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只今バイト中 10

私と少年は完全グロッキーで、蒼い顔をして酸っぱいものが込み上がってくるのを耐えながら、夜を明かした。

事態収拾後の甲板は大惨事だったけど、今は船の外にそのまま吐き出すという術を覚えた私と少年であった。


まさか私まで、あの恐ろしい揺れで船酔いに目覚めるとは予想外でした。


戻って来た白雪が夜を徹して心配そうに私の側に座っている。


カークさんは疲労困憊で、さっさと部屋へ仮眠を取りに行った。


リアンさんは白雪に良い感情がないものの、船長に話を付けてくれたようだ。

何と言って誤魔化したのかは知らないけれど。


かくして、意図した訳ではなかったけれど、私と少年の地獄絵図によって、色々なことが有耶無耶にされてしまったのであった。


難所を前に船員みんなが眠り込んでエッチな夢を見ていたこととか、難所と言われた場所の岩山が大きく抉り取られて完全に地形が変わってることとかは、どうやら見なかったことにするらしい。


ええ?!

それでいいの?!


とツッコミたかったんだけど、船から身を乗り出して見てはいけない酸っぱいものを垂れ流している私にはそんな暇がある訳もなく。


うーん、ま、いいか。

終わり良ければすべて良しって言うしね。

船旅はまだしばらく続くけど……。


その後、私のお願いに弱い白雪の手伝いもあって旅は順調に進んだ。

水属性の白雪は水の流れを支配しているのだそうで、彼女がいるお陰で船の進みが圧倒的に早かった。

その上、魔人である白雪は魔物よりも格が高く、同じ水棲生物は彼女を畏怖して近寄ってこれないらしい。

あの気持ち悪い魔物達が甲板に上がってくることもなかった。


平穏な船旅の中、視界に大きな都が見えると歓声が上がった。

二日と半日の船旅が終わろうとしていた。


無事に王都に到着できた事に安堵の息が洩れる。


王都に着けば、あの丘で別れた高校生達と会い、共に日本に帰る方法を探せるはずだ。

不安よりも期待の方が大きい。


元気に動き回る少年を眺めながら、気持ちは浮ついていた。


「なあ、下船する前に確認なんだけど、白雪は連れていて問題ないのか?」


船酔いの治った少年が、甲板で一緒に稽古をしていた猫耳美少女の青年に尋ねていた。


都の影が見えたとはいえ、船を降りるまではまだ二時間ほどあった。

まだ警護バイト中である。


とは言っても、これほど都に近い所で魔物に遭遇することもないだろうから、警護のバイトはほぼ終了と考えて良いのだろう。

最後まで気を抜いちゃいけないんだろうけど。


「カークがひなをテイマーとして登録するとか何とか言ってたけど?」


ちらりと私の様子を窺いながら答えるリアンさん。

どうやらあまり賛成ではないようだ。

私も賛成しない。

何故あの人は私に冒険をさせたがるかな。

平凡な異世界生活を送りたい私が、調教師なんていう特殊な職業に就きたいと思うわけがないじゃないか。


「モンスターテイマーか。そんな職業があるんだ?」

「珍しいけどね。そういうのに向いている加護を持つ人が少なからずいるから。ま、冗談だろうけど。魔人をテイムするなんて、大騒ぎになるに決まってる」

「あんたが反対なのは白雪の存在?」

「……当たり前じゃないか。大体、君はあれが何を食ってるのか気づいてるか?」


リアンさんが、嫌悪感も露わに可愛い顔をしかめる。


「白雪の主食?」

「男の性欲だ。精液を必要とするタイプかは本人に聞かなければ分からないけどな」


首を傾げた少年に吐き捨てるように口にするのはリアンさんだ。

一歩間違えれば自主規制ピー音を入れなければならなくなる内容である。


「眠らされている時にそういう夢を見ただろ? あれは恐らく一種のサキュバスだからな。男の性欲を刺激する理想的な夢を見せるんだ」


リアンさんが口にした内容は、私にも少年にも初耳だった。


サキュバスってのは、いわゆる女性型の夢魔、もしくは淫魔ってやつだよね。

なるほど、それでR指定が入りそうなあの惨状だったのだな。


で、やっぱり、リアンさんってばそういう夢を見ていた訳ですね。


ジト目で見かけ猫耳美少女へ視線を向ける。


それに気づいた彼は赤くなりながら私の視線から逃げた。


「ああ、それでか……え? 理想的な?」


呟いて、少年も赤くなる。

彼も理想的な女性とあんなことやこんなことをしてる夢を見たんだろうな。


男って、どうしようもないな。


乙女には刺激の強いあの光景が微妙にトラウマになってたりする私である。

誰得かわからない二十五歳デブの乙女でホントゴメン。


「白雪は夢を食べるの?」


私の隣で大人しくしている美女を振り返ってみた。


「そう。男達の妄想がしらゆきを生かす。想いが強いものほど美味しい」


彼女はにっこり笑った。

つまり、現物は摂取しないらしい。


「生気や命を奪う訳ではないんだね?」

「しらゆきは人を殺さない。食べるのは欲望だけ。でも、いつも食べてる時に勝手に死ぬ」


そりゃ、航行中に全員が眠ってしまったら船は沈没するよね。

特に流れが早く幾多もの渦が集まる船の墓場と呼ばれている周辺で船員が全員眠ってしまっては、切り立った崖になっている岩山への衝突は避けられないのだろう。


「仕方ないなあ。これからはカークさんとリアンさんにお願いして食べさせてもらおうね」

「ちょっ、ひな?」

「ちょっと待て」


私のセリフに反応したのは耳の良いリアンさんと、いつの間にやら甲板に出てきていたカークさんだ。


「うちだてひなたの言う通りにする」


素直に頷くのは妖艶で可愛らしい美女。


「嬢ちゃん、勘弁してくれ」

「ひな、ひどいよ!」

「他の人を巻き込むよりずっと良いと思うんだ。素敵な夢を見られるんでしょ。よろしくね」


満面の笑みを浮かべる私に、リアンさんは真っ赤になって絶句し、カークさんは言葉なく額を押さえた。


「おねえさん、俺はいいの?」


少し残念そうに聞いてくるのは少年である。

もう一度夢を見たかったのかもしれない。

理想の女性が出てくるそうだし。


「恵人君は十八歳までR指定の話は禁止です」


白雪にも徹底させるつもりだ。


「PTAでもあるまいし……」


との少年の言葉も聞こえないフリ。

日本では十八歳未満に淫らな行為を教えたり見せたりするのは淫行条例で禁止されているのですよ。


男性陣の苦情など何処吹く風で、改めて近づく王都の姿に期待を寄せる私なのであった。



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