▶︎ゲットすんな、そんなモノ(少年)
酒飲んでうだうだ言い始めたおねえさんは、世間一般ではちょっと面倒臭い大人なのかもしれない。
祝勝会と称して飲み会を始めるサッカーチームの保護者達を見てきた俺としては、随分可愛らしいモノだと思った。
いや、あの人たち飲み始めたら凄かったからね。
子供達に絡む絡む。
優勝したから祝勝会してるのに、ちょこちょこダメ出し入るし。得点シーンの解説はエンドレスだし。
あれに比べれば、カークへの愚痴を垂れ流しにしてるぐらいどってことはない。
王弟殿下が使い魔になってラッキー!
なんて思考する女性でなかったのも好感の要因だ。
しかし、殿下と呼ばれる人間を使い魔にする人なんて稀有だよな。本人は魔法使いですらないし。
衝撃の出来事だったのは確かだ。
任意で解除できる目算があるのだろうと予測していたのだが、本人の言では魔法の使えないおねえさんでは解除ができないらしい。
「簡単に解除できるモノでは保証にならんだろう」
呆れたように口にするカークに、俺の方が呆れたかったくらいだ。
おねえさんは現実逃避しだしたし。
逆に言うと、おねえさんが魔法を使えれば解除は可能だということではあるんだよな。
俺も彼女も魔法の才能は無いらしいので、ほぼ不可能に近いが。
訳がわからない出来事が起こるのもお姉さんだからなんだろうなと、諦めと共に思う。
初めて訪れた村で誘拐犯の嫌疑を掛けられたところから始まって、まあ、色々あったし、色々な人とも出会った。
出会った人々が一癖も二癖もあるありそうな人物だし。
内館日向という女性は本人が意識している以上に、物も人も出来事も引き寄せるのだ。
この世界で一番初めに出会った冒険者がカークだって時点でそういう星周りなんだろう。
出会った時から胡散臭さ満載だったけど、蓋を開ければ二つ名持ちのSクラス冒険者だし、国王の実弟で王位継承権持ちだし、ドグサレオヤジのクセに外見整えれば腹が立つほどイケメンだし。
そんでもって、奴は何故かおねえさんを気に入ってる。
ドすけべだからってだけじゃないんだろう。
年齢だって、俺と違ってお似合いだしな。
そこまで考えて自分の思考に腹が立った。
自分が子供だって事は自分でも理解している。
流石に子供だからってできない事は日本よりも少ないけれど、子供と侮られる事は多々あるからだ。
大体、俺とおねえさんが並ぶと、良くて姉弟、下手すりゃ親子に見られてしまう。
身長差の問題じゃないのは分かってる。
どれだけ身体能力が上がっても埋められない溝はある。
生まれてきた順番は変えられない。
どんなに足掻いたって、自分は十四歳の少年でしかないのだ。
生まれ育った世界とは全く異なった世界で、初めての体験も未知な事柄にも冷静に対処できるように。
不安も心配も動揺も全て隠して。
変化していく自身の身体と精神に違和感を覚えながらも、それを押し流す早さで過ぎていく現実に適応するために、何でもない顔をする。
虚勢を張って、背伸びして。
感情的になる前にまずは思考することを優先する。
それでも、本来の足の大きさより高く背伸びすることができないのが道理だ。
「早く大人になりたいなあ」
王弟の屋敷で、深夜話しながら寝落ちてしまった女性を見下ろして洩らしてしまった言葉は、決して他人に聞かせたくない本音だ。
子供だからと、彼女の隣に並べないのは嫌だった。
目を引く美人ではないし、華やかでもないし、清楚でもないし、繊細でもないし、柔らかな暖かい雰囲気もないし、一般的な目線で見ると、本人が宣うように女性としての魅力がある訳ではない。
胸だけは大きい方だと思うけど、それで色気があるとかいう訳でもない。
あ、でも、俺が分からないだけで、案外アラサー以降のおっさんには魅力的なのか?
カークやリアンを思い出して首を傾げると、「そこが分からないからお子ちゃまなんだよ」とリアンに嘲笑される光景が脳裏に浮かんだ。
あの猫男の奔放さにイライラする。
昨日の朝だって、おねえさんは危うく襲われる所だった。
いや、あれは既に襲われていた。
発情期の猫じゃあるまいし、いい加減にしろってんだ。
それ以上に、こうやって俺の隣で安心して寝落ちする彼女に腹が立つ。
これは人として信頼されてるからじゃないからだ。
男としてみられてないという事だからだ。
おねえさんは安易に俺に抱きついてくる。
さっきだってそうだ。
健全な青少年を何だと思っているんだか。
あんなフカフカなおっぱいを押し付けられたら、どうしていいか分からなくなるだろ。
彼女はなんだかんだ言っても、男性としてみてるリアンには同じことをしない。
あっても手を繋ぐぐらいだ。
距離の近さで「お前は子供だから安全牌」と、彼女は無意識で常に俺に突きつけてくるのだ。
俺は、彼女の白い頬に薄らと浮かぶ傷にそっと触れた。
そのままぷっくりとした血色の良い唇へと指を滑らせる。
しばらくすると、彼女は大きく身じろぎして、俺の腕を振り払った。そのまま何故か俺の手を握る。
目を覚ましたのかと思ったが、健やかな寝息は続いている。
空いている片手で顔を覆って、俺は小さく呻いた。
「ああ、もう! ……ホント、大人になりたいなあ」
それでも、庇護してもらう立場も捨てがたいのだ。
いつだって、彼女の中の優先順位は俺が先頭で、俺を中心に物事を考えてくれる。
義務教育中の子供だという意識が、彼女の中で俺を特別足らしめている。
よしんば諸々が上手くいって、このまま日本に帰ればおそらくおねえさんとの接点は全く無くなってしまうのだろう。
赤の他人の社会人と中学生では環境が違いすぎる。
それこそ、日本では俺なんてただの中坊。
日本では、この世界以上に子供であることに縛られるのだ。
この世界ならおねえさんの特別でいられるのに。
俺は本当に帰りたいと望んでいるのだろうか。
両親には会いたい。友達にも会いたい。
だけど、生きていく上で必須かと言われれば、そこまでの執着は感じなかった。
僅かながら帰郷の希望を掴んだ昨日の今日で、こんなことを考えてしまう自分が薄情に思える。
武器を取って戦うことを覚えた。
食べるために動物を狩ることを覚えた。
生きるために故意に命を奪うことを覚えた。
昨日は人間を傷つけることを覚えた。
明日は人を殺すことを覚えているかもしれない。
ぞくりと背筋に悪寒が走った。
自分の思考に嫌悪を感じた。
急に彼女に握られた手が命綱のような気がして、ほんの微かに力を入れて握り返してベッドに身を沈めた。
おねえさんと日本に帰るんだよ。
自らに言い聞かせるように呟いて、彼女の温もりはそのままに俺は両目を閉じた。
起きたら白雪が幼児化していた上、カークを真似ておねえさんの使い魔になるという仰天展開が待っていた。
おいっ!(怒)