表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/93

出会いは偶然、二度目は必然 4

馬車から降りたのは、暗いながらも見覚えのある通りだった。

数日前にみんなからはぐれてしまった通りだ。

この辺りの路地に入るとアルトさんの店がある。

さすがに狭い路地は馬車が入らないという事だろう。


馭者は私達が馬車からアルトさんと降りてきても、特に何も言わなかったし、反応もしなかった。

まるで私達が乗っているのが当然のように振る舞う。

乗る時だってそうだった。

主人の気まぐれに慣れているような感じだ。


馭者はアルトさんにお辞儀してから去って行った。


アルトさんには「もう少し話をするかい?」と誘われたが、白雪とリアンさんが心配だったし、カークさんも帰っているかもしれない。

それに、少年が眠そうにしていたので、有り難く思いながらも断った。

「夜道は危ないから、気をつけて帰るんだよ。ああ、そうだ。今夜の礼に、今度みんなでケーキセットでも頼んでくれると嬉しいな」


アルトさんの最後の言葉を快く受け入れて、私達は宿への帰路を急いだ。

宿への道を覚えてる少年を尊敬しながら。


だって、一度しか行ったことのない場所にもかかわらず、迷いもせずに確かな足取りなのだ。

彼がいなかったら宿に辿り着くなんて不可能だわ。


毎度の事ではあるけれど、少年がすごいのか、私が情けないのか……前者だと考えたい。


前を行く小さな背を追いかけながら、中学二年生の少年に頼り切るのは肉体労働の時だけだ、と決意してみる。

でないと、どこまでも頼ってしまいそうだった。

できすぎる中学生も困ったものである。

だから、たまに羽目を外して失敗したり、やり過ぎちゃったりすると、私が安心する部分はあるんだよね。


頭を上げると、小さな背が更に小さく見えた。

私が足を止めていたらしい。

街灯があるとはいえ、ここまで離れると姿や距離感の判別は難しい。


王都の大通りには街灯が並んでいて、足元が見えるぐらいには周囲を照らしている。

街灯が整備されているせいか、大通りには若干の人通りがあり、時折馬車も通り過ぎていく。

十九世紀初頭のロンドンやパリの夜の街並みに似ているのかもしれない。

地球ではエジソンが電灯を発明するまで、ガス灯と呼ばれる街灯が大都市には設置されていたそうだ。

当時のヨーロッパには毎日暗くなる前にガス灯に火をつけて回り、明け方に火を消して回る職業があった。

この国の街灯は魔力を基にしていて、光源は魔術だ。

十九世紀のガス灯と同じように、夕方魔術で明かりを灯す事を職業とする魔法屋がいるのだろう。

ガス灯のように朝方消して回る必要はなさそうだけど。


長時間明かりを持続するためなのか、光源そのものは抑えられていて、月明かりよりは明るいという水準だ。

もしかすると、繁華街の灯りはもっと明るいかもしれないけども。


暗闇に紛れてしまいそうな背中を眺めていて、こんな風に二人だけになるのは久しぶりだな、と唐突に思い出した。

イケメン領主の屋敷を発って以降、初めてかもしれない。


実は恵人君はそんなにおしゃべりじゃない。

情報収集や情報の共有などの目的のためには雄弁になるし、話しかければ応えてくれるから、寡黙というわけではないけれど、自分から無駄話をする質ではないのだ。

旅に出てからは、日本での事もこれから先の展望も、私が話題にしない限り彼から話そうと持ちかけることはなかった。

だから、敢えて話しをするために二人きりになるという選択肢もなかった。


私はおしゃべりだし、無駄話も大好きだけどね。


「恵人くん!」


少し大きめの声で呼びかけると、彼が振り返り、後ろに私がいなかったことに戸惑っている気配がする。


私は足を止めた彼に小走りに近づくと、互いの表情が確認できる位置で足を止める。

手を伸ばしても届かないぐらいの距離。


「恵人君」

「なに?」


再度呼びかけると、苛立つでもなく少年が首を傾げた。


「帰れるんだって!」


改めて確認するように唇に乗せる。


「あの人が嘘ついてなかったらな」


興味なさそうな素ぶりで、ふいっと踵を返して歩き出す少年。

慌てて追いかけた私は、今度は肩を並べるように隣を歩く。


「きっと本当の事だよ」

「簡単に信じ過ぎ」


少年らしい冷静な台詞だったので、私らしく楽天的な台詞をお返しすると、いつもの言葉がかけられた。

そういえば、アルトさんにもそのことでディスられたな。


「恵人君だって、アルトさんに色々話してたじゃない。リアンさんやカークさんに言わないこととかも」

「それは……あいつ日本人だったし」

「うん」

「よしんば、あの話が全部本当だとしても、今すぐ帰れるわけじゃないんだから」

「うん」

「だから……」

「うん?」


今度は私が首を傾げた。


「あんまり期待しすぎるなって事! さっきから頬の筋肉が緩みっぱなし! 」

「うんんんん?」


頰に手を当てて、私は少年を見る。

そんなこと言って、馬車の中では彼だっていつも以上に表情がにこやかだったけども?

すっごく可愛らしかったけども?


口に出せば腹立てるだろうから言わないけども。


「カークさんに相談しようね。で、日本に帰ろう」


そっと、少年の手を繋ごうとしたら、邪険に払われてしまった。

あらら。

リアンさんや白雪がいると少年から手を繋いできたりするのにな。


払われてしまった右手を目の前の高さに上げて見つめていると、少年がバツの悪そうな顔をしていた。


「おねえさん、手を繋ぐの好きだよな」

「好きというか、安心するからかな。日本にいた時は誰かと手を繋ぐなんてことなかったけど、この世界ではリアンさんが頻繁に手を繋いでくるし、なんか、慣れちゃったかな」


そうよ、私は彼氏もいないアラサーだよ。

年齢イコール彼氏いない歴の喪女ですよ。

異性の手を繋ぐなんてイベント、小学生以来記憶にないわよ。


「恵人君は嫌い?」


質問で返す私と同じく、少年は答えずに質問で返す。


「おねえさん、カークやアルトと自分から手を繋ぐ?」

「は? 変なこと言わないでよ」

「って事だよな。リアン、ザマアミロ」


何があった、恵人君。

後半棒読みなんですが。

「カークの時は警戒を解くのに少しは時間をかけてたのに、アルトの時は全く警戒しないんだもんな。そりゃ、あの顔と雰囲気だし、俺だってホッとはするけどさ」

「恵人君?」

「でも、男だって認識してるって事なんだよな」

「あの? 恵人さん?」


何の話かなあ。


カークさんやアルトさんが男性なのは見てわかるし、リアンさんに関しては、外見が外見だから、そういうハードルは低い。

だから、思わず恵人君と同じ対応になってしまう。

私より年上の男性だし、頼りにはしてるんだけど。


「俺だって……って、時々は……し」


ボソボソ独り言ちた呟きがあまりよく聞こえなくて、私は反射的に聞き直す。


「だから、もう、早く帰ろう!」


少年は誤魔化すように大きな声で言ってから、私の腕を取って、怒ったように足を早めた。


そうやって何でもないことのように私の腕を掴むのに、さっきは何だったのだろう。

反抗期かなあ?

身近にいる大人って私だけだしなあ。


少年に急かされるように引っ張られながら、改めて首をかしげる私だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