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勇者さん達に会いたかっただけなのに 6

「足音は四人。白雪、前と後ろな。俺は真ん中。でそのまま勇者を拉致する」

「シラユキは分かった」


二人で簡単に打ち合わせとも言えない打ち合わせを終わらせ、息を潜める。

階上から聞こえる声に覚えがあった。

例のミサキちゃんという子じゃないだろうか。


認識阻害のマントに包まれながら、私も息を潜めて成り行きを見守っていた。


三人の兵士と女の子が階段を下りてきた。

兵士達の身なりは、ここの見張りとは明らかに異なっていた。

腰に差している剣も、よく見ると持ち手の細工などが凝っていて、一兵士が持つようなものではない気がした。

彼らは騎士かもしれない。


女の子が地下の床に足を踏み入れると、兵士に扮装した少年が立ち上がって頭を下げる。

次の瞬間に何が起こったのか、推測することはできても、目で追いかけることはできなかった。


白雪が例の液体の腕で前を歩く騎士と、後ろを歩く騎士の首を絞めて気絶させたようだ。

さっきより明らかに精度が上がってる。


同時に少年がミサキちゃんの隣にいる騎士に殴りかかっていた。

予定ではその騎士を拘束して、ミサキちゃんと一対一で話す機会を作るはずだった。


ボキッと骨が折れる音が地下牢に反響する。


あれは絶対に痛い。

思わず想像して目を瞑ってしまう。

苛だたしそうな舌打ちが少年から聞こえた。


「くっそお、あんたが俺のスピードについてくるから、手加減できなかったじゃねぇか!」


骨が折れたのは少年ではなく、両腕で攻撃を受けた騎士の方だった。

重傷を負わせた相手が人間ということに、少年は激しく動揺しているように見える。

そんな少年を牽制しながら、騎士はミサキちゃんを守ろうと必死だ。


危害を加えたかったわけじゃない。

ミサキちゃんと話ができればよかっただけなのだ。


私は房から抜け出し、動揺する少年を背後から抱き締める。


「もう、やめよう!」


私がそう告げるのと、


「お願い! 私達を守って! そして、セヴィを傷つけた敵を討って!」


彼女がそう口にするのが同時だった。


刹那、目を刺すほどの閃光とともに恐ろしいほどの圧迫感が少年を襲うのが分かった。

それが魔法なのか、物理的な爆発なのかは判断付かなかったけれど、やばい攻撃だというのは直感的に理解していた。

死ぬのかな、とも考えた。

少年を守らなきゃ、とも思った。

どれもコンマ数秒の事だ。


私は咄嗟に少年を抱え込んで、光に背を向けた。


轟音と爆風が地下牢を蹂躙する。


見張りの兵士のために用意されていたテーブルと椅子が空中でバラバラに壊れていく。

壁に設置されていた魔法の光が破壊され、消滅する。

床も壁も天井もえぐり取られて、砕けてできた石や砂が四方に飛び散り、私の肌を傷つける。


これは、死んだな。

そう確信したし、余り悔いはなかった。

少年を守れたかな。

一緒に日本に帰られなくてごめんね。


そこまで頭の中で矢継ぎ早に考えていた。


だけど、爆風が収まると、破壊後の天井や壁からカラカラと欠片が落ちて床に当たる音が耳に届いて、自分が死んでいないことに気づく。


慌てて顔を上げて、周囲を見回す。


魔法の光が消えた地下牢は薄暗い。

辛うじて今の攻撃の届かなかった地下牢の奥の方と会談上の入口付近の明かりが灯っているだけだ。

それでも、私の目の前で仁王立ちしていたのが誰なのかぐらい容易に判別できた。

私と少年の前で、白雪がガクリと膝を付く。


「我が君を傷つけるのは許しません」


感情を見せない口調でそう言い放って、ボロボロの体で私と少年を背に庇っている。

右肩から先がなくなっていた。

左腕は肘から下が人の形に戻れないのか、液体のまま床に落ちている。

今の攻撃を、白雪が一人で受けたのだと理解した。

私と少年を守るためだ。


私が状況を把握しようとしている間にも、先程の轟音と振動によって、建物内が騒がしくなっていた。

建物全体が崩れてこないのは地下に造られた堅牢だからだろうが、音と揺れは内部にしっかりと伝わっているようだ。


騎士達の援軍とばかりに、入口にいた二人の兵士が抜刀した状態で地下に降りてくるのが見える。


「この、化け物め!」


忌々しそうに吐き捨てたのは両腕の折れた騎士だった。

彼は尚もミサキちゃんを庇っている。

この惨事の原因であるミサキちゃんは、自分が行った行為に茫然自失の体である。


