一番やらかしそうな事だ。
警戒するミサキちゃんの側にはあの騎士がいた。
両腕を骨折していて、こんな早くに完治しているとは、さすが魔法のある世界である。
そういえば、召喚された高校生の中に回復のスペシャリストがいるとか言ってたな。みんなは「勇者様」なのに、彼女だけ「聖女様」と特別に呼ばれていた。
キラキラオーラが眩しい王子様らしき男性の側にいる、小柄な女性を窺うように見てみる。
背が低くスレンダー。羨ましいほどに、外見はどこにでもいる平凡を絵に描いたような日本人女性だ。
私のイメージする少女漫画の主人公のイメージだった。
あれ?
現状、異世界で「聖女様」をしている彼女は聖女物語の主人公なのかもしれない。
魔物の襲来で回復魔法で多くの人を救ったって聞いたしな。
そうか、今、彼女は主人公なんだな。
ま、当事者である私たち一人一人が主人公の物語を紡いでいるんだろうけど。
私にとっては少年が主人公だしね。
そんな埒のないことを考えていたら、いつの間にか隊長さんの話が終わっていた。
……結局、高校生たちが気になって、話を全然聞いていませんでした。
後で白状したら、目立たないようにしていたのに、やっぱり怒られました。