勇者さん達に会いたかっただけなのに 7
しばらく息を潜めるも、それ以上は何もなかった。
少年が肩の力を抜いたので、私も安堵の息を漏らす。
その時だった。
「チェックメイト、ってやつかな。ケイト。意識が散漫だ。今のは殺されててもおかしくなかったね」
まだまだだねと、若干バカにしたような様子を見せる背後の声に、少年がムッと口をへの字にした。
振り向くと、黒いマントを身に纏った美少女が、手刀を軽く少年の首筋に当てている光景が視界に入る。
もちろん攻撃の意図はないのだが、してやられた少年にしては面白くないだろう。
私達を見渡して、リアンさんが不審げに眉を顰める。
「さてさて、一体何が起こっているのかなあ。様子を見に来てみれば牢のある近衛兵兵舎では緊急警戒中だし。ヒナの匂いを追って来てみれば、脱獄してこんな所にいるし。脱獄に関しては予想範囲内だけど。で、会えたの?」
淡々とした彼の問いかけに、ぎりりと唇を噛む少年。
その仕草は、目的を達成できなかったことが一目瞭然だった。
リアンさんだって、おそらく分かっていて質問しているのだろう。
「で、どうするのさ?」
少年は大きく深呼吸して気持ちを落ち着けた後、ピースサインを彼の鼻先へ突き出した。
「二つ問題がある。一つは白雪だ」
リアンさんが可愛く鼻を鳴らした。
彼女がいないことはちゃんと認識していたらしい。
「俺達を守るためにかなりのダメージを受けていた白雪を地下牢に置いてきた。逃げる間の時間稼ぎをしてくれていたはずだ」
「回収の必要がある?」
「リアンさん!」
「だって、ひな、アレは……」
「もちろん、回収の必要があるさ。だって、おねえさんが泣くから」
「私、泣いてなんて……」
「……さっき、泣きそうだった」
私が言い募るのを、言葉尻を奪うようにして少年が断言する。
いや、そんな風に言われたら、恥ずかしいんだけども。
ちらりと横目で見ると、何故か憮然とした表情のリアンさん。
「もう一つ。自力でなんとかしそうな白雪と違って、こっちはもっとヤバいと思う。荷物とギルドカードを取られたままだ」
少年の発言にリアンさんが溜息をついた。
「ギルドカードはちょっと厄介だけど、その程度なら対処はできるさ」
「違う! 問題なのはカードの方じゃなくて」
真意が伝わらないもどかしさに、少年が声を荒げかけた。
そこで私にも少年が言おうとしていることを察することができた。
問題なのは、私のカバンなのだ。
「おねえさんのカバンはこの世界のものじゃない」
あっさりとバラした少年に、私はギョッとした。
「この世界のものじゃないねぇ」
胡散臭そうな面持ちのリアンさん。
簡単に私達のこれまでの経緯を説明すると、再び溜息をついた。
「まあ、何となく予想はしてたけど」
「カークは異世界人のことは一般に知られていないと言ってた」
「童話や物語だよ。千年以上昔にあった国家間協定の盟主が異世界人だったとか、大災厄から世界を救った英雄がこの世界ではないところで生まれ育ったとか、竜の嫁になった違う世界から来た女の子の話とか。探せばいくらでもおとぎ話がある。それを信じてるかと言われると、正直信じてなかったけどね」
そう口にするリアンさんに、私は首を傾げた。
「信じてなかったのに、簡単に恵人君の言ったことを受け入れるんですね」
リアンさんが私の手を取り、目を覗き込んで来た。
「ヒナとケイトを見てきたからね。頭が良くて、物理事象や高度な知識は知っているのに、何故か世間一般の常識を知らない。立ち居振る舞いや言動は明らかに一般庶民の労働者階級なのに、ヒナの顔は日焼けしていないし、この手も働いたことのない貴族令嬢のように綺麗だ。極め付けが、言葉だね。聞こえてくる言葉と口の動きが合っていない」
