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勇者さん達に会いたかっただけなのに 2

勇者がいると、白雪は告げた。

何故わかるのかなんて、聞いても仕方がないのかもしれない。

だって、魔人は魔物なんて比較にもならないほど魔力が強いとリアンさんもカークさんも口にしていた。

彼女が近くにいるというのなら間違いないのだろう。

冒険者ギルドは今の所変化がないから、外の通りで市民を引き連れて練り歩いているのだろうか。


ドキドキして屋外に意識を向ける。


白雪の囁きが聞こえていたのだろう、リアンさんが可愛い顔をしかめるように眉根を寄せていた。


「シラユキはウチダテヒナタのために勇者を捕まえよう。シラユキはウチダテヒナタのために誰も傷つけない」


さらに囁きを残したと思ったら背後に彼女の姿はなく、誰も出入りしていなかったはずの冒険者ギルドの扉が大きく開いていた。


リアンさんが舌打ちを漏らし、少年はきょとんとしている。

私も呆気に取られて、時が止まったかのように揺れる扉を眺めてしまった。

それは動き始めるまでの数秒の事。


目を瞬かせる少年は何が起こったか理解できていないが、白雪の囁きを聞いていただろうリアンさんは、状況を把握しているはずだ。


「リ、リアンさん、止めなきゃ!」

「放っておこうよ。あれは、ヒナの嫌いな厄介ごとを起こすよ」


慌てる私に、彼は可憐な外見で、冷たくそんなことを言う。


そりゃ、リアンさんは白雪を認めてなかったけども。

同行するのをずっと嫌がっているけども。

彼女はトラブルも起こすかもしれないけれど。


人生経験という意味では、カークさんとリアンさんは大人だ。

この世界の経験はないけれど日本での社会経験のある私も大人としていいはずだ。

それとは対照に義務教育中の少年と魔物だった白雪は社会経験がない。

外見だとか大きさとかではなく、精神年齢は情報多寡な日本社会で育った少年よりも、白雪の方が更に子供なのではないかとも思う。


「リアンさん!」


私が睨むと、彼はバツが悪そうに視線を反らした。


「おねえさん、白雪を追いかければいいのか?」


少年が分からないなりに私の意を汲もうとしてくれる。

私は即座に頷く。


逡巡するリアンさんの横をすり抜け、少年と共に白雪を追おうとした瞬間、手首を掴まれた。


「ああ、もう。ヒナは僕にだけ甘くないんだよな」


だって外見はともかく、あなた、私より年上ですから。

心の中での反論は、当然彼には聞こえない。


リアンさんが大きく深呼吸してから、口を開く。


「考えなしに飛び出しても、また迷子になるだけだよ。ケイト、勇者が近くにいるらしい。アレは勇者確保のために飛び出して行った。普通に追いかけてもこの間のように人の波に巻き込まれる」


少年が状況把握できるように簡潔に説明するその口調に、先程のような冷たさはなかった。


二人が互いに方針を話し合い、冒険者ギルドの建物を出る。


「おねえさん、念のため勇者達の前では日本語を話さない方がいいと思う」


少年がそう助言して徐ろに私を抱き上げたかと思うと、次の瞬間には大地を蹴り、壁やひさしなどを足場にしながら建物の上へと飛び上がった。

リアンさんも同様に飛び上がっている。


ちょっと待て!


戦隊ヒーローでもあるまいし、君たち何を平然と神技っぽいことしてるんですか。


特に少年!

荷物扱いには慣れたけども、この大きな私を抱いて今何メートル飛び上がったわけ?!


