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▶︎ カレダの街から (幸野由佳の考察)

美人は得だ。

晃誠君に纏わり付いて離れない美少女の翠を見つめながら思う。


彼女は魔人で、元淫魔だ。

何故わかるかって?

だってそう書かれているのだもの。


名のない妖魔だった彼女は、晃誠君に名を付けられて魔人と呼ばれる存在になった。

それ故に、彼女、翠の世界は晃誠君を中心に回っている。

私も、鑑定師のルーさんも、柿谷修司君も、彼女にとっては取るに足らない存在である。


それが起こったのは、春香ちゃんと王子に反逆罪で捕らえられる前に王宮を抜け出し、魔物の襲撃を受ける中の王都を出港し、追ってくる魔物達を追い払った直後の事だった。

息つく暇もなく、今度は妖魔に襲われたのだと思われる。


けれど、事態に気づいた私とルーさんが、魔力を使い果たしていた晃誠君の元にたどり着いた時には、彼は既に可憐で美しい妖魔の腕の中だった。

いえ、その時はもう、妖魔は魔人に変質していた。

そして、何故か王宮にいるはずの、後輩の柿谷修司君が、晃誠君の傍に倒れていたのだ。


当の晃誠君が、起こった出来事を理解していないのだから、私達にわかるはずもない。

ただ、彼女のプロフィールらしき部分に「船乗りを惑わす妖魔(淫魔)であったが、異世界人から名を得て魔人へと至った」との説明があるから、晃誠君が何も考えずに彼女を何かの名前で呼んだのかなと推測してみる。

実際どうだったのか、正解は判明しないものの、案外推測が正しいような気がした。


私のギフトがなんなのか分からないけれど、他人のプロフィールを見ることで、推測し、理解が進む場合があるし、逆に謎が深まる場合もある。


例えば王宮で確認させてもらったルーさん。

彼は、あえて彼と呼ぶけれど、獣人族セリアンスロープであるのは間違いないが、色々混ざりすぎていて、主体が何かはわからない状態らしい。

そのため、寿命もはっきりしないらしい。

長生きだし、今だって、私達の五倍は生きているようだ。

それにも増して、一番驚いたのは性別未分化の部分だった。

初めは意味がわからなかったのだけれど、未分化ということは、何らかの条件が揃った時に男性か女性かが決定されるのかな。

何らかの条件っていうのも推測なんだけれど、見かけよりずっと年齢が高いであろう彼が、成長に伴って性別が決まるのであれば、もう決定してるんじゃないかなと思うので。

つまり、まだ性別の決定していないルーさんは彼でもあり彼女でもある。

びっくりするほどファンタジーだ。


他には柿谷君。

彼は炎の魔法が得意な魔術師だ。

そして、彼が晃誠君を先輩として慕っていることも、魔人の翠に一目惚れしたことも一目ならぬ一読瞭然だ。

先輩2人の腰巾着で、晃誠君を軽視していたように思えたけれど、それは見かけだけだったようだし。

実はこんなに晃誠君を慕ってるって本人に知られたら、柿谷君は死にたくなるんじゃないかなあ。


そして、その晃誠君だけど、彼のプロフィールの能力欄はかなり変だ。

未完の大器。って、何それ。

意味がわからない。

晃誠君から出てきたようにしか見えない柿谷君。その柿谷君の能力を使用していた晃誠君。

つまり、柿谷君が晃誠君に入ってたってこと?

物理的に事象としては納得いかないけれど、起こった現象からはそう見えた。

彼の能力は人を取り込んで、取り込んだ人の能力を自分のものとして使えるのだろうか。

柿谷君が生きたまま晃誠君から分離されたことを考えると、命や能力を奪うものではないし、取り込んだものを定着するわけでもないようだ。

だから、大きな器ってこと?

取り込んでいる間だけ、能力を拝借してる感じ?

それって、ある意味無敵じゃない?

未完ってのが気になる部分ではあるけども。


船の上でもずっと考えていた。

一人で考えても答えなんて出ないから、晃誠君と柿谷君とも話し合わないといけなかった。


たどり着いたカレダの街で、晃誠君の腕に自らのそれを絡ませる美少女を一瞥して、私は誰にもわからないように溜息を吐き出した。


淫魔ねえ。

意味はわからないけど、字面が良くない。

淫行、姦淫、淫乱の淫。訓読みで淫ら。

多分、淫らな妖魔って、そういう事だよね?

