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出会いは偶然、二度目は必然 1

リアンさんの姿が見えなくなった時、はたと少年が気づいたのは、王城からの脱出が難しいという事だった。

王城の中であるここは、私達にとっては安全地帯ではない。

そして、少年のような身体的に特殊な能力のない私は、見つかった時点で即アウトだ。

にもかかわらず、私も少年も認識阻害のマントをリアンさんに手渡した時、そのリスクを全く考慮していななかった。

いつもなら少年が気づいて突っ込んでくれるところなんだけど、珍しくいっぱいいっぱいだったみたいだし。

それに、私としては白雪を助けてほしかったから、もし認識阻害のマントを失う危険性に思い当たったとしても、リアンさんに預けていただろう。


でも、現実問題として私のOLの能力では現状を如何ともし難く、二人で頭を抱えることになる。


うわっ、どうしよう。

と、座り込んで二人で角突き合わせて数分。


「木を隠すなら森の中? とりあえず、人に紛れるとか」

「恵人君、残念。正しくは、木の葉を隠すなら森の中だよ。それはそうとして、紛れるにしても、ここ、王宮でしょ? 夜だし、どう紛れられるって?」


私の指摘に一瞬悔しそうな表情を浮かべたが、彼はすぐに気持ちを切り替えて考え込んだ。


「定番としては、さっきの俺みたいに兵士に紛れてしまうことかな。でも、おねえさんには不可能だから」

「なんで?」

「サイズと重量。この鎧、上半身だけとはいえ、フルメットまで入れたら、かなり重いよ?」


重いのは無理だわ。

それに、彼だって決して兵士にうまく紛れ込んでいるわけではなかった。

奪った鎧のサイズの割に身につけている少年の背が低すぎるのだろう、まじまじと見ると非常に不恰好で不自然だった。


私の方でも早々に兵士に紛れる案は却下する。


「下働きのフリするのがいいかも」


それなら女性だっているはずだし、との私の提案に少年が乗ってきた。

彼は拳を顎に当てて、なにやら独り言つ。


「今、王宮から逃げるんじゃなくて、ほとぼりが冷めるのを待つってことか。それはありかも……リアンが荷物を回収後に城から抜け出して、その後なら警備だって緩くなってても……うん、それが一番無難かもなあ」

「あのー、恵人さん?」


俯いて頭の中でなにやら思考を組み立てている少年に身を寄せ、少しだけ呆れ混じりに名前を呼ぶと、彼は勢い良く頭を上げた。

彼のサラサラした髪が私の鼻先をかすり、びっくりしたんだけども。


「て、おねえさん、近い!」


驚いたのは彼も同じで、咄嗟に身を引く。


「と、と、とりあえず、下働きがいっぱいいそうな、王宮の裏側にでも移動しよう。で、建物の中に入って一晩明かせられればラッキーだ。まだ、寝静まる時間じゃないし、兵が混乱している今なら屋内に紛れ込めるかもしれない」


少年が口にした通り、オーソドックスに木の葉を隠すなら森の中という格言を指針にするということだ。


「んじゃ、ひとまず行きますか」


軽い口調での発言に、私は共感して小さな声で「オー!」と返したのだった。







そしてそれから一時間も経っていないというのに、少年は何故か城の厨房で皿洗いをしていて、私は夕食の残飯を片付けていた。


あれえ?

