王都にやってきました 1
「バース混み?」
首を傾げてしまった。
だって、そんな言葉初めて聞いた。
日本語なのだろうか。
少年を見ても、私同様不思議そうな顔をしている。
「港がまだ完全には機能していないらしく、接岸可能部分が半分も使えない状態らしい」
いくつもの船が港に入るために停泊している。
その合間を縫うように港の職員の小舟が行ったり来たりしていた。
情報はその小舟によってもたらされたようだ。
入港待ちで混んでいる状態をバース混みと言うらしい。
「何だって、そんな状態になっているんだ?」
険しい顔でカークさんが船長に尋ねる。
「三週間ちょっと前に、魔物に襲われたとか、嵐が起こったとか、火事が発生したとか、まあ、色々言ってたが、港が壊滅的な被害を被ったらしい。定期船の行き来がなかったのもそれが原因だな。ま、明日明後日には入港できるだろうさ」
船長は肩を竦めると、希望的観測を述べた。
このような状況で、私達は船の上で暇を持て余している。
「白い雪、こう書く」
水に濡らした指で甲板の乾いた床に「白」と「雪」の漢字を書いたのは少年だ。
「これはしらゆきです。これは白いと同じ意味の文字。これは雪と同じ意味の文字。雪を知ってるか?」
少年の声が片言に聞こえるのは、日本語ではなく、こちらの言葉を話しているからだ。
すでに翻訳機能を使わなくても、日常生活で困らないだけの会話力を身につけている。
若いからかなと思うけど、やっぱり少年の努力の賜物なのだ。
「白雪。不思議な文字だ」
「うん。例えば、おねえさんの場合は、内館日向と書く。内館は二文字で一つの意味。家の中。日向も二文字で一つの意味。日の当たる場所のこと」
「内館日向。日向。暖かい場所という意味だな」
白雪が嬉しそうに微笑む。
なるほど、私の名前はそんな意味になるのか。
改めて指摘されるとこそばゆいな。
目がチカチカしそうな美女とイケメン少年の交流は、何ともほのぼのした光景であった。
ま、少し離れたところから恐い顔で睨んでいる外見美少女の元祖美少年に関しては、あえて触れないことにする。
私や少年が白雪に対しての警戒心がない訳ではない。
この世界の常識的な知識がないから、リアンさんほど危険視しないし、嫌悪感がないのだとは思う。
そして、リアンさんと同じく白雪を警戒しなければいけないはずのSランク冒険者が気にした風ではないのは、実力的に彼女が取るに足らない存在と感じているのだろうか。
ちらりと横目で様子を見る。
「女神のギフトが七人もいるんだ、魔物が多勢で引き寄せられていてもおかしくはないか……しかし、嵐や火事というのは何だ?」
独り言を呟きながら考え込んでいるので、カークさんも放置しておこう。
「白雪、恵人君はね、こう書くんだよ」
少年と同じように水で床に漢字を書いた。
「漢文読みで、人に恵まれるって意味だね」
「まあ、親はそういう意味でつけた名前らしいけど」
「何? 気に入ってないの?」
若干顔をしかめた少年。
「日本では良いんだ。たださ、英語圏だと、必ず女の子に間違えられるんだよ。多分、この世界でもケイトは女性名だよ。ちくしょー」
確かに、そうかも。
私もそう考えた覚えがある。
キャサリンの愛称なんだよね。
「でも、良い名前だよ」
私がそう言うと、彼は素直に頷いた。
そこに、褒めてもらいたそうに白雪が入ってくる。
「うちだてひなた、しらゆきも良い名前だな」
「うん、そうだね」
こんなに気に入ってもらうとは、外見から適当に口にしてしまった名前だとはもう言えない。
雰囲気的には白雪姫よりも、嫉妬に狂うお妃様の方に近いんだけど……そんな恐い事は口にできません。
一日目は、入港順番待ちの数日の無駄な日々を覚悟して、のんびりと時間を過ごした。
数日分しか用意していない食料備蓄に話が及んだのは次の日だった。
当然ながら、係留している船が出港するか、使用不可能な接岸可能部分が復帰するかしないと、入港することはできない。
河川内に点在する島にあるいくつかのドックも使用できる数が限られているらしい。
港の機能が完全に復旧するまで半年はかかると言われている。
多数の船が順番待ちをしている現状では、いつ入港できるか目処が立たず、食料が保つかわからないのだそうだ。
そんな訳で、船の運行に関わりのない私達を含む船の乗客と護衛は小舟で先に入港することと相成った。
目立つ白雪にフード付きのマントを着せて、港へと入る。
私としては、リアンさんやカークさんも充分人の目を引くと思うんですけどね。
ドキドキしながら職員の簡単なチェックを受けて、私達は上陸した。
何の問題もなく通されて、案外拍子抜けしたかも。
あれ?
白雪が見えてない?