思いつく単語は、男好き、尻軽、ビッチ。

そんな負のイメージなんて思いつきそうもない、楚々とした笑みを晃誠君に向ける金髪で翠の瞳の美少女は、見かけ通りでは全くないという事だろう。


人間でない事はみんな分かってる。

魔物である事もみんな分かってる。

でも、その微笑み一つで男の子って絆されるんだろうな。

晃誠君も柿谷君も鼻の下伸ばしすぎだよ。


ああ、美人は得だなあ。






「王都への便は欠航だよ」


それはもう聴き慣れた、あっさりとした回答だった。

全ての船主に無下に断られて、ルーさんも柿谷君もがっくりと肩を落としている。


元々王都を離れるつもりだった私と晃誠君はともかく、巻き添えを食らった鑑定師ルフスと柿谷君は王都から出るつもりすらなかったのだ。

なのに、だ。

彼らは国境に近い街にいる。

山越えすれば、そこから先は他国だ。


「これ、俺ってヤバくね?」


前を歩く柿谷君がどんよりした声で呟いた。


「何を今更。お前、俺達といる時点で、反逆罪適用されてんじゃないの?」


自分の言葉に青くなる後輩に呆れながら、晃誠君が肩を竦める。

その左腕には金髪の美少女。

困ったように腕を振って牽制するも、彼女には全く効いていなかった。


二人の様子を少しばかり羨ましそうに見やる後輩の柿谷君。


乗ってきた船の破損が酷く、しばらくは出航できないと言われたルーさんと柿谷君は定期便のチケットを購入しに行ったものの、全て欠航していて購入できなかったらしい。


それならばと、船主に直談判とばかりに港の船主さんを渡り歩き、王都へ向かう船を探していたのだけど、結果は芳しくない。

朝方にこの河湾都市カレダに到着してから、一隻も出航する船を見つける事ができなかったのだ。


「柿谷君、君、晃誠君の仲間になってるから、諦めたほうがいいと思うよ」


だって、ほら、彼のプロフィールがいつの間にやら書き換わっている。


「知らずに巻き込まれていたが、王都組との合流は諦めて晃誠先輩と行動を共にすることを決心した。だって」


私が見えている文章を読み上げると、更に顔色を悪くして焦る後輩。


「マジっすか。なんすか、それ」


彼が口で何と言おうと、心の中では、たった今、王都に戻ることを諦めると共に、晃誠君の味方をしようと決心したんだろうなと推察できる。


実は、私の能力については船で柿谷君とルーさんにも伝えた。

二人のプロフィールに不穏な記載がなかったし、それを信じたかったからだ。

晃誠君の能力や翠の存在を検証するのに必要だったからというのもある。


それに、話してしまうと、気持ちが楽になった。

晃誠君にだって、もっと早く話していれば良かったと、今更ながら思った。


「ユ、ユ、ユユカさん、ま、まさか私も?」


隣を歩く赤毛の鑑定師が恐る恐る私を見下ろす。

数度瞬きして、私は彼を凝視した。


ユカの創造により冤罪の二人の仲間になる。

と、読めた。


私は眉をひそめながら、首を傾げる。


()()()()()って、何!?


プチパニックを起こしながらも、私は口を開いた。


「冤罪の二人の仲間になるって、なってるよ」


謎の部分は敢えて読み上げない。


「とにかく、しばらく船の出港はない。二人が王都に戻るにしても、ここで待つか、陸路しかない訳だ」

「ただでさえもう4日も経ってるんだ、ここから陸路で王都へなんか、何日かかるんだよ。戻った頃には先輩たちと一緒に指名手配出てるに決まってる」

「ま、なるようにしかならないよな。味方が増えて良かったって事で」


更に肩を落とした二人へ、晃誠君が呑気に締めくくった。


そう、私と晃誠君にとっては僥倖なのだ。

思いがけない幸運かどうかは、「ユカの創造」って所が引っかかるんだけども。


んー、何だろうなあ。何なのかなあ。


「そういえば、ルーさん。私、やっぱりスキルはないままですか?」


鑑定師に鑑定をお願いしてみる。

名前はルフスなんですけども……と、もごもご呟きながらも、じっと私を見てくれる。


晃誠君はスキルがないのではなくて、取り込んだ人のスキルを借りるスキルって事だった。

私も、そういうものがあるのだろうか。


少しばかりワクワクしながら回答を待つ。


「すみません。やっぱり何も見えないです」


申し訳なさそうに告げてくる鑑定師。

逆にこっちがいたたまれないです。


スキルはない。

でも、「ユカの創造」のユカは私だよね?

