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▶︎ 勇者も彼らに会いたかったはずなんだけど 2(美咲)

黒髪の美女が私の願いに応えた精霊の力によって傷付いているのも、セヴィが折れた両腕で彼らから私を守ろうとしているのも、小柄な兵士が人外の跳躍力で私達の頭上を越えて行ったことも見えていた。


それでも、私の瞳は、無くなった美女の両腕から視線を逸らすことができなかった。

人を傷つけたのは初めてだった。


力の行使は何かを傷つける。

そんな事、理解していた。

魔物が襲来したあの日、意識して魔物という生き物を傷つけて殺した。

だから、そんな事、理解していたはずだったのに。


呆然と呟く言葉に意味はなく。

ただ、両腕を無くした美女が苦痛に顔を歪める様がたったひとつの現実で。

だけど、それすらもどこか遠い世界の出来事のようで。

耳元で呼ばれる名も、その日本人ではあり得ない発音とアクセントも、霞がかかったようにぼんやりしてきて。


「……!」


呼びかけるのはセヴィで、私の先生で、私の護衛で。


「ミサキ様! くっ!」


軽く頰を叩かれる。

直後、苦痛を堪える低い声が耳に届いた。

折れた腕を無理矢理行使して、私の頰を叩いたのだと悟る。


我に返ってセヴィを見上げると、穏やかで、いつも笑みを浮かべている端正な顔に生理的な汗が流れていて、顔が真っ白だった。

ひそめられた眉と、きつく噛み締められた口元は苦痛に耐えているからだろうか。


「あれは人ではない! 人に擬態した魔物です!」


慌てた様子のセヴィを見るのは珍しくて、そのせいか、私の頭がすっと冷えていく。


ズキリと頭痛を感じたが、それを無視して再度黒髪の美女を凝視した。

今度は冷静にその姿を観察する。


腕から流れ落ちる液体に色はなく、血には見えない。

全身の細かな傷からも赤い血液らしきものはうかがえなかった。


「……人では、ないのね」


安堵した声が出る。

私はまだ人を傷つけたわけではない。

そう思うと心が落ち着いてくる。


不意に背後の気配が変わった。


「こんなものの収拾もつけられないとは。随分情けないな、第三騎士団」


階上から偉そうな声が聞こえた。

今まで、会ったことのない人だ。

魔物に対峙していた私は、それが誰なのかを確認するために振り返ることは躊躇われた。


けれど、体を張って私を護ろうとしていたセヴィの口元が、一瞬綻んだように見えたから、彼が声の主を知っているのだと直感する。


「殿下……」


呟いたセヴィの声には安堵の色が含まれていた。

彼が殿下と敬称で呼ぶのなら、王族の誰かだ。

たけど、私はセヴィがこんな風に気を許す王族を知らない。

国王陛下にも、王太子殿下にも、他のどんな王子殿下にもこんな敬愛の篭った声音で呼びかけているのを聞いたことがなかった。


「さて、王城の結界を破られた様子も、無理矢理入ってきた痕跡もなかったが、何故ここに魔物がいる?」


咎めるような言い方だった。


ここに魔物がいる理由は、私達が人だと思って捕らえたからだ。

王族が直接招き入れる場合、結界が働かない事があるとお姫様がいつか言っていたのを思い出す。

今回は、王太子の第二王子が招いた形になるのだろう。

でも、今わざわざ指摘する状況ではない。

それは、声の主も同様の考えだったようだ。


「まあいい。その女を連れて上へ行け」

「しかし、殿下!」


セヴィは反射的に男を庇おうとしたらしい。

両腕が使い物にならないにもかかわらず。


「人の心配できる状況か? 命令だ、彼女を連れて下がれ。後、そこで寝てる奴らも連れて行け」


言いながら、声の主が私の横を通り、セヴィの前に出た。

セヴィよりも大きな背中。

薄暗い中で、僅かな光を受ける髪が金色だということが辛うじてわかる。

王家の金色だ、と思った。

きっと瞳は青色だ。


前に出た男に気づいて、黒髪の魔物が顔を上げた。

それが、眉をひそめたように見えたと思ったのは気のせいだったのだろうか。


セヴィが男の言葉に了承して踵を返した。

駆けつけてきた兵士達も、男の指示通り倒れている騎士達を抱えて地下牢を後にする。