「テイマーの登録は嫌だと言っていただろう。魔人を支配下に置いているテイマーなんぞ聞いたこともないしな。シラユキを認識させないことにした。人の多い所ならこれでいいだろう」
港の職員が見えなくなると、カークさんがさらっと説明してくれた。
が、私の頭は疑問だらけである。
意味がわからない。
認識させないって何?
「認識阻害の魔法とかって、ちょっと感動かも」
おバカな私の隣で少年が呟いている。
「良く分かったな。たまに、ケイトは驚くほどの知識を披露してくるな」
そうね、それは私も同感ですよ、カークさん。
「カークは甘いよ。こいつが問題を起こしたらどうするんだよ」
リアンさんがやっぱり不機嫌に言い募る。
そういいながらも、実は船酔いで動けない私の為に真っ先に白雪を庇ってくれたのは彼だ。
「白雪はおねえさんを困らせないって言ってるじゃん。信じてあげれば?」
「お前ね、相手は魔人だぞ」
「それそれ、魔人って魔物とどう違うんだ?」
少年の指摘に、私も思わず頷く。
カークさんの言い方で気になってた。
魔物と妖魔と魔人の違い。
人間の脅威となる魔力を持って生まれてくる生物全般を大きなくくりで魔物と呼ぶらしい。
妖魔は何らかの思念のようなものが魔力と融合して生まれる存在で、厳密には生物ではないそうだ。
これらの解釈はそう言われているだけで、実際に証明されたものではないし、そう呼びましょうと人間が勝手に線引きしたものである。
そして、それらの上位種に魔人が君臨する。
強大な力を持った魔物や妖魔が魔人へと変貌すると推測されているが、実の所、これも定かではないらしい。
有史以降、確認されている魔人は数体しかいない。
母数が少なすぎて、研究すらできないのが現状である。
白雪はこの魔人に当たるのだそうだ。
本人も自己紹介で言ってたし、カークさんもリアンさんも彼女が魔人であることを否定しない。
「魔人は、カークさんよりも強い?」
私が首を傾げると、リアンさんが肩を竦めた。
「どうかな。もし、強大な力を持っている存在を魔人とするならば、僕にしてみればカークも立派に魔人の範疇だからね」
「ですよねー」
「だよなぁ」
彼の言葉に思わず納得してしまう私と少年だった。
だって、地形を変えちゃうぐらいの人だよ?
「んじゃ、すでに魔人がいるんだし、もう一人増えても問題ないじゃん?」
あっけらかんと少年が言う。
「そうだよ。リアンさんとカークさんが白雪を満腹にさせてあげていれば、他の人を襲うこともないんだし、問題ないない」
私も少年の発言を後押しする。
「いや、本気でそれは勘弁してくれよ」
二人のベテラン冒険者は異口同音に、弱々しく主張するのだった。
(日向)「因みに、どのくらいの頻度で補給しなきゃいけないいけないわけ?」
(白雪)「ウチダテヒナタはシラユキの食事について興味があるのか? 」
(日向)「そうだね。知りたいな。毎日とか、週に一回とか。定期的に補給しなきゃいけないわけでしょ? えーと、欲望にまみれた夢だっけ」
(恵人)「おねえさん、リアンが鬱陶しいぐらいに落ち込んでるから、その言い方やめてあげて」
(白雪)「お腹が空いたら食べに行く。時間、分からない」
(恵人)「妖魔が思念と魔力が融合したものであるなら、時間の概念がなくて当たり前かな。船で船員達の夢を食べてから今までは何も食べてないんだよな? そろそろ食べなきゃいけないぐらい空腹?」
(白雪)「あの時、全部は食べられなかったが、そこそこシラユキの空腹は満たされた。まだしばらくは保つぞ」
(恵人)「ああ、なるほど。食べると言ってる割には俺達、見た夢を覚えてるから不思議だったんだ。途中でおねえさんの邪魔が入って食べられなかった部分の夢の記憶が残っているのか」
(白雪)「その通りだ」
(日向)「恵人君、さすが。じゃあ、普通に安全な所で眠っている人をターゲットにすれば痕跡も残らないって事だよね。その人にとって不都合なことは何もないって事?」
(カーク)「調べれば魔力の残滓は分かる。痕跡が残らないという訳ではない。それに、おそらく夢と共に多少の魔力や生命力も奪っているようだ。起きた時に若干疲れが残っているぐらいのものではあるがな」
(恵人)「どうしたのさ、そんな顔して」
(カーク)「後、性的な邪念がスッキリするな」
(日向)「いい事じゃないですか」
(恵人)「カーク? さっきより一段と変な顔になってるぞ」
(カーク)「……(ボソボソ)一時的に勃たないなんてのは、嬢ちゃんには聞かせられんか…」
(恵人)「……(ボソボソ)マジかよ。白雪、なんてオソロシイ子!」