出会いは偶然、二度目は必然 5
何だかんだで疲れていたらしい。
宿へ戻って私達以外の誰も帰っていないことを確認すると、彼らを待って起きていた、はずだった。
しかし、気がつくとカーテンの隙間から漏れる陽の光が、部屋を明るく照らしていた。
私はベッドに横たわったまま、もう一つのベッドに視線を向ける。
少年が部屋に戻ることなく、あどけない表情で眠っていた。
彼を起こさないよう簡単に身支度して、そっと部屋を出る。
隣のカークさん達の部屋をノックしようとして躊躇う私の前で、扉が勝手に開いた。
「おはよう! ヒナ!」
可憐な笑顔で出迎えられる。
「おはようございます、リアンさん。大丈夫でした? 怪我とかしてないですか?」
その場で話し始めた私の腕を引き、部屋の中へと誘うと、リアンさんは音を立てずに扉を閉めた。
部屋の中はリアンさんだけで、白雪もカークさんもいない。
僅かに眉をひそめてしまった私をベッドに座らせ、自分もその横に腰掛けるリアンさん。
「僕はないよ。怪我をしたのって、ヒナだけだ」
リアンさんが切傷の残る私の頰を撫でる。
「あ、の……」
彼の麗しい顔をドアップで堪能できるのは全然構わないのだけど、ちょっと近すぎないかなあ。
「白雪がいないんですけど……?」
「アレはカークと一緒にいるんじゃない? で、こっちの方は無事に回収してきたよ」
疑問形であった事に首を傾げる私の前にリアンさんが出してきたのは、地下牢に入る前に取り上げられた革の旅カバンと冒険者カードだった。
「難しいって言ってませんでした?」
「こっちの鞄にはヒナの匂いがバッチリついてるから。始めは地下牢の方に行ってしまってちょっとヤバかったけど、カークがいたからさ、白雪はなんとかするだろ。結果オーライということで」
私って、そんなに臭いかなあ。
前に迷子になった時にも思ったけど、匂いから私の痕跡を辿るとかって、かなりの強く匂ってないと無理だよ。
思わず自分の臭いを嗅いでから首を傾げた私に、リアンさんが苦笑する。
そして、鼻を私の首元に近づけ、クンクンと臭いを嗅いできた。
「ちょ、リアンさん?!」
驚いて身を仰け反らせると、彼が更に覆い被さってくる。
私はそのままベッドに倒れこんでしまった。
「そういえば、ご褒美もらわないと」
耳元で囁かれ、ペロリと首を舐められた。
私の顔を覗いてくる猫耳美少女は、言わずもがな、男性である。
それも、私より年上だ。
「リ、リリリ、リアンさん?!」
びっくりして首を抑えながら身を起こそうとした私を、彼は肩を押さえるだけで簡単にベッドに縫い付けた。
リアンさんがニヤリと笑って、私の唇を軽く舐める。
その仕草が猫っぽいなと考えてから、それどころではない事態に更に慌てた。
再度起き上がろうとするものの、リアンさんの細腕はびくともしない。
体全体でのしかかられてもいないし、相手は屈強な大男でもない。
重さでいえば明らかに私の方が重いし、リアンさんなんて簡単に吹き飛んでしまいそうなのに。
身体が小さくても、少年程の腕力がないにしても、長年冒険者で鍛えているリアンさんである、日々のほほんと脂肪を増やしている私がこの体勢で敵うわけがなかった。
その上、リアンさんてば、表情は笑ってるけど機嫌が悪いようで、身に纏う空気に変な圧力がある。
「ヒナ、ご褒美ね」
そう言って、再び彼の綺麗な顔が近づいてくる。
「リアンさん、待っ!」
暖かい吐息がかかる。
「そんなに知らない男の匂いをプンプンさせてるヒナが悪い」
囁きと共に落ちる唇。
柔らかなものを感じたその瞬間。
不意にのしかかられる圧迫がなくなった。
目線を上げると、ベッドの脇で仁王立ちしている少年の傍らで、尻餅をついた美少女がばつが悪そうに少年を睨んでいる。
「そういうの、やめろって。おねえさんも、何好きにさせてんのさ」
いえ、好きにさせてた訳ではないんですが。
ちょっと起こった出来事に頭がついていけなくて、ぼうっと少年を見上げながら、内心で反論してみた。
「だから、警戒心がないって言われるんだよ」
「でも、リアンさんだし?」
「リアンだからだろ。三十のおっさん、ほら、リピートアフターミー」
「三十のおっさん?」
少年に言われた通り言葉を紡ぐと、リアンさんが少し情けない顔で私を見てくる。
「ヒナぁ」
その可愛い顔に絆されそうになった。
「だから、三十のおっさん、だからな。この猫耳は」
私の思考を読んだように、再度現実を突きつける。
解ってるよ。
ちゃんと理解はしてるし、年上の男性だってのも認識してる。
でもね、微笑む顔は美少女なんだよぉぉぉ。
「リアンさんが、髪は鳥の巣、無精髭ボーボーのものぐさオヤジなら分かりやすかったのに」
