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出会いは偶然、二度目は必然 3

幸運は続かないものだけど、不運も続かない。

運なんてものは受け取り方次第なんだし、そもそも今回の場合、少年と白雪の行動が結果に繋がっただけの話なので運とは関係ないのだけど。

忙しい厨房に紛れ混んでいたらアルトさんと出会ったことが幸運だったと言えばそうなんだけど、厨房にいたことだって、下働きの見習いに勘違いされた時の少年の立ち回りが良かったからだし。

口八丁で上手く丸め込んで女の私まで一時的に厨房で働かせるとか、少年から信じなければいけないような電波でも出てるのか?って勘ぐってしまう。

初日に訪れた村からしてそうだった。


馬車に揺られながら、改めてアルトさんに説明する隣の少年を見下ろす。


……あれ?

立ってる時より彼の頭の位置が少しだけ低い?

この世界に来た時はこのぐらいの位置に頭があったけど。


うわ、この子、足長いんだ。

と、今更な事に気づいた。

今の話の内容には全然関係ないけども。


そんな私の頭の中の思考などお構いなく、会話は進んでいく。


現在、私達はアルトさんの店に向かっているらしい。

らしいというのは、アルトさんに用意された馬車にお邪魔しているからだ。


この馬車、城門を出る時に衛兵が中の確認をしなかったのだが、そんな事は通常ではないと思うんだ。

中から息を潜めて衛兵と馭者の会話を聞いたところ、この馬車がこの国のトップクラスの権力者の持ち物だということがわかった。

アルトさんへの依頼主、我儘な偉いさんは、この国にいる限り下手な対応をしてはいけない人なんだろう。


「異世界人の召喚は神殿の秘術であり、国家機密に属する。安易に話していい内容ではないし、知っている人も限られる。召喚術式なんかは特にね」

「うん、それは聞いた。不安定な空間に召喚術を施すことによって生物をこの世界に呼ぶことができるって。そうしてやってきた異世界人は何らかの力があって、女神のギフトと呼ばれると説明された」


おや、いつの間にか、かなり突っ込んだ話になってる。

少年がこちらの手の内を明かしていいと考える程度には、アルトさんを信用したということらしい。

日本人のクォーターで、更には典型的な日本人顔ってのが大きいのだろうけど。


「おそらく君達を召喚した術者が説明したんだと思うけど……そこまで説明するのは珍しいんじゃないかな。珍しいと言えば、冒険者登録している女神のギフトなんてのも前代未聞だよ。まず権力者に囲まれるだろうから、市井に下りることなんかないし。まあ、前代未聞て言えるほど異世界人を知らないのだけど」

「ばあちゃんが日本人だったってことは、やっぱ、何処ぞの王室に囲われてたわけ?」


少年の問いかけに、逡巡してあらぬ所へ視線を向ける青年。

答えるかどうか悩んでいる様子でもある。

君達異世界人だしな、と呟くと、アルトさんは言葉を続けた。


「あー、祖父に囲い込まれてたのはそうだけど、うちはちょっと特殊で。祖父の術式が暴走して、間違って祖母が召喚されたらしいよ。最終的に祖母が祖父を受け入れて番いになったそうだけど、周りが辟易するほどのラブラブぶりだったらしい。だから、祖母はこの世界でも自由だし、女神のギフトだっていうのも家族しか知らない」


ラブロマンス的な展開だったのかな、なんて想像しながら、私は口を開いた。


「間違って召喚されて、それで、やっぱり日本には帰る事ができなかったって事ですよね」

「帰らなかっただけじゃないかな? だって、砂を吐きたくなるほど甘々なんだよ。うちの祖父母」


思わぬ答えが返って来て、私は一瞬息をするのを忘れた。

それは少年も同様だった。


「あ?」

「え?」


言葉を忘れたように小さく呻いてから、私は知らず声を出していた。


「帰る事ができる?」


それに対しての回答は肯定。


「限りなく難しくはあるけど、不可能じゃない」


アルトさんが気軽に答える。

私達は、咄嗟に勢い良く身を乗り出した。


「不可能じゃない?」

「できるのか?!」


異口、けれど同時に同じ意味の言葉を発する私達。

その勢いに若干引きながらではあるけど、アルトさんははっきりと再度肯定を返した。


「もちろん、来ることができるのだから、条件が揃えば戻ることだってできるよ」

「何で、そんな事知っているんだ?」

「そりゃ、元の世界に行った人を知ってるから」

「え? だって、おばあさまは帰らなかったんでしょう?」

「祖母はまだこの世界にいるよ。帰ったのは僕の父だ」

「は?」

「僕は四分の一が日本人だけど、二分の一はベラマーシュ人だから。因みに、ベラマーシュ人という民族はこの世界にはいない」


私と少年は二人で絶句してしまった。

つまり、このアルトさんという人は、この世界の血が四分の一しか流れていないという事だ。

肉体的には異世界人の方に近いのかもしれない。


ベラルーシって言葉なら聞いた事あるが、ベラマーシュは初耳だった。

ベラルーシは旧ソ連圏の国で東欧だった気がする。

でも、ベラマーシュなんて国、地球上にはないんじゃないかなあ。

地球上に分布する民族でもないと思う。

まあ、たかが私ごときの知識で断言できるものではないけど。


「ベラマーシュの文化水準はここと同じで、魔術も使える世界だったらしいから、祖母の日本とは違う異世界だったみたいだ」


私達の無言の疑問に答えるように、アルトさんが補足してくれる。


「事故だった祖父と違って、母は父を召喚してしまったらしい。才能って怖いよね。僕にはそこまでの魔力はないけど」


色々衝撃的な事を告げられた私達は、まだ頭の中の考えがまとまらなかった。


「条件が揃えば異世界への移動は可能だ。そのうちの一つが、桁外れの魔力を秘めた魔術を行使できる者だ。父の場合、母がいたから戻れたんだろうな」

「あんたにはそこまでの魔力がないって言ったけど、漠然としていて分からないな。高位の魔術師なら可能って事か?」

「その程度じゃ話にならないかな。必要なのは術を編み上げる技術とそれを起動させるだけの人の身には見合わないほどの魔力。そうだねえ。……この国の王弟なら、おそらく条件に合うんじゃないかな」