「俺たちみたいな異世界人を女神のギフトって言うらしいぞ」
「贈り物ねぇ。誰に対しての贈り物なんだか。いや、それでケイトとヒナが運命共同体って言ってた訳だね。それ以外の意味はない、と」
首肯する私達を見て、何故かガッツポーズのリアンさん。
「ヒナ達が勇者に会いたいのは、異世界の同郷だから?」
問われて、私は素直に頷いた。
顔を合わせて早々に、お互い声をかけることなく喧嘩別れしてしまってるんだけどね。
やっぱり、状況がわからないままの実力行使は良い結果を導かないということなのだ。
「つまり、ヒナの荷物はこの世界の物でないと分かってしまう代物って事だね」
「偶然でも、カバンの機能をみつけてしまえば」
「機能? 見た目ではなくて? この世界ではありえない特殊な機能があるということ?」
あのバックの現象を説明するのは難しい。
実際、ブ◯ックサ◯ダー無限増殖器だなんて、荒唐無稽な話だし。
「荷物とアレの回収ねえ。どっちも近衛兵の兵舎な訳だよね。で、アレは地下牢にいたけど今はわからない。荷物はどこに持って行かれたのかわからない。ちょっと難易度高くない?」
リアンさんが、可愛い猫耳の後ろ、後頭部をポリポリと掻いた。
「うーん、やっぱりどっちも見捨てちゃうってのは」
「ダメです!」
「ダメだ!」
私と少年の剣幕に、若干リアンさんの腰が引ける。
しばらくして、彼が三度目の溜息をついた。
「仕方ないなあ。ヒナ、認識阻害のマントを貸して」
難しいと言いながらも、お使いでも頼まれたかのような気安さだ。
どう見ても美少女なのに、この頼れる安心感はなんだろう。
思わず、すぐに頷いてマントを渡す。
「二人はさっさとここを出ること。ケイト、ヒナがこれ以上傷付いたら許さないから」
私の頰に触れながら少年を睨んだリアンさんのきつい眼差しが、次の瞬間には、柔らかい色を浮かべる。
「ヒナ、うまくいったら、ご褒美頂戴ね」
にっこりと猫耳美少女な青年は可憐に微笑んだのだった。
(日向)「白雪さん。白雪さん。我が君って何? そんな恥ずかしいこと、今まで言ったことなかったでしょ」
(白雪)「みんな聞く。名前は口にしてはいけない」
(恵人)「ああ、なるほど。知らない大勢の前で名前を呼ぶのは好ましくないと、言いたいんだな」
(日向)「名前を呼ぶのが良くないの?」
(恵人)「日本でも真実の名前は力を持つって考え方があるじゃん? あれと同じだと思うよ。名前ってのはそれを構成する本質の枠組みみたいなものだから、力が乗りやすいとか何とか……カークが言ってたかな」
(日向)「日本での考え方ってより、漫画とかラノベとかでは、よくそういう設定になってるよね。って、ここでも同じ設定ってことか。それはわかった。でも……我が君はないわ〜」
(恵人)「うん、まあ、俺もちょっとびっくりした。まあ、我が君って日本語では訳されてるけど、どっちかっていうと、英語でマイロードって呼びかける感じっぽいかな」
(日向)「マイロード? がはっ」
(恵人)「お姉さん?」
(日向)「は、恥ずかしすぎる〜。どこをどう見てマイロード?! それはハンサムで高貴な男性に使う言葉でしよ?!」
(恵人)「いや、それも色々間違ってるから(一体、何知識?)」
(白雪)「我が君がウチダテヒナタは嫌い。ご主人様なら良いか?」
(日向)「この歳でメイド喫茶も恥ずかしいよ!」
(恵人)「いや、それもなんか違うから」
(白雪)「では、お嬢様?」
(恵人)「……そこで何故執事カフェ?!」