促されて、セヴィ同様に背を向けて階段を上がり、地下牢の入口にいた私の耳に、男の小さな呟きが届いたのは偶然なのか、精霊達の力なのか。


「大人しくしてらんないとは思ってたけどよ、予想を上回ってくれるよ、ホント」


先ほどとは異なった、どこか面白がっているような声音で、随分とフランクな口調だった。

意外に感じて、振り返りって階下を見下ろした。


空気がざわついている。

精霊達が男の周囲から遠ざかる。

魔術の詠唱だとわかった。


男が短い詠唱を完了させると、魔物の周囲に目に見えない風の魔術の檻が構築される。

力のある魔術師には魔力の流れを感じ取る能力があり、今、行われている術がどのようなものなのか理解できる時がある。

そういう意味では、私は魔術師としてはセヴィや他の魔術師には追いつけていない。

精霊に頼ってしまいがちな私は魔力の知感は苦手で、魔術初心者と変わらない。

だけど、この瞬間、私は彼の施した術が無駄のない美しい魔術だと感じた。

そして、私は彼が誰なのか思い当たったのだ。

王族、魔術に秀でている存在、セヴィが時折口にする人物。


ああ、彼がセヴィの尊敬する王弟殿下なのか。


答えが頭を過ぎって改めて階下を見下ろそうとした私に、セヴィを含め、兵士達が早くこの場から逃げる事を急かしてくる。

心配する瞳に急き立てられてその場を離れた私だったが、地下牢から兵舎の一階廊下にを出た瞬間、先程から感じていた頭痛が酷くなった。


「ミサキ様?!」


驚いて私を呼ぶセヴィの声を聞きながら、ああ、そういえば、と思い出す。

精霊の力を初めて使ったあの日も、こうやって頭が痛くなった。

そして確か、そのまま……。

あの日と同様、私はすっと意識を失ったのであった。






セヴィの両腕を治療してくれたハルナが、王弟に会った私に羨ましいと攻め寄ったのは、翌日私が目を覚まして陽が高くなってからのことだった。


彼女の言い分に耳を傾けながら、今まで私が考えていた王弟のイメージが実物とはかけ離れたものであることを悟った。

おじいちゃんじゃなかったらしい。

いや、だってねえ。

御歳七十を超える国王の弟だっていうから、そのぐらいの年齢のおじいさんを想像してしまうのは当然じゃない?

三十歳半ばなんて、私達からすればおじさんの範疇ではあるけれど、おじいさんとまではいかない。

でも、数歳上なら父親でもおかしくないのだから、私にとっては対象外なのは変わらないし、男性として興味は覚えなかった。

ハルナは違うみたいだけど。


シヴァティア最強の魔術師で、シヴァティア国王の末の異母弟。

王位継承権は低いものの、その力と人柄で、王家の中でも国民の人気が高いらしい。

そして、独身男性なのだとか。


ずるい!

と、ハルナに責められたものの、会ったとは言っても顔も見なかっただけに、理不尽だと思った。

絶対にハルナより先に顔を見てやる。

心の中でそう誓う。


そんなハルナの様子から、彼女が地下牢に捕らえられていた人達に全く興味がないことも理解した。


あの人達のことを話したかったけれど、王弟の事をまくし立てるだけまくし立てた後、さっさと引き上げて行ったハルナに話す時間をもらえなかったのだ。


まあ、それでも、腹を立てて捲し立てていたハルナの罵詈雑言から得た情報もある。


彼らの所持品を接収していたはずなのに、それらはいつの間にか忽然と姿を消していたらしい。


さっさと尋問すれば良かったのよと口にする彼女に、晩餐会を優先した貴方がそれを言うの?と、喉まで出掛かったけれど。


あの時身元が判明しても、それはきっと偽造されたものだっただろうと、今なら断言できる。


だって、きっと私達以外の日本人だ。

混乱はしていたけれど、地下牢にいた二人が日本語を話していたのは記憶に残っている。

あの時、対応を間違えなければ会話できたのかもしれない。

セヴィの怪我にパニックを起こして精霊の力を使ってしまったのは早計だった。


「また、会えるかしら」


ポツリと漏れた想いは、彼女の周囲に存在する精霊達以外、誰に聞かれることもなかった。




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