おかしいな。


人が出入りが多くて活気のある所。

それでいて、人の目につきにくそうな所。

そんな都合のいい場所……ありました。


王宮の奥深く、半地下になった厨房である。

きらびやかな王宮の裏側に回ってみると、こんな遅い時間で、辺りは真っ暗だというのに何故か活気のある場所があったのだ。

そこは晩餐時間中は大忙しで、引っ切り無しに人の出入りがありながら、身分のある者は決して足を向けない場所でした。


鎧を脱いだ少年と私は、その服装から下男や下女と思われたらしく、都合の良いことに厨房に入って早々、仕事を言いつけられた。

皿に残った残飯を木の桶に黙々と集める私と、顔をしかめながら空いた皿を洗う少年。


残飯といっても、その豪華さはこの世界に来たばかりの時お世話になったイケメン領主さんの屋敷の晩餐といい勝負だ。

いや、ここの料理の方が見た目では上かもしれない。

さすがは王宮。


勿体無いなあと思いながら、王族の食べ残しでいっぱいになった桶に、私はここの人らしき若い子に声をかけた。

因みに、王族の食べ残しは、どれだけ勿体無くてもつまみ食いしてはいけないらしい。


「いっぱいになりました。どうしたらいいですか?」

「あ? いちいち聞くなよ。いつも通り裏に運べ」


問いかけに、彼はこちらを一瞥すらせずに答えて、自分の作業に没頭している。

当然ながら、本当は部外者である私がここで、いつも通り?と質問するのは利口じゃない。

頷いて見せて、言われた通り桶を持ち上げ裏手に出ようとした。

予想以上に残飯が重くて、ふらふらする。


私の状態に気付いて駆け寄ろうとした少年を視線で留め、よたよたと裏手に回る。

厨房がそれなりに明るかったせいか、建物から出ると外は真っ暗で、すぐには夜目が効かなかった。


元々、私って夜目が効かない方だしなあ。

どかっと残飯の入った桶を地面に置く。

そこからどうすればいいのか分からなくて、少しばかり途方に暮れてみた。


「どうしました?」


立ち尽くす私に、耳当たりの良い快い声が親切にも助け舟を出してくれた。


「残飯処理を言われたんですけど、どこに持っていけばいいかわからなくて」

「ああ、新人さんですか。こちらです、付いて来てください」


おお!

声も性格も良い人だ!


私が再び重い桶を持ち上げて、暗闇の中、よたよたとついて行く。

しばらくして、暗い中で彼の声が単語を一つ紡いだ。

瞬間、淡い光の玉が生まれる。


「はい、この中です」


そう言って指差す先に少し大きめの箱が壁に沿うように置かれていた。

そこがゴミ置場ってことだろうか。

よく見ると、そこには屋根があって、更に奥には薪が積まれている。

この辺りは厨房の物置き場になっているようだ。


「ありがとうございました」


お礼を言って、私は残飯を箱に入れる。

箱の中はなかなか強烈な匂いがするぞ。


作業を終えて振り返ると、先ほどの男性が、空中でぷかぷか浮かぶ光の玉の隣でじっと私を見ていた。

そして、その人は淡い光の中で改めて私を上から下まで確認してから、盛大な溜息をつく。


「少しばかり似てるなとは思ったけれど、厄介ごとを引きつける所まで似てるとはね。えーと、ヒナタさん?」


どこか面白そうにこちらを見てくる、黒髪黒目で、やたらめったら声の良い男性は、数日前にお世話になった甘味処のマスター、アルトさんであった。


どうしてこんな所で顔を合わすのかなあ。

乾いた声を漏らしながら、私は笑うしかない。


「こんな所で、奇遇ですねえ」


私の台詞はきっと白々しく聞こえているのだろう。


「僕は正式な依頼の元、甘味を届けに来ただけだよ」

「こんな遅くにですか?」


日本時間で考えれば、現在は午後九時ぐらいじゃないだろうか。

残業慣れしている日本の社会人としてはまだ宵の口だけども、電気のないこの世界の一般庶民は寝静まる時間のはずだ。

街でこんな時間に働いているのは、歓楽街や花街の住人ぐらいのものだし、起きているのもその利用者である。

と、思い込んでいた私は、その間違いに気づいていた。

どうやら、王都の上流階級の生活は夜の方に比重が傾いているらしい。

だからなのか、王族の晩餐の時間も庶民よりは遅目であった。

それでも、搬入なら夕方までに終わらせるもんじゃないの?

それともそう考えてしまうのは私が二十一世紀の日本人だから?


「ちょっとばかり、我儘なお偉いさんがいるんだよ。君は? 冒険者じゃなかったかい?」


アルトさんが苦笑して答えた後、今度は不思議そうに尋ねてきた。

私が彼がここにいる時間を不審に思うのと同様に、彼が私たちがこの場所にいることを不審に感じるのは当然である。


「えーと、期待と友人達の暴走の結果?」

「うん、明らかに不審者だよね」


誤魔化されるわけがないよね。


すいっと彼は視線を近衛兵舎の方角へ向ける。

それは、暗に関係しているのではないかと問われているように感じたのだけども、彼は何も言わずに自己完結したように頷いてから、こちらに視線を戻した。


「僕には関係がないか。じゃ、もう帰るけど、厨房までの灯りが必要なら送ってくよ」


何事もなかったかのように、あっさりとそう口にするとアルトさんは踵を返す。


帰るという言葉に反応して、思わず彼の上着に手を伸ばしてしまった。


「お城から出られるんですか?」

「そりゃ、今から帰るからね」

「私たちも一緒にお城から出られます?」


引き止められたアルトさんは困ったように眉根を寄せる。

快い反応ではなかったにもかかわらず、次の言葉が紡げたのは、それが迷惑そうでも邪険な表情でもなかったせいかだろうか。


「これを聞くと巻き込まれると思うんだけどなあ」


ボソリとアルトさんが呟く。

独り言のつもりだったのだろうけど、厨房裏手のしんと静まり返ったこの場所で私の耳に届かないわけがない。


「そういう時は、聞かなくても巻き込まれてるんですよ。話、聞いてくれますか?」


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