▶︎ 召喚されました (少年)
中学生の少年視点です
少し追加しました
昨日パンクした自転車を修理してもらっている間、近くの公園でボールを蹴りながら時間を潰した。
小学生が俺を見て「すげー」とか、「かっこいー」とか騒いでいる。
もっと言え、もっと言え。
リフティング技術にはちょっとばかり自信がある。
なかなか成長期に入らないイライラとともに、小学四年生の頃から、毎日ほぼ欠かさず最低三十分は練習しているのだ。
部活でも俺よりリフティング技術がある奴はいない。
そのお陰で三年の引退後、チビでフィジカルが弱い俺が、なんとかレギュラーの末席に滑り込むことができた。
俺を神のように崇める小学生としばらく遊んでやってから、時間になったので自転車を取りに戻った。
これで週末の試合に出席できる。
試合会場が近いため、自転車での移動予定だ。
その直前にパンクするんだから、運が悪いというか、当日じゃなくて運が良かったというべきか。
「もう練習参加できねえかな?」
時計を見ると四時半だった。
とりあえず、行くだけ行ってみることにする。
信号が変わりかけていたから、速度を上げて渡りきる。
と、その時だった。
空気が変わった気がした。
はっと我に返えった俺は、急な下り坂を自転車で疾走していた。
慌ててブレーキをかけるも間に合わず、勢いのまま自転車から放り出されてしまった。
そして草むらに頭から突っ込む羽目に陥った。
あまりの出来事に茫然としてすぐには動けなかった。
自転車から放り出される前の状況を簡単に受け入れられない自分がいる。
「ねえ、君、大丈夫? 怪我はない」
そんな女の人の声が聞こえてきたと思ったら、いきなり足を掴まれて乱暴に引っ張られた。
体を起こして、俺は腹立ちまぎれに大きな声を出してやる。
「いってえ!なんだってんだよ!」
そうしたら、さっきの声の主が呑気な様子で俺に同意した。
「うん。そうだよね。そう思うよね」
うんうん頷くその人は見知らぬおばさんだった。
お母さんよりずっと若いと思うけど、明らかに学生ではない。
「おばさん誰?」
不用意に発した言葉に返ってきたのはこめかみをグリグリされるという、まさかの攻撃だった。
「いてててて! 何すんだよ!」
「おねえさんで! おねえさんでお願いします!」
グリグリしながら、おばさんが……いや、おねえさんが懇願する。
一種の命令だけど。
「痛いって! おねえさん!」
言い直すと、彼女はぱっと手を離した。
何で俺っ、こんなコントみたいなことしてんだろう。
自分自身に呆れながらも、俺は目の前の女の人を観察した。
やはり知らない人だ。
見たこともないと思う。
身長が百五十の大台にのった俺よりも、頭一つ分ぐらい背が高い。
女性の中でも大柄なのではないだろうか。
なんて羨ましい。
いやいや、ちょっと身長が高いぐらい、羨ましくも何ともないからな!
「ねえ、さっき豪快に転倒したみたいだけど、怪我してない? 歩ける? 病院とか必要そう?」
彼女の問いかけに、俺は立ち上がってその場で駆け足したり、飛んでみたり、体を曲げてストレッチのようなことを繰り返して不調な部分がないか確かめる。
「うん、大丈夫みたい」
「良かった。ここだと救急車が呼べるか不安だし」
「……」
思わず彼女を見返したじゃないか。
この状況で救急車とか、この人実は天然さんなのか?
て、諸々考えて異世界じゃないかというと、病気扱いされた。
あんたより余程マトモだと思うけど!
