勇者さん達に会いたかっただけなのに 4
私って、別にドジっ子属性はないはずなんだけど。
それよりも、しっかりしてるとか、一人で大丈夫だよねとか言われてしまうタイプだったはず。
何でこんなことになってしまうのだろう。
「ふん、冒険者か。迂闊だな」
首のドックタグ状の冒険者カードと荷物を取り上げ、金髪の騎士が鼻を鳴らした。
前で拘束された腕から視線を外して、同じく拘束されている少年と白雪を見る。
少年と白雪とリアンさんがいれば、あのまま逃げ出せないことはなかったかもしれない。
というか、きっと逃走は容易にできた。
でも、それでは勇者達に会うという目的が達成できないし、下手をすれば警戒されて城下に出てこなくなるかもしれない。
そんな結果は避けたかった。
せっかく、目の前に日本人の女の子が二人いる。
この機会を逃したくなかったのだ。
だから、小声でリアンさんに出てこないよう囁いた。
彼なら難なく聞き取れたはずだ。
意図も理解してくれているはずだ。
捕まったのが私と少年と白雪なら、リアンさんとカークさんが助けてくれる。
少年と白雪なら、助けなしで逃走できるかもしれないけども。
そういう状況だったから、悲観はしていないけど、いわゆる逮捕されるってのはかなり居心地が悪い。
それは少年も同様だったようで、牢に入れられてから、すこぶる機嫌が悪かった。
「白雪も白雪だけど、お姉さんも無謀すぎるし、迂闊すぎる」
と隣の房で小さな声で言ったきり、怒って黙り込んでしまったのだ。
目隠しされて連れてこられたのは薄暗い地下牢。
一時的に拘留しておくための場所なのか、私達以外の拘留者はいないようだった。
それぞれ別の房に入れられ、がしゃん、と目の前で鉄格子が閉められる。
鉄格子の扉には大きな南京錠の鍵をかけられた。
想像していた以上に犯罪者の扱いで、呆然としていた私は、目の前が真っ暗になった錯覚を覚えた。
ふらりと揺れる身体を鉄格子で支える。
そんな状態での少年の言葉だったから、かなり胸にグサリときた。
ううう、ごめんよ。
元々は私が屋根から落ちたのが悪かったんだよね。
見張りの巡回が房の前を通り過ぎるのを見送る私は、反省と後悔でいっぱいで、どんどん気持ちが萎えていく。
捕まったのが夕方だったためか、牢に入れられた後すぐには尋問がなかったのが救いかもしれない。
でも、今にもあの騎士達が戻って来てもおかしくないのだ。
座り込んでしょんぼりしていると、白雪が心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ウチダテヒナタ悲しい。シラユキが悪かった」
うん、切っ掛けは白雪の暴走。
そして少年の言う通り、私の迂闊なミス。
白雪の行為は私を想っての事だし、彼女だけの問題ではない事も解るから、その言葉を安易に肯定できないんだよね。
はあ、と溜息をついて、ん?と、視線を上げる。
キョトンとして、私は目の前にいる美女を凝視してしまった。
なんで、彼女が私の顔を覗き込めるわけ?
「え?え?え? 白雪? 何でここにいるの?」
三人共違う房に入れられたはずだ。
なのに、私の房に白雪がいる。
「ここ、大丈夫。城全体の侵入阻害の結界はあの魔術師の結界に似ていて、とても強力。招き入れられないと入れない。でも、中に入れば邪魔してくるものは何もない」
説明らしきことを口にしながら、彼女は南京錠の穴に指を差し入れた。
よく見ると、指先がどろりとした液体状のものになっている。
カチリと軽い音がして、南京錠が外れた。
あまりのお手軽さに、思わず絶句してしまったのは私だ。
「何だよ、そんな簡単なら、白雪を待ってればよかった」
今の白雪の技?を見ていたらしい少年が、私の房の前で溜息をついていた。
って、あれ?
