召喚されました? 7
文明レベルは中世。
産業革命前のヨーロッパが似ているのではないかと思う。
生活様式も箸布団文化のアジアではなくて、ナイフベッドのヨーロッパのものだ。
夕飯には野菜がたくさん入っているスープと、カビの生えていない固いパンが出た。
スープに浸して食べると、まあまあな味だった。
村の様子しかわからないけれど、地球の中世よりは村人が良い生活をしているのではないかと感じた。
理由は生活魔法と言われる魔法だろう。
魔法は誰でも使えるわけでもないらしいが、珍しいものでもないそうで、このぐらいの規模の村なら、一割ほどの村人が簡単な魔法を使えるのだそうだ。
そういう人は、魔法屋をやって生計を立てていたり、冒険者になったりする人がほとんどで、魔法の使えない人は金を払って生活魔法を利用している。
村なんかだと、魔法屋の主な仕事は灯りを灯すことなんだって。
それ以上の魔法を使えるような人は少なくて、魔法の才能があると分かった時点で領主や富豪のお抱え魔術士になるそうだ。
そして、剣と魔法の世界といえばモンスターを忘れてはいけない。
この世界での人々の外敵は害獣ではなく、魔物だった。
当たり前のように魔物に蹂躙される世界では、人同士の戦争が地球より少ないようだ。
戦争が少なければ国が荒れることも少ない。
魔法と魔物の存在が、地球とは異なった文化を育んだのだと推察できた。
過去にタイムスリップしたというよりは、童話やゲームの中の世界のような奇妙な違和感。
確かに異世界という言葉がぴったり当てはまる。
農民達に娯楽がないのは、地球の中世と同じだったけど。
昨日、少年のナイスプレーと私のナイスアシストで早々に止まる家を見つけた私達は、その後、乞われて村の広場でも同じように見世物になった。
何とそこではおひねりを貰うという快挙を成し遂げ、村長だけでなく、遠征してきている部隊の隊長にまで紹介されてしまうという事態に発展した。
それで分かったのは、現在マーダレーに入るには通行証が必要だということだ。
しかし、設定上、一座とはぐれてしまった私達に通行証はない。
だから、一座と街の外で会えない時のために街に入る紹介状を書いてくれるという隊長の好意にありがたく甘えた。
その好意には、ついでに手紙を届けるという仕事も含まれていたけれど、大した手間でもないようだったし。
何だろうね、この棚ぼた状態。
「おねえさんの歌と俺のリフティングで、この世界でも食っていけそう」
そうね、そう思ってしまうぐらいご都合主義的に物事が進んでいる。
でも、これで浮かれていたら酷いしっぺ返しを受けそうで怖い。
幸運と不運は交互にやって来るものだから。
「サッカー上手いね。そういえば、ずっとやってるって言ってたもんね」
村を出た所で少年が昨夜のことを思い出すように口にしたから、会話を続けてみた。
周辺の地面にある、いくつかの大きな黒いシミの事から意識を反らしてくれるなら、どんな話題でも歓迎だ。
あれらは昨日には確実になかったものだったから。
怖い考えに行きそうで嫌だった。
「昨日のはサッカーじゃなくて、フリースタイルフットボールって競技」
訂正した少年は、この話題を続けるか悩んだようだった。
話したくないならやめてもらってもいいけど。
とは思ったけど、取り敢えず少年が口を開くのを待つ。
「おれさ、チビじゃん?」
唐突に言われて、咄嗟に頷いてしまった。
だって、それは私の肥満と同じで、彼の地雷だと思っていたから指摘しなかったことだ。
昨日から唯一ムキになったのが、年下に見られることだったもんね。
私の肯定に渋い顔をする所を見ると、やっぱりコンプレックスな訳だ。
「サッカーってさ、体格差がありすぎるとそれだけで勝てなかったり、レギュラーで使ってもらなかったりするんだ。それでも使ってもらうには、体格差を補えるだけのものがないとダメなんだ。たぶん、体格差を補うもんって才能だったり、足の速さだったりするんだけど、体がでかくて足の速い奴なんて、ごまんといるからさ。才能に関しては努力でどうにかなるもんじゃないし」
そういえば、私の小学生時代の足の速い子って、低学年では背の低い子が多かったけど、高学年になると背の高いスポーツをしている子が上位を占めるようになっていた。
背の高さが20㎝違うと走ってる時のスライドもかなり違うもんな。
そんなことを思い出しながら、彼の言葉を続けて聞いた。
「だけど、ボールをコントロールするテクニックだけは努力で上手くなれるんだ。だから、サッカーのためにフリースタイルフットボールを見よう見まねでやってた。ま、それがここでは今の所一番役にたったから、複雑な心境なんだけど」
「じゃあ、君がそれをしてて良かった。じゃなかったら、今頃私はこんな風に元気に歩いてなかったかもしれないもの」
村から追い出されて魔物に食べられていたかもしれないよね。
「それに、平均身長とかはわからないけど、中二でしょ? 150㎝あれば小さすぎるってことはないんじゃないの?」
そういうと、少年は得意げに鼻を鳴らした。
「正しくは152㎝だ。一年で10cm伸びたからな! 」
随分誇らしげだ。
「おねえさん165㎝ぐらい? すぐに追いついてやる」
すぐって、一年半はかかるよね。
それ、一年後も一緒にいる前提になってない?
私は日本へ帰るからね。
帰る方法探すんだから。
街道へ出る前に、少年は隠していた自転車を取りに行った。
昨日と違い、今日は遠目に旅人らしき姿が見える。
「自転車、見られても大丈夫かな?」
私の不安に、少年は悪戯っ子のように笑った。
「芸の道具だって言えば納得してくれそうじゃん」
自転車にまたがり、私達は村で聞いたマーダレーの街へと出発した。
すれ違いざまに、驚かれたり、不思議そうな顔されたりしたけれど、これといった問題も起きずに1時間で街にたどり着く。
安堵する私とは対照的に、少年は物足りなさそうだった。
テンプレだとモンスターが出てくるはずなのに。
順調過ぎてヌルゲーみたいじゃん。
もっと波乱万丈さが欲しい。
なんて、ぶつぶつ呟いていたけど、全部無視した。
だから、私はハードな冒険は求めてないんだってば。
少年の背から、私は街道の先に見える門と壁を眺める。
自分でも少し緊張しているのが認識できた。
それに、自転車を漕ぐ少年が、町に近づくにつれて肩に力が入っていくのも分かった。
私と同様で、緊張しているのだろう。
何はともあれ、この世界での最初の町だ。
これからも、このまま緩い展開でお願いします。