とりあえず変な人は放っておいて、現状を把握するべきだ。
俺はつい癖で女の人に腕を差し出してしまった。
彼女は一瞬意味がわからないとでもいうようにキョトンとしたけれど、うん、俺も失敗したと思った。
この体格差だもんな、彼女が俺に手を差し出すならともかく、俺が彼女の補助をするなんてどんな絵面だよって話だよな。
恥ずかしくて腕を引っ込めようとしたけど、その前に女の人にがっしりと腕を掴まれた。
お礼を言われて、内心驚きながら、急な坂を二人で登る。
彼女を引っ張り上げながらでも体が軽い気がするのは、俺の差し出した腕を素直に好意として受け入れてくれたからだろうか。
そこに、子供のなのにとか、小さいのにとかいった揶揄する様子がなかったからかもしれない。
丘の上で交わされる会話が耳に届くと、俺の頭が若干パニックに陥った。
初めにいくつか聞こえてきた会話は英語だった。
それに対して、日本語で答える声が聞こえ、次に返ってきたのは日本語だったのに、先ほど英語で話していた声と明らかに同じ人物だ。
「ここで立ち話を続けるのではなく、一度落ち着いてから続きの話を致しましょう。皆様を王宮へお連れ致します。魔法陣から出ないようお気をつけください」
女性の凜とした声が終わったと同時に、俺は、台詞の意味を理解して慌てた。
これが異世界召喚なら、魔法があるなら、今すぐ王宮に跳ぶような転移の魔法だってあるかもしれない。
「魔法陣から出るなって言ってる。なんか、嫌な予感がする。おば……おねえさん、急いで」
でも、俺たちは間に合わなかったんだ。
丘の上にたどり着いた時、そこには誰もいなかった。
おねえさんはまだ半信半疑だけど、俺はここが地球ではないとほぼ確信していた。
先程丘の上から聞こえてきた会話が根拠だ。
三才から七才の間、父の転勤でアメリカに住んでいた俺は、八才まで基本言語が英語だった。
両親が日本人とはいえ、英語の義務教育を受けていたのだから仕方がない。
キンダーガーデンに入るまでは日本語が上位だったらしいが、帰国後六ヶ月まではどっちが第一言語なのか怪しかった。
さすがに今は日本語が上位のはずだ。
こういう環境だったからではないかと思うのだ。
先程の会話が初めは英語に聞こえたのは。
その後日本語に聞こえたから、違和感を感じて本当の言葉を意識してみた。
おそらくは知らない言語だった。
意識の持っていき方によって、俺には日本語にも英語にも翻訳されて耳に入ってくる。
だから、さっきは一種のパニック状態に陥った。
こちらの言葉が理解できるのは、異世界召喚モノによくある、言語スキルってやつなのかな。
できれば、他の人とも会話して翻訳機能の使い方を練習したい。
でないと、こちらの言語を聞く度に混乱してしまう。
彼女がこちらを見て首を傾げている。
おねえさんは俺達が置いていかれたのだという結論になかなか到達しない。
何だろうね、この無意味な天然ぶりは。
しっかり者っぽい雰囲気の人なのに。
残念な人のような気がするよ、おねえさん。
だけど、俺は気づいてしまったんだ。
今おねえさんがここに取り残された原因が俺だということに。
俺を気遣って丘から下りてこなければ、今頃は他の奴らと一緒に王宮とかいうところで説明を受けていたはずなんだ。
食べるものも飲むものもないこんな所で立ち往生する必要もなかった。
おねえさんには申し訳ないけれど、そのお陰で俺は一人きりにならなかった。
一人ぼっちじゃないから、まだまだ冷静でいられる。
だから、おねえさんを守るよ。
召喚された場所を離れる頃には、それが俺がこの世界でやるべきことだと思った。
俺の所為で召喚主から置いてきぼりを食らったおねえさんは、色々とピントのずれた人だと思う。
それに、お人好しだとも思う。
転倒した俺を気遣っって駆け寄って来たのはおねえさんだけだったし、持っていた貴重な水を俺にくれたりするし。
車も歩行者もいないからと、調子に乗って自転車を暴走させた俺を簡単に許すし。
