勇者さん達に会いたかっただけなのに1
預けた冒険者カードと素材換金のお金を受け取って、少年が戻ってきた。
冒険者ランクはEのままだ。
残念な事に、ランクアップにはまだ少し足りなかったらしい。
王都に来る船の上で倒した魔物はほとんどが水棲の生き物で、討伐報酬を受けるには適さないモンスターなのだそうだ。
依頼を受けているなら、倒した証拠を持って帰らなければ依頼達成にはならないけど、依頼とは関係なくギルドから離れた場所で魔物と遭遇した場合は搬送のリスクを考えてまず、放置するものらしい。
ギルド側も、できれば持ち込まないで欲しいんだとか。
ナマモノだもんね。
夏だときっと腐って臭気とかすごいんだよ、多分。
同じ水棲モンスターでも魚類なら鱗を持って帰れるのにって、カークさんが残念がっていた。
王都に到着した次の日にギルドで清算したんだけれど、前述の事情でマドール川流域の魔物討伐の結果は、少年の冒険者ランクに対しても、金銭的な収入に対しても良くなかったのだ。
ドラゴン討伐で手に入れたお金がまだ残っているし、少しとはいえ売り子のバイト代も入っているので、今のところ滞在費に困ることはないのだが、さすがに王都だけあって一泊の宿代も飲食代もカレダの街と比べて高く、滞在費は考えていたよりもかかっていて将来的に心許ないのが現状だ。
どのくらいの間滞在するのか予定が立っていないけれど、収入がなければ資金が枯渇してしまうのもそう先の話ではないのではないか。
依頼は定期的に受けるべきだった。
そういった事情を踏まえて、少年の冒険者ランクに合わせて簡単な依頼を受けてみたものの、一日で完遂できる依頼なんて、大した報酬もない。
「珍しく、眉間に皺。どうした?」
依頼の一覧の前で唸ってる私の眉間をちょんと人差し指でつついて、少年が顔を覗いてくる。
最近、出会った時よりも体格も存在感も一回り大きくなった少年。
精悍さも若干増してイケメン街道まっしぐらに思うのは身内の贔屓目だろうか。
まだまだ可愛いの範疇ではあるんだけれど。
「やっぱり復興関係の依頼が多いなあと思って」
冒険者ギルドとは名ばかりの職業斡旋所なのでは?とは以前も思ったけど、現在の王都の冒険者ギルドは正に職業斡旋所状態。
需要は魔物討伐よりも復興工事要員にあるらしい。
力仕事の得意な戦士系と魔術師の需要が圧倒的に多く、その仕事内容はほぼ土方である。
命の危険が少なく、ランクアップポイントも低いが、報酬が高い。
王都では、しばらく復興需要で食いっぱぐれることは無さそうだ。
戦士か魔術師であれば。
非常に惜しい話である。
私が力持ちの戦士か色々な魔法が使える魔術師なら依頼受けまくってお金貯めるのに。
だって、リスクがないんだよ?
依頼受けまくっても冒険者ランクは上がらないんだよ?
ううう……何故私はただのOLなんだ(泣)
「三分の一は港復興要員なんだもんなあ。 そういうのって、国で対応するもんじゃないのかな?」
「日本の公共事業みたいに財布は国庫でも、企業に依頼するんじゃない? で、請け負った大企業が下請けに下ろす。その辺りは場所や時代が違っても同じなんじゃないかな。ほら、この依頼主の所、工房ってなってるから、中世ヨーロッパ、特にイタリアなんかに似てるのかな。徴兵制とか、普請なんかで人員集めて国家権力でゴリ押し復興作業してないあたり、文化的で自由主義っぽいんだよね」
自分が知っている知識に照らし合わせながら、少年の疑問に答えてみる。
正しいかどうかは二の次。
だって、正解なんて知らないもん。
地球と違い、産業革命が起こってないのだから、自由主義的経済の思想が生み出されるかは謎だし。
地球の歴史と対比してみると、この世界は文化水準の割に貨幣経済が進んでいるようだし、この国では昔ながらの特権階級が権力を得ているらしいが、いわゆるブルジョアジーと呼ばれる、身分はないが富は持っている階級の力も強く、両者が均衡しているようだ。
更に言えば、ヨーロッパ中世の文化水準のように思えるのに、人や物の行き来は活発だ。
街の様子や、今まで訪れた三か所の冒険者ギルドに張り出されている依頼書なんかから想像するに、経済としては19世紀から20世紀初頭ぐらいではないかと感じる時がある。
「ふーん」
私の回答に納得したのかしないのか、単に興味がないだけなのか、なおざりな相槌を返した少年は、少しばかり間を置いてから探るような目で私を見上げた。
ちょっとドギマギして、声が上ずる。
「な、何?」
「ううん。まあ、おねえさんだしなあ。カレダの時みたいにいつの間にか雇用契約してたとか、あったら困ると思ったけど。ここでは力仕事しかなさそうだから大丈夫そうだ」
ゔっ、読まれてる。
確かにそれらしき事は考えておりました。