ぼそりと呟くと、少年が的確なツッコミを入れてきた。
「それ、カークな」
あ、ホントだ。
出会った時のカークさんみたいに、いかにも歳上のベテラン冒険者です、という風体は確かに分かりやすい。
うーん、でも。
と、想像してみて、いやいやと頭を振る。
私は今の美少女リアンさんの方が好きかな。
変に気を使わなくて良いし、ドギマギもしないし。
「仕方ない。猫耳美少女で我慢するか」
「つまり、ヒナはカークより僕が好きと……」
「いや、論点ズレてるから」
それぞれに好き勝手なことを言っていると、カタンと、扉が鳴った。
ドアは、少年が入ってきた状態のままである。
要は、開けっ放し。
今までの会話は外に筒抜けだったのだ。
「俺は嬢ちゃんの言うものぐさオヤジには当てはまらんと思いたい」
発言の主を振り返ると、何処の貴族様だ?と思わず眉をひそめてしまう風体の男性が佇んでいた。
よく見るとカークさんだってのはもちろん分かるんだよ。
ただ、着ているものが予想外なのだ。
革の丈夫な旅装束とは異なる、肌触りの良さそうな高級感溢れる布で丁寧に縫製された上着。
同様に体に合わせて縫製されたスラックス。
上下共に黒で統一されていて派手さや豪華さはないが、どちらもかなり仕立てが良い。
更には首元に優雅に結ばれた白いクラバット。
足元は磨き込まれた黒革のブーツ。
膝下のこういうブーツをヘシアンブーツっていうんだっけ?
十八世紀から十九世紀の英国を舞台にした小説に出てくるんだよね。
オースティンの高慢と偏見とかさ、あの時代。
クラバットと並んで当時の上流階級の服装の代名詞だ。
その装いは凡そ冒険者とは言いづらかった。
始めはきちんと後ろに流して整えられていたのだろうと想像できる、乱れた髪だけに彼らしさが残っているといえば残っている。
「えーと、カークさん?」
カークさんなんだけど、微妙に彼だと確信が持てなくて、私は首を傾げてしまった。
何処ぞの貴公子と言うには少しばかり貫禄がありすぎる男性が頷いた。
「何? その格好」
少年も猫耳美少女な青年も反応は同様だ。
ん?リアンさん、王城でカークさんと会ったんじゃ?何故今更驚いているんだろう。
そんな私達を意にも介さず、扉を閉めて部屋に入ってきたカークさんは、大きく息を吐いた。
「おまえらなあ、聞いてた話と大分違うんだが?」
呆れた様子で私達三人を見渡す。
その立派な姿とは裏腹に、カークさんが疲れているように見えた。
「確か、しばらくは大人しく情報収集とか言ってなかったか? それが、何処をどうすれば王城で暴れることになるんだ? 騒ぎの中心に行ってみれば、勇者暗殺未遂の容疑者は脱獄してるし、魔人と勇者が臨戦中だし」
私達は暴れてないけどね。
暴れて地下牢を破壊したのはミサキちゃんだから。
「勇者暗殺未遂って?」
不愉快そうに少年が尋ねると、「お前らの容疑」と簡単にカークさんが答えた。
「暗殺しようとすらしてないですけども?」
「そういうのは、さして重要ではないからな。罪状としては拘束するに十分だ。それで?」
罪状の真偽は重要だよなあ。
とは思ったものの、ひとまずそこは棚上げして、白雪の暴走から女子高生と騎士達との経緯、地下牢での事を説明してみた。
すると、またもやカークさんに盛大なため息をつかれたのだった。
あれれ?
珍しくカークさんがまともに見える。
「そのシラユキだが、俺の方で預かっている。回復に例のアレが必要でな」
「アレですか」
「まじかー」
「僕、ヤダよ」
三者三様、十八歳未満お断りのアレに対してはまあ、思うこともあるようで。
特に男性陣は。
「そういうことも含めて、互いに腹を割って話し合うか。とりあえず、だ。追手が来る前に場所を移動する。さっさと用意して来い」
つい先日までベテラン冒険者だったカークさんは、空いている椅子に腰をかけると、威厳たっぷりに宣言したのだった。
(アルト)「巨乳の年上お姉さん、猫耳の可愛い男の娘、妖艶な美女姿の強力な魔物。もしかして、君ハーレム目指してる?」
(恵人)「ちょっと待て! それ、明らかにおかしいから! こら、ぽんって納得しないで、おねえさん!」
(日向)「えー、だって、アルトさんの言う通りだなと思って。きょ、巨乳はかなり恥ずかしいけど」
(恵人)「いやいやいや! どれも向いてるベクトル違うじゃん!」
(アルト)「でも、君、勇者の素養があるでしょ? だったら、目指すはハーレム勇者?」
(日向)「あ、私はちょっとハーレム要員は無理かなあ」
(恵人)「目指すか! ってか、リアンとか白雪がハーレム要員って、最悪だな!」
(アルト)「ふーん、ケイトって、ヒナタさんは良いんだ?」
(恵人・日向)「えっ?」