勇者さん達に会いたかっただけなのに 3
何度目〜?!
って、声に出なかったのが奇跡である。
少年ならともかく、私がこの高さから落ちたら、死にはしないまでも絶対骨折の重症よね。
打撲で済むとは思えない。
そう思った瞬間、「どけ!」と低くはないのに人を従わせるような威圧感のある声が周囲に響き、私の体は何かに包まれた。
その後続く軽い衝撃。
慌てて顔を上げると、少年が私を抱きかかえて着地していた。
「大丈夫?」
彼がこの世界の言語で尋ねてくる。
それは私のセリフだ、と思ったけれど、あまりにも心配そうにしているから何も言えなかった。
だから、代わりに彼の質問に答えようと口をひらいたのだが、そこで先程の忠告を思い出して首を勢い良く縦に振る。
少年が心底安堵した様子で詰めていた息を吐いた。
過保護なお兄さんといった風だ。
歳下ではあるんだけど。
そして、小柄な少年が大きな私を抱きかかえている姿はやはりシュールで滑稽だ。
そんな私達の横に、いつの間にか白雪が佇んでいて、やはり心配そうに私を窺っている。
ホント、行動が早い。
急いで少年から降りようとしたのだが、しっかりと抱きかかえられていて身動きができなかった。
もう一度少年の顔を見ると、彼は真剣な面持ちを崩さず、正面を見据えている。
白雪も同様だ。
その方向へ私も視線を向ける。
落ちた私達を避けて人集りができていた。
その人集りが慌てて左右に分かれて行き、私達が複数の兵士に取り囲まれ、武器を突きつけられた様は、映画でも見ているかのようだった。
そして私達の視線の先、人波が割れた先にあの女の子二人と、騎士のような男性がいる。
私の中でスローモーションのように感じた光景だが、実際は数秒のことである。
兵士や民衆の素早い動きとは対照的に、彼らは殊更芝居がかった様子で私たちの前に来ると、その内の一人、明るい金髪に青い瞳の騎士がすらりと剣を抜き、兵士達に倣うように少年に突き出した。
「何者だ」
金髪の騎士が誰何し、白雪、私、少年の順に視線を移動させた。
騎士は明らかに白雪も認識している。
こんな風な注目を浴びると、認識阻害の魔法も効果が薄くなるのか。
動揺しながらも、頭の片隅が冷静にそんなことを考える。
その私の耳に、騎士の背後から女の子二人の囁く声が届いた。
私達を近くで見た二人は「日本人?」と口にしたのである。
日本語だった。
声を上げかけた私の口を器用に片手で塞ぎ、少年は表情を変えずに金髪の騎士を睨む。
「女の子に剣を向けるの、良くない」
こちらの言語でそう言うと、丁寧に私を地面に下ろして少年が背後に庇うように立つ。
白雪も同様に私の傍に立った。
彼のセリフに、金髪の騎士がピクリと眉を上げて私を一瞥した。
蔑んだ眼差しが、何を考えたのか如実に表している。
女の子というにはとうが立ちすぎているし、整った顔でもないし、可愛らしいスタイルでもない。
雰囲気美少女でもない、ただのおばさんである私は、この騎士の考える女性の範疇に入らないのだろう。
少年やアルトさんに忠告を受けてはいたけれど、やはりこの世界でも私の外見は忠告を必要とするものではないのではないかと、目の前の騎士の態度で改めて思った。
「もう一度問う。貴様、何者だ。他国の間者か。ハルナを害するつもりか」
金髪の騎士が不機嫌そうに言葉を重ねる。
やはりどこか芝居染みていた。
金髪碧眼で整った顔立ち、すらりとした肢体は日本人の女の子が求める王子様像そのものだ。
その後ろで、囁き合う女子二人。
どうやら意図通り、こちらの世界の言語を話している少年は日本人ではないと彼女達は結論付けたらしい。
それが吉と出るか凶と出るかは今現在では判断付かなかった。
表情を変えない少年の側で、白雪が不快そうに眉根を寄せる。
ふと気になって、ちらりと目を上に向けて建物の上を見るが、そこにはなにもない。
でも、姿はなかったけれど、リアンさんが息を詰めてこちらを注視しているのを感じた。
私の視線の先が気になったのか、少女の一人が不審げな表情を向けてくる。
視線の先に何があるのかという思考をさせないようにか、少年が口を開いた。
「ハルナが何かわからない。俺達、落ちただけ」
わずかに困った様子を装いながら、少年が口にする。
でも、今までの態度から、今更だと思うんだ。
だって、初めがふてぶてしすぎたもの。
「ハルナを狙っていたのではないのであれば、なぜ建物の上にいた!」
明らかな警戒。
「この人混み、通られない。だから、上から通り過ぎるつもりだった」
何もおかしな事は言ってない。 こんな所でこんなにも人を集めて道を塞いでいるそっちが悪い。といったニュアンスを含ませている気がする。
異国の言葉でそれは高等技術だよ、少年。
それとも、同じ日本人だから、私がそう感じているだけなんだろうか。
大体、道路が通れないからと、屋根伝いに移動する行動がまともかと言われると苦笑を返すしかない。
その論理が通じてしまうのなら、なんでもありではないか。
この騎士達が私達を他国の間者だと誤解しても仕方のない状況なのは確かで、少年が押し切ろうとしている主張に無理があり過ぎるのも確かだ。
「じゃあ、そのマントの女性は何故私達の近くにいたのかしら」
不意に、黒髪の少女が騎士を押しのけ、凛とした口調で話しかけてきた。