「バレるの遅らせようと、元に戻すの苦労したのに」
ぼやく少年の言葉の意味が、牢を出て、少年の房の前に来た時に理解できた。
鉄格子が二本、歪に曲がっている。
確かに、曲げた物を真っ直ぐに戻そうとした努力の跡がうかがえた。
でも、どう見ても、鉄柱二本だけが真っ直ぐではなく、波打っている。
握っていた指の跡すら確認できそうである。
速攻でどうやって逃走したのかバレるレベルだ。
元に戻す努力は必要だったのだろうか。
少年のバツの悪そうな顔を見て、私は必要だったのだと結論付け、明らかに人外になっている少年の腕力やら握力やらは、いつも通り見なかったことにした。
白雪はいいよ、元々人外だから。
でも、君は人間だからね!
日本人だからね!
そんな事を考えながら、少年の後をついて行ってた私は、白雪が私の房に入っていたにもかかわらず私の房の南京錠がかかっていたことに引っ掛かりを覚えた。
それって、鍵を開けて入ったのでなければ、どうやって私の房に入ってきたのだ?
僅かな畏怖と得体の知れない何かに対しての恐怖に似た感情が湧き上がりかけた時、足を止めた少年の背にぶつかってバランスを崩した。
慌てて目の前の細い首に両腕を回してしがみ付く。
すっぽり私の腕の中に入って抱き締められた少年は、首を回して不機嫌そうに私へ視線を向けた。
その眼差しは、残念な子でも見るような目だ。
あうぅぅ。
ごめんてば。
しゅんとする私を確認して、少年は諦めを含んだ様子で深く嘆息する。
「白雪、あんたのマントをお姉さんに渡して。俺とあんたはどうとでもなるからな」
「うん。ウチダテヒナタ、これ着る」
少年の指示に従って、白雪が認識阻害のマントを私に被せた。
それって、私が一番発見されやすくて、一番捕まりやすいからって事だよね。
いや、それが事実ではあるんだけど。
ただでさえお荷物の私だ。
逃げる事に集中してなかったさっきのはダメだ。
考えるのは後でも出来る。
今は足手まといにならないようについて行かないと。
私がきちんと認識阻害のマントを纏ったのを確認して、少年が白雪を再度見た。
「白雪、ここを出たところに二人いる。殺さず二人とも何とかできるか? 例えば、さっきの水を生成する力で窒息させて気絶させるとか」
水を生成する力?
先程、南京錠を解錠した力の事?
よく見てるなあと感心してしまう。
あれがどんな現象だったのか既に推測していて、どんなことができるのかまで予測している。
でも。
「白雪の歌で眠らせるのはダメなの?」
私は疑問を口に出していた。
「あれは、白雪が歌い続けなければいけないし、多分有効範囲が広くて、ピンポイントで効果を出せる仕様ではないと思う」
彼女の歌は男性にだけ有効な呪歌。
声が届く範囲ではなく、彼女の魔力の範囲に声が届くのだとか。
そして、理想的な情事の夢を見せて、欲望を食らうのはまた別の能力らしい。
なるほど、城中の男性だけが眠ってしまう異常事態は確かにまずい。
船の上では女性が私だけだったけど、ここでは多くの女性が働いているのだ。
「死ぬのダメ……加減難しい」
珍しく考え込む白雪に、私は腕を伸ばした。
「殺してはダメだけど、難しくてできないならできないって言っていいんだよ。違う方法を探せばいいんだから」
そう言う私をじっと見てから、白雪はコクリと頷いた。
「シラユキはできる」
そう言うと、白雪は私達を置いて先へと歩を進める。
その手に徐々に集まる水。
彼女の腕が伸びたかと思うと、遅れて入り口近くからドサッ、ドサッと、二度重いものが落ちる音が聞こえた。
「やば、水生成じゃなくて、白雪自身なのか。そういえば妖魔って思念から生まれるものだから、元々は生物のようには姿を持たないんだっけ」
少年が呟く。
「え? つまりどうゆう事?」
「まあ、リアンの言葉を借りれば、白雪の場合は水の化け物っだって事だ」
「水の化け物?」
伸びた腕が、白雪の服の袖に収まるのを眺めながら、少しばかり唖然としてその言葉を唇にのせる。
伸びていた腕の正体が液体だということが見て取れたし、その瞬間、明らかに彼女の腕の形状も質量も変化していた。
少年が指摘したように、水の生成ではなく、彼女自身が自分を液体に変化させることができるということだ。
それでいて、普段はまるで人のような姿を形造る。
「確かに、魔人ってのはやばい存在なのかも」
そう、独り言ちたのは少年だった。