後、行き当たりばったりの人だとも思う。
飲み物も食べるものもないと考えていたんだけど、おねえさんはカバンの中にペットボトルを二本入れていた。
一つは飲みかけで残り三分のニになったアイスティ。もう一つは未開封のミネラルウォーターだった。
おねえさんは躊躇することなく俺にミネラルウォーターのボトルを手渡して、自分はアイスティを飲み干したのだ。
現状、水分はたいせつだ。
ありがたく感謝しながら少しだけ口をつけてボトルを返した俺に、おねえさんはびっくりした顔をした。
案の定、水の重要性に気づいてなかったらしい。
その後で何やら落ち込んでいたから、俺の意図は理解してくれたようだった。
にも関わらず、いきなり野宿すると言われた時にはどうしようかと困ってしまったぐらいだ。
全然年上で大人のはずなのに危機感がなさ過ぎる。
ものすごく危なっかしく感じたのだ。
近くの村に駐屯していた小隊の兵士に誰何された時だって、警戒心一つなく話しかけていたしな。
だから、俺が守らなきゃっていう意識になってしまうのかもしれない。
彼女は成人した大人なのに。
俺たちを召喚しただろう人物の下までは、おねえさんを責任を持って送り届けなければならない。
それが、おねえさんを巻き込んでしまった俺の罪滅ぼしのはずたから。
召喚主の元にたどり着いたとして、日本に帰られるかは期待半分ってところだろうか。
戻るためには条件をクリアしなければいけなかったり、戻る方法がないなどいうのは定番の設定だしな。
別に最近のライトノベルを参考にしているわけではないけど、簡単に行き来ができるなら問答無用の召喚なんてことにならないはずだ。
条件達成によって帰還できる方なら、高校生達がクリアした時にそれへ便乗させてもらいたい。
それ以外なら、対応を考えなければいけない。
どちらにしろ、一度召喚主にあって話を聞かないことにはどうにもならないと思う。
この世界の住民になるという選択肢以外は。
召喚主は王宮と言っていた。
つまり、当面の目的地はこの国の王都となる。
最初の村で兵士が色々教えてはくれたけれど、腑に落ちない事柄もあるし、知りたいこともまだまだ多い。
情報を集めるために村ではなく大きな町に行くべきだと思った。
それに、王都までの旅をするにも、先立つものがないのは辛い。
足については、パンクさえしなければ自転車がある。
でも、食事事情は切実な問題だ。
村では運良く旅芸人として待遇されて、お金を稼ぐことができたけれど、あんな幸運がこれからもあるとは考えない方が良いことは俺にでも解った。
でも、口調は軽く、これからも同じ手を使えばいいとおねえさんへは話す。
彼女が歌い出した曲が、まさかの「君が代」だったのが、意表を突かれたけど、知らない歌を歌われるよりリズムや終わるタイミングを取りやすかった。
自分の中の頼れるものがあれば、それに縋っていれば案外何とかなるのだと、俺自身の短い人生経験から学んだ。
俺が縋るものはいつでもどこでもサッカーのリフティング技術なのだ。
これだけを磨き続けてきた。
異世界で通じたのはちょっとびっくりしたと同時に、更なる自信へと添加された。
自信は気持ちを大きくさせる。
せっかく異世界に来たのだから、モンスター退治とか、ダンジョン探検なんかも手を出したいもんだ。
とりあえす、テンプレ通りモンスターが出てきてくれるといいのに。
なんて、戦う術などないのに口にしてしまう。
根拠なんてないのに、負けない自信がある。
どこから来るものかもわからない自信。
そんな俺をおねえさんが窘めるのだ。
おねえさんといる時は調子に乗らないって約束したから、それは絶対に守る。
解っていて、おねえさんも俺が調子に乗りそうな時に釘を刺してくる。
案外、おねえさんとは上手くやっていけるかもな。
そして、俺達は最初の町に着いた。
彼は、日本語を学ぶために、サッカー少年なのにライノベ含めて結構な読書量をこなしてきたのだと思われます。