「私達、多分この国の人に召喚されたんだけど、その王弟に召喚されたのかな?」

「時さえ掴まえられれば、呼ぶだけなら、一般の高位の魔術師でも可能だと思う。君達、召喚時に誰に状況を説明してもらったの? 普通に考えれば、こっちに来た時にいた術者が召喚者なんだけど」

「私達、かなりのイレギュラーみたいで。召喚者と会ってないんですよ」

「じゃあ、誰に説明を受けたんだい?」

「えーと」


ちらりとこちらを一瞥する少年を気にしながら言葉を続ける。


「通りすがりの冒険者?」

「おねえさん、答えが雑」


少年に突っ込まれてしまった。

でもなあ、カークさんって、Sランク冒険者だって言われるの嫌がる人だしなあ。


少しばかり呆れた様子で、アルトさんが確認するように私達を見てきた。


「わかってるよね? それを君達に話した人、そういうことを知れる立場にいる人だってこと」


改めてアルトさんから指摘されると、思わず躊躇ってしまった。

国家機密に触れられる人って事だ。

確か、初めて会った時もカークさん自身がそんな事を言っていたし、私も少年もそんな事は想定していた。

まあ、この件に関してはSランク冒険者だから、って結論づけてもいいのかもしれないけれど。


ああ、そうか。

魔力の高い術者、いるじゃないの。

Sランクの魔導師様が。


「その説明してくれた人、すごい魔術師なの。その人なら、可能かもしれない」

「 あー、確かに。でも、揃えなければいけない条件ってことは、一つじゃないってことだよな」


少年は私の意見に同意するものの、アルトさんに話の先を促した。


「うん、その通り。問題は次の条件だ。術を行使する瞬間、世界の位相が近づいていないといけない。近接する位相を魔力で強引に重なり合わせると、異世界への穴が開くらしい」


私は思わず、何を言ってるんだこの人はって顔をしてしまった。

だって、言葉だけが上滑りして、具体的に意味が全く理解できなかったからだ。

世界の位相って何だ?

位相って、アナログパルスの周期みたいなものを指してたような気がするんだけど、学生時代以降、そんな単語聞かないから、忘れちゃってるわ。


「女神の時とか何とか言ってたやつだな。自然現象に合わせて術を行使しなければならないなら、その自然現象を待たなければいけないし、どこの異世界と繋がるか分からないから現実的ではないって、前におねえさんが指摘してたっけ」


その説明的な台詞、記憶にあります。

カークさんと出会った時の事だ。

少年は私と違って話の流れについて行けてるらしい。

目を爛々と輝かせて、アルトさんの話に食いついていた。


「そう、女神の時と呼ばれる自然現象は、この世界の位相と他の世界の位相が重なり、互いの世界が隣接する現象だ。ある程度の予知ができるが、自然現象故に望む時に望む世界に繋がるわけではない」

「という事は、あんたの父親は自然現象を待ったわけではないんだな」

「父は……父の世界で特殊な人だったんだ。更に、父の世界には魔術があった。向こうの世界からこちらの世界に干渉してくるなんて、恐ろしいことをする魔術師がいたんだよ。つまり、帰りたい世界からの呼びかけがあれば成功率は格段に上がる」


アルトさんがそう言い切った瞬間、私と少年の希望がしおしおと萎びていくのがわかった。


だってねえ。

魔術師が元の世界から呼びかけるなんて、魔法のない現代日本でそんなことしてくれる人なんている訳がない。


「何でいきなり気が抜けてるの?」


アルトさんが不思議そうに首を傾げた。


「日本に帰りたいんですけどねぇ」

「簡単な話ではないなあと思って」


はあ、と二人でため息をついてみる。


「や、でも、私達が知らないだけで、向こうにも魔法があったのかもしれないし。アルトさんのお父さんのように誰かが呼んでくれるとか」

「おねえさん。それ、自分でも、ないなあー、って思いながら言ってるよな」

「はい」


その通りです。

ある訳ないですね。

でも、異世界から来て、自分の世界に帰って行った人がいることは確かなのだから、ここは盛大に喜んでおくところではないだろうか。

そうだよ、元の世界に帰った人がいるという前例が出て来たのだ。

これは驚くべきことのはずで、私達が日本に帰られるという証左のはずだ。

大丈夫、きっと私達が帰る方法があるはずだ。

高校生達に会って話をすれば、何か案があるかもしれないし、これからも自分の世界に帰った異世界人の情報が入ってくるかもしれない。

そりゃ、高校生とは上手くいかなかったけど。

まだまだできる事はあるはずだもんね。

アルトさんのお父さまのように帰られるはずだ。


なんて考えていたら、隣に座る少年の腕が伸びて来て、頰を軽くつねってくる。

痛くはないんだけども、突然の行為にびっくりして瞬きを繰り返してしまった。


「前例があるんだから、何とかなる! とか、今思ったな」


似たことは考えてたけど。


「にやけすぎ。百面相が酷い」


と、少年に言い切られた。

見てられないほど醜いということですか。

しくしく。


軽くつねられた頰を撫でて視線を落としたら、「可愛いいよ?」なんて、アルトさんが慰めてくれた。


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