違うのかなあ。


もう一度ルーさんのプロフィールを見てみた。

やはり「ユカの創造により」って書いてある。


これは一人で考えてても答えは出ない案件だ。


助けを求めて顔を上げると、柿谷君が憮然とした表情で先輩と話を続けていた。


「じゃあさ、先輩はこれからどうするつもりなんだよ?」


不貞腐れた柿谷君の質問に、晃誠君が口を噤んだ。

不意に沈黙が落ちる。

沈黙が如実に案などないことを教えていた。


アテがあって王都を出奔した訳ではない。

右も左も分からない異世界で、行き場所なんてある訳がない。


これから何をしたいか、目指すものは何かなら答えられる。

日本に帰りたいのだ。

帰る方法を探すのだ。

だけど、そのために何をすべきか、どこに行くべきかを私達は知らない。


沈黙が重くて、私は思いついたことを唇にのせていた。


「ねえ、初めの場所に行ってみない?」


完全なる思いつき。

だけど、それが良い考えであるかのように感じた。


「初めの場所? あのストーンヘンジみたいな所か?」


晃誠君がキョトンとした様子で返してくる。


「うん。私達がこの世界にやってきた場所。もしかして、何かわかったりしないかな」


「犯人は現場に戻るってやつだな」


変なことを言う後輩の頭を軽く小突く晃誠君。


「誰が犯人だ。それを言うなら、現場百遍だろ」


うーん、どこの推理小説だ?


「と、とりあえず、どうかな」


二人が私の問いかけに首肯を返す。


「それ行きましょ!」

「どうせ、行く当てはないんだ。第一の目的地にはいいと思うよ。ただ……」


調子がいいのが柿谷君。

言った後に黙り込んで、考え出したのは晃誠君。


「ただ……場所がわからない」


それもそのはずで、私達は異世界転移の直後、姫様の魔法で王都まで転移しているのだ。

周囲を観察する余裕もなかったし、ましてや、王都からどの方角にある場所なのかすら知りようがなかった。


「分かりますよ。女神の時の場所ですよね」


口を挟んできたのは、この国の鑑定師。


ああ、そうだった。

彼はこの国ではちゃんと地位のある人だ。


「ここが河湾都市カレダなので、北に広がる森林地帯を抜けて北上し、マーダレーの街の西南西の丘です」


さも当然のように答えるルーさんに、晃誠君が困っていた。


「うん、地図がないと全然ピンとこないわ。ルーさんが知ってるなら、もう、お任せでお願いします」


あはは。同感です。


私の名前はルフスなんですけどもって、また訂正しようとしてるルーさんを軽くスルーしながら、晃誠君が私達の理解を得ようと言葉を発する。


「今夜はこの街で一泊して、明日朝出発するか。午後を旅の準備に費やせば問題ないよな?」


「はーい。サンセーです」


右手を挙手して同意を表す私と、ウンウンと頷く後輩君。


「よし。じゃあ、とりあえず宿を」


「せんぱーい。それより腹減った。先になんか食おうよ」


王都に戻れない事が決定的になり、次の目的がはっきりすると途端に空腹を覚えたらしい。


「そうだなあ、どこか食堂に入るか」


足を止めてキョロキョロ周囲を見回す柿谷君と晃誠君。

それに習うように私も周囲に目をやった。

ふと、気になるものが映った気がして、そちらへ意識を向けようとした。


「幸野さんあそこでいい?」


晃誠君に確認されて、視線を彼の指差す店へと向けた。


酒屋風の店構え。

開いた扉の奥にちらりと見えた店内は、賑わっているようではあるけれど、待たなければいけない感じでもない。


彼が私の同意に頷いたのを確認して、先程気になった場所へと視線を戻した。

しかし、そこには雑踏があるだけで、気になるものは何もなかった。

いえ、何もなかったというのは嘘だったりする。気になるものというか、人は目についた。

物凄い美少女の獣人族と金髪イケメンな冒険者。

彼らのプロフィールがポップアップしそうになったので、慌てて目をそらす。

知らない人だ。見るべきじゃない。

文字を認識する前に視線を外せた事にホッとした。


極力視界に二人を入れないように気をつけながら、気になったところを見る。

やっぱり何もない。

先程の人達、とても目立つ二人だった。にもかかわらず、私はあの二人よりも気になるものがあった。

きっと、何か丸い物と見間違えたのだろう。


「幸野さん?」


促すような晃誠君の声に、立ち止まったままでいた私は我に返ったように歩き出す。


そう、きっと見間違えだ。

だって、こんな所にある訳がないのだから。

数年前に弟に買ってあげたものと同じ柄のサッカーボールなんて。


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