そっか、あの売り子のバイト、恵人君は困っていたのか。
彼を困らせるつもりはなかった。
カークさんの思い通りになりたくないという意識が強かったんだよね。
でも、良くなかった。
ちゃんと少年とは話し合うべきだった。
彼は冒険で私は平穏と、例え向いている方向が真逆としても。
無言になった私に、少年は笑みを浮かべた。
「うそうそ。あれはあれでいろんな人に話しかけられて楽しかったよ」
そう告げて掲示板を見上げる。
「Dランク以上は荷運びの護衛の仕事も結構多いね。港が使えない分、陸路での運搬に頼らざる得ないってことだよね。この国、大丈夫なのかなあ」
首を傾げて呟く少年。
今度は彼が眉根を寄せていた。
「俺、社会とか苦手だからよく分かんないんだけど、首都に物が入ってこないって、結構まずい状況なんじゃないの? それを誤魔化すように勇者を祭り上げて気を逸らさせてるって言われたら、なるほどなって納得しちゃうけどな。ほら、お隣の某共産主義国家みたいに」
彼の指摘にどきりとする。
誰かが似たようなことを言っていた気がして。
この国の社会情勢は私たちには関係ないとは思うけれど、私の安穏とした快適異世界生活も、平和であればこその話だ。
戦争は言わずもがな、革命とか、反乱とか、内乱とか、そんなものはこれっぽっちも望まない。
カークさんから改めて聞いた話、魔物という外敵種がある分、地球の歴史上よりも戦乱が少ないのは確かなようだ。
しかし、それだって無かったということではない。
人は理想も主張も欲も野望も持つものだし、それを成し得るだけの能力のある者だっている。
その過程で争いが起こるのは、どんな世界であっても人という生物の性なのだろう。
「あーやだやだやだ。小難しいことを考えるのは苦手なの。この国の事情に巻き込まれたくないなあ。さっさと日本に帰りたいよ」
考えを振り払うように頭を振ってぼやきつつ、私は少年に続いて戻ってきたリアンさんに目を向ける。
その時、少年がCランクの依頼書を指差して私を呼んだ。
「場所は王城北側、スラム街の外れにある古い屋敷。依頼内容は時折叫び声とも鳴き声ともつかない音が聞こえるのでその調査と解決。って、これ、Cで適正?」
彼が指差す依頼書を私とリアンさんが見上げる。
それは、私なら背伸びすれば届くかなって位置にあった。
「幽霊屋敷の調査みたいな感じなのかな? あまり危険がなさそうな気もするけど」
なんて、日本の感覚で私が呟くと、リアンさんが否定した。
「調査対象が何かわからない時点で、Cランク以上だよ。街中にいきなりAランクやBランクの魔物が現れる可能性は低いから、Cランクになってるんだろう。街中なら応援も送りやすいし。これが外壁の外側ならBランク相当だろうね」
なるほど。
確かに、人外のものを想定していればそうだよね。
「ふーん。でも案外、幽霊の正体見たり枯れ尾花、かもよ? 一日で解決しそうだし、報酬もいい。おねえさん、どう? 復興要員の募集見て溜息つくより現実的じゃねえ?」
と、少年が勧めてくる。
それって、自分が行きたいってことだよね。
でもね、枯れ尾花かどうかなんて分からないじゃない。
リアンさんの説明聞いていたらリスクがあるのは理解できたし。
リスクのある依頼は私は受けたくないのよ?
拒否の言葉を紡ぐために口を開いた私の耳元に、今までマントを被って目立たないように佇んでいた白雪が囁いた。
「強い力を感じる。ウチダテヒナタが会いたい勇者がいる」
(恵人)「スライムあんなに倒したのに〜」
(カーク)「遭遇戦なんてそんなもんだ。持ち歩きやすく、需要のある素材が取れるグレイウルフとの集団戦はかなり運が良い」
(リアン)「いやいや、森の中の集団のグレイウルフとの遭遇戦なんて、ものすごいリスキーだからね」
(恵人)「でもさ、ギルドの依頼には水棲の魔物の討伐依頼とかもあるんじゃないの? どうやって依頼達成を確認するんだよ?」
(カーク)「その時はもちろん体の一部を持ち帰る。依頼になってるなら、依頼主が現地について行って直に結果を見るという手も使われる」
(リアン)「言っとくけど、個人での夏場の水棲生物の死体持ち歩きはお勧めしないからね。一日で物凄い臭気だよ」
(カーク)「臭いに耐えて持ち込んでも、腐臭が酷いと素材にもならないし、受け取ってもらえないこともあるしな」
(恵人)「何? 二人とも実感が込もってないか」
(リアン)「僕だって」
(カーク)「俺にも」
(リアン・カーク)「駆け出しの頃はあったからなぁ」
(恵人)「なんか、二人共泣いてない? それ、懐かしい昔を思い出してる顔じゃないよ?」
(リアン・カーク)「(うつった臭いがしばらく取れなくて、あまりの臭さに、女の子から汚物扱いで総スカン食らってたしな。思い出しても泣けてくる)」