もちろん日本語だ。
私は発言の主を確認して、納得する。
やはり、彼女は白雪を認識していたのだ。
カークさんの馬鹿。
魔法に引っかからない人がいるなら、予めそう言って欲しかった。
あくまで認識する事を邪魔するだけだから、そこにいると確認されてしまった後は魔法は効かないとは言われていたけど、彼女、初めから白雪を認識していたよね。
だけど、彼女と私達以外にその言葉の意味を理解できる者はいなかったらしい。
「美咲ちゃん? 何を言ってるの? そこのマントの人でしょ? そんな人、近くにいなかったわよ?」
可愛らしい雰囲気を醸し出している少女が、友人を不思議そうに見る。
直感的に、この子合わない、と感じた。
私が苦手とするタイプのように思う。
騎士や兵達も怪訝そうに、凛とした佇まいの美咲という名の少女へ視線を向けていた。
全面的に信用されている訳ではないところを見ると、聖女は彼女ではなく、可愛らしい方の少女なのかもしれない。
「ずっと俺たちと一緒にいた彼女ですか?」
ちらりと白雪を一瞥してから、少年が飄々と言いのける。
この空気に乗って、この場を切り抜けるつもりなのか。
こいつ何を言ってるんだ?とでもいう周囲の反応に、美咲と呼ばれた少女は顔をしかめ、後ろには聞こえないように小さく鼻を鳴らした。
それに気づいたのは対面している私達だけだっだろう。
「ミサキ様」
もう一人静かに彼女の傍にいた騎士風の男性が名を呼ぶと、わずかに逡巡した後、
「ごめんなさい、勘違いだったみたい」
そう言って彼女は後ろに下がった。
可愛らしい方の少女が口元を歪めて言葉を紡ぐ。
「誰だって間違える事はあるわ。でも、殿下の邪魔にならないように気をつけようね」
にっこり笑っているけれど、その目は剣呑だ。
金髪の騎士と彼女を差し置いて前に出ようとした美咲ちゃんが気に入らないといった様子に見えた。
高校生達はお互い仲が良くないのだろうか。
固唾を呑んで見守る民衆と、武器を構える兵士達。そして、金髪王子然とした騎士と二人の日本人少女。
殿下と呼ばれた騎士は、本当に王子なのかもしれない。
一方、守られるお姫様を演じるにはトウのたった大柄なおばさんと、それを庇うまだあどけない少年と古ぼけたマントを纏う美女。
客観的に見て、私達は明らかに不審者だ。
にもかかわらず、聖女らしき少女の会話で、私達の不審さよりも彼女達の不自然さの方が際立つように感じた。
ツッコミどころ満載の言い訳なのに、聖女らしき女子高生のお陰で、少年の言い訳のチープさが薄れ、作戦が案外成功しそうに思えてくるほどだから、びっくりである。
とはいえ、そのことに安堵したし、逆に本当のことを言っているのに信じてもらえないミサキちゃんを可哀想に思う余裕があった。
この変な空気の中、少年は本当に、落下したの一点張りでここを切り抜けるつもりだろうか。
不安げに少年の背中を見つめてしまう。
手は白雪のマントを握りしめて。
でないと、彼女ってば絶対実力行使しそうじゃない?
白雪がどのくらい強いのかは知らないけれど、加減を知らないだろうということは予測できる。
不機嫌そうに周囲を見ながら、時折私に困惑したような視線を送ってくる白雪。
好きにやらせて欲しいって訴えてるのはわかる。
分かるから、勝手に行かせられない。
だから、お願いだから我慢してちょうだい。
祈りが神様に聞き入れられることなんて、滅多にないと知りながら、願わずにはいられない。
そんな風に考えていたら、耳障りな男性の悲鳴が上がり、カランと何かが落ちる音がした。
いつの間にか白雪が私の背後に回り込んでいて、私の手は空を握っている。
振り返る視線の先で悲鳴の主が蹲っていて、白雪が冷ややかな眼差しで兵士を見下していた。
彼女が踏みつけているものは、兵士の右腕だ。
じょ、女王さまがいる……。
咄嗟に呟きそうになって、慌てて口をつぐんだ。
少し離れたところに剣が転がっている。
その兵士が、私に何かしようとしたのを白雪が止めたのだと推測できた。
「虫ケラが我が君に刃を向けようとは片腹痛い」
背筋の寒くなるほど静かで冷え冷えとした声音で、白雪が吐き捨てる。
物理的に寒さを感じたので、彼女自身の何らかの力を使っていたのかもしれない。
てか、我が君って何だろうね。
貴女、今までそんな言い方を一度もしたことないじゃない。
思わず、内心で突っ込んだ私の心内とは異なり、次の瞬間には周囲を囲む兵士と騎士がいきり立つ。
捕縛しろという王子様風騎士の命令に、活気に早った若い兵士が白雪へと斬りかかった。
途端に乱闘の空気だ。
もちろん、白雪が負けるとは思わないけれど、一国の兵士相手に立ち回って、この後平穏無事に済むわけがない。
私はお尋ね者になんかなりたくないのよ?!
少年は若干呆れた様子で私を見、何かを諦めたのだろう表情を白雪に向けた。
そして、そっと私に近づいて手を取る。
白雪を陽動に逃げるつもりかと思った。
だから私は、唯一覚えたこの国の言葉を大声で叫びながら、少年の手を振り切って白雪に抱きついた。
「ダメェェェェ!!!」
びっくりしながらも、少年は私を守ってくれるし、白雪も私の意を汲んで動きを止めてくれた。
そして、乱闘の途中で動きを止めた私達三人は、結局お縄につくこととなってしまったのだった。
……ごめんなさい。