「白雪、下がって! そんな体で無理しないで!」


叫ぶ私を、少年が抱き上げる。

先刻の少年の言葉が脳裏をよぎった。

白雪を見捨ててでも逃げるからね、と口にしていたのは少年だ。


「白雪、止めなさい! 私たちを守ろうとしないで! 恵人君、ダメだよ!」


私の制止を白雪が無視をする。


「シラユキはその命令は聞かない」


私を無視するのは、少年も同様だった。


「任せた、白雪」

「シラユキは任される。ケイト、ウチダテヒナタを任せた」

「当然!」


大きくジャンプして呆然として動けないミサキちゃんと騎士達を飛び越える。

両腕の骨が折れた騎士がそれを阻止しようと動くが、少年の敵ではない。

新たな二人の兵士の剣を簡単に避けて、私を抱えたまま少年が入口へたどり着く。


「白雪を置いて行かないで!白雪、怪我してる!恵人君!ダメだって!恵人君!」

「おねえさん、身の安全が最優先だ」


白雪を置いていくことに抗う私に言い切ると、一階の廊下に出た彼は、迷う事なく走り出した。


通り抜ける建物の中は一種のパニック状態になっている。

王国の中心部の王宮。

それも兵舎の最奥が攻撃されたらしいとあってはそれも当然なのか。

時刻的にも、司令官クラスの事態を収拾して命令を下せる立場の人間が近くにいないのかもしれない。


それもあってか、少年は一度も人に止められる事なく、建物を後にすることに成功した。

少年が兵士の格好をしていたのも、私が認識阻害のマントを身に纏っていたのも、いい方向に働いたようだ。


建物から出て人の流れに逆らい、誰もいない庭園の端に身を潜めると、少年は兜を脱いだ。

この頃になると、さすがに私も冷静になってきたようで、暴れることも、声を荒げることもなかった。

ただ、私の隣にぴったりとくっついて離れなかった美女で魔人な白雪がいないことが違和感で……。

彼女と出会って、まだ一週間も経っていないというのに、こんなにも私に馴染んでいたのかと驚く。

最後に見た、完全には人の体を保てなくなっていた彼女の姿が脳裏から離れない。


少年が私の頰に優しく触れた。

ピリッと痛みが走る。

怪我をしているようだった。

地下牢で、飛んできた石が掠ったのかもしれない。

身体の何ヶ所か、飛んできた石に当たって軽い打撲になっているとは思う。

命に別状がないのは白雪のお陰だ。


「怪我させた、そんな顔させた。ごめんなさい」


怪我はともかく、そんな顔って、私はどんな表情を浮かべていたんだろう。


不安定に少年の視線が揺れる。


「こんなの、怪我のうちに入らないよ! 魔法の傷薬を塗ればすぐに治っちゃうからね。ほら、森の時だって、二、三日で綺麗に消えてたでしょう? あの薬ってすごいんだから!」


殊更明るく答えてみる。

こんなことで少年が責任感じる必要なんかないのだ。


「……なんで、いつもお姉さんに守られちゃうのかな。躊躇っちゃダメだって、分かってたのに。結局、おねえさんを守ったのって、白雪なんだ」


私の頰に触れながら、下を向く少年。

俯いたまま呟く少年が、打ちひしがれた様子だったから、私はそれに対して言うべき言葉を持てなかった。


あの時、負傷した騎士に追い打ちをかけていたら、今頃私は少年をどう見ていたのだろう。

少年があそこで躊躇わないような人間だったら、おそらく私は悲しいと感じたと思う。

動揺で次の行動に移れなかった今の少年の方がいい。


自分勝手ながらもそんな風に考えた私は、わざと少年の気持ちを読まないことにした。


「白雪は大丈夫なのかな」


遠い喧騒をBGMに建物の方を見やる。


無事でいて欲しかった。

人を傷つけないでほしいという私の願いが、足枷になっていなければいいのだけれど。


知らない誰かのために、白雪の命が失われるのは嫌だ。

私にとっては知らない人間よりも、私を慕ってくれている魔人の方がずっと大切だから。


「……おねえさんを俺に任せるぐらいには勝算があったと思うよ」


気持ちを切り替えるように深呼吸をして、少年が顔を上げた。


「それよりも、いつまでもここにいて見つかるのはまずい。一旦城を出よう。白雪だって、戻るなら宿のはず……」


最後まで言わずに少年が口を噤んだ。

そして、私の唇に人差し指を一本立てる。

黙って、という合図である。


私は頷き、固唾を飲んだ。


がさりと近くの草むらが揺れて音を立てた。

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