お姫様抱っこされている現状よりも、私を抱えながら建物の上に飛び乗った事実にびっくりするわ。


「な、な、なんて事してるの?!」


仰天する私をひとまず屋根の上に下ろし、しっと、少年が人差し指で私の唇を塞ぐ。


「言葉、ダメ」


少年が再度今度はこちらの言語で助言を繰り返したので、私は慌てて首肯を返した。


「ケイト、あそこだ」


眼下を見下ろして周囲を確認していたリアンさんが指差す先で、多くの人が集まっているのが見て取れる。

冒険者ギルドから四百メートルほど離れた位置にある広場だった。

中心にいるのは長い黒髪の二人。

二人とも女性のようだ。

その側に、それぞれ付き添うように男性が寄り添っているが、その髪は黒くない。

そして、その少し手前に白雪のマントが見えた。

集まった人の波に、思うように前に進めないようだが、徐々に勇者達に近づいているのは分かる。


「おねえさん、ごめん」


少年の謝罪と共に肩に担がれた。


「おい、ケイト」


不機嫌そうにリアンさんが私に対する扱い方を抗議する。


「仕方ない。片手、開けたい」


吐き捨てると共に、少年が建物の屋根を軽やかに移動する。


少年の能力アップは筋力と体力だけじゃないと思ってた。

素早さや動体視力、思考速度に手先の器用さなど、多岐に渡っているはずだ。

そして、それは並行感覚にも当てはまるらしい。


なんてことを考えて、恐怖心を紛らわす。


だって、高いのよ。

なのに私の視界は下を向いた状態で固定されている。

高いし速い。

少年が私を落とすなんてこれっぽっちも考えないけど、それぐらいの信頼は既にあるけど、それでも怖いものは怖いのである。


しばらくして、足を止めた少年が再び私を建物の上に下ろした。

眼下には人が溢れている。


「あれが、勇者」


少年の呟きにリアンさんが首を傾げた。


「勇者ってより、聖女って呼ばれてる女かな。何か、ヒナ達に似てる。同郷かな?」


リアンさんがいつものように鋭いことを言う。

もうさ、彼には全部話していいんじゃないかと思うんだよね、私は。

彼だって、私達の変な部分に気づいているんだろうし、おそらく推測していることもあるだろう。


どれどれと、私も好奇心につられて建物の上から身を屈めて下を覗く。

上からだし、距離も若干あるから顔立ちは判断つかないが、艶やかな長い黒髪は確かにこちらの世界では珍しいものだった。


周囲を兵士が守っていて、側には騎士のような男性が寄り添っている。

それが当たり前の日常になっているのか、周囲の熱狂的な野次馬にも動じる気配はないし、護られる事に慣れているらしく、堂々としていた。


日本での最後の時、横断歩道にいた同じ制服を着た男の子と女の子の集団を脳裏に思い出す。

その中の子ではあるのだろうけど、記憶が定かでないのと、こちらの服を着ていて雰囲気が異なるため、あの時の高校生達と重ならなかった。


「これ以上近づくのは得策じゃないよ。さて。アレはどうするつもりなんだろな?」


リアンさんが口にするアレとは白雪の事だ。


何、その高みの見物発言は。


思わずリアンさんに身を乗り出しかけた時、少年が口を開いた。


「リアン、ホントに白雪嫌い」

「嫌いなんじゃない。受け付けないだけだ。アレを忌憚なく受け入れられるお前の方が変だ」


片言での少年の指摘を、彼は肩をすくめて、軽くいなした。

そのセリフに、私は初めて白雪と出会った瞬間のことを思い出す。


その時感じたのは恐怖だった。

幸いにも、たまに思い出す程度で、今の私は白雪を怖いとは感じていない。

あの恐怖を持ったままなら、私も彼女を受け入れるのは難しかっただろう。

心の中から溢れ出る感情は、それが負のものであろうと正のものであろうと、理性でどうなるものででもないと思うのだ。


魔人かあ。

実際の所、その言葉の持つ意味を、私も少年も十全に理解しているとは言い難いのだろう。


でも、私に懐いて、私に心を砕き、私を好きだと言ってくれるのは嬉しいものなのだ。

もちろん、それは白雪だけでなく、リアンさんにも同じ事が言える。

だからこそ、二人とも仲良くして欲しいと思ってしまう私は傲慢なのだろうか。


確認するように、地上で勇者達に近づこうとしている白雪を振り返る。

彼女を意識していなければ、認識阻害のマントを身に纏っている彼女を見つけることはできない。

着古した、丈夫なマントはすぐに視界に入った。

すでに勇者達の目と鼻の先にいる。


あれ?


一瞬の違和感。

すぐにその理由を悟る。


長い黒髪の女の子の一人が、存在を知らなければ認識できないはずの白雪をじっと見つめているのだ。

気のせいなんかじゃない。

その女の子の頭が、先程からピクリとも動いていない。

それは、白雪から視線を外していないという事だ。

もしかすると気のせいで、その方向に興味を引く何かがあるのかもしれない。

そう考えてみるものの、冷静な自分が否定する。

あの子は白雪を見ていると。


白雪が動く。

それを女の子が目で追っているのが頭の動きで分かる。


二人に注意を促そうと、慌てて振り返りながら勢い良く立ち上がった私は、そこが建物の上の梁だという事を完全に失念していた。


驚いたように目を見開く少年とリアンさん。


ああ、またやってしまった。

なんて後悔が浮かぶ。


そう、私はまたもや空中にその身を躍らせてしまうのだった。


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