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私達の視線の先で、カークさんが重力を感じさせずにゆっくりと甲板に着地した。


飛び降りたのではないところを見ると、カークさんってば、魔法で空を飛べますね。

重力を制御しているのか、風を操っているのかのどちらかじゃないだろうか。


ドラゴンの時に単独で飛行できるのではないかとは、ちらりと考えましたけどね。


「確かに流れから抜け出すのは難しいな。このままでは切り立った岩山に衝突することは避けられない。だが、巣の入口にある渦が消えれば、船の制御を取り戻すことが可能だ」


さすがというか、何というか。

後からやってきたにもかかわらず、この中で一番現状を把握しているし、すでに事態の収拾に動いている。


白雪が後退りして、綺麗な顔に嫌悪の色を浮かべた。


「お前が魔術師か。船を守っている奴だな。しらゆきはしらゆきの邪魔をするお前が嫌いだ」


かなり嫌われてますよ、カークさん。


「俺が守ってなければ、お前の言ううちだてひなたも死んでいただろうが。嬢ちゃんに死んでほしくないんだろう?」


そう指摘され、白雪が苦悩の表情を見せた。


意味が分からなくて、聞きたいことが満載だったけど、今は神妙にして二人の会話を邪魔しないようにする。

それは少年とリアンさんも同様だった。

特に少年は私と同じく、好奇心がムクムクと大きくなっているようだ。


「うちだてひなただけを助ける選択肢は、彼女が拒んだのだろう? 嬢ちゃんは、船上の誰か一人でも死ねば、お前を許さないぞ」

「男達はしらゆきの餌だ」


追い詰めるように続けるカークさんを遮るように声を被せる白雪。


「彼女にとっては人族の仲間だ」


簡潔な返しに、白雪は言い募る言葉を探す。


「同胞を裏切ることになる」

「お前は既に魔物でも妖魔でもない。名を得た時点で同胞などいないはずだ」

「うちだてひなたは大事だ。しかし、入口を閉じればしらゆきと妹は帰る場所を失う」

「だが、うちだてひなたを失えば、得たばかりの名をも失うぞ」


何を言っても即座にカークさんから否定が返ってくる。

白雪の躊躇いが見え始めた。

迷いが出た時点で、もうカークさんの掌の上だと言うことが経験的に分かった。


「ならば、お前のできることは一つだ。巣への入口を閉鎖しろ」


再度、決断を迫る声。


瞬間、背後から白雪に抱き締められた。

少年とリアンさんがいきり立つのをカークさんが抑え、白雪の出方を待つ。


「妹はあの男を選んで出て行った。しらゆきもうちだてひなたを選ぶ」


美女が耳元で囁く。

告白のような言葉と声の艶かしさにゾクリとした。


その感覚から逃げるように、慌てて視線をカークさん達に向ける。

カークさんが明らかにホッとした顔をしていた。


「うちだてひなた、しらゆきを待て。すぐに返ってくる」


そう告げると、彼女は暗い水面へと飛び込んだ。


新月の暗闇の中では川の様子は分からなかった。

数度水音が聞こえたものの、すぐに静寂が戻ってくる。


側にきたカークさんが、大きな手で私の頭を撫でた。

張り詰めた空気が変わる。

安心が、緊張していた精神に染み渡っていくようだ。


「一人でよく頑張ったな。休んでいろ、後は俺の仕事だ」


その言葉で私の足は用をなさなくなった。

緊張は、何もしていないはずの体と精神を磨耗する。

震える膝を押さえて、私はへたへたとその場に座り込んでしまった。


私を労わるように駆けつける少年とリアンさんが視界に入ったけれど、カークさんから目が離せない。


どうしよう。

カークさんの一言が、泣きたいぐらい嬉しかった。


「おねえさん」

「ひな」


二人がタイミングを合わせたように私を呼ぶと、異口同音に言った。


「おっさん相手にそんな顔するな!」


そして二人に抱きつかれた。


キョトンとなるのは仕方ないよね。


カークさんは二人の奇妙な態度に肩を竦めてから、呪文らしきものを唱え始めた。

いわゆる、魔法の詠唱というやつかもしれない。


ふわりと彼の体が宙に浮く。


「これから強引に岩山を回避する。船長、取舵一杯だ。船員はしっかり掴まってろ!」


不思議と船の隅々まで声が響いた。


白雪の歌の影響から抜けたばかりの船員達は、惚けながらも、楽観できない現状であることをすぐに悟ったのだろう。

すぐに動き始めて、ロープを体に巻きつけ始めたのは流石である。


私達も回って来たロープを体に巻きつけて、しっかりと握り締める。

色々振り切っちゃって、力の入らない私を少年とリアンさんが守るように支えてくれた。


カークさんがメインマストの上まで飛び上がり、見えなくなってしばらくすると、船が大きく傾いだ。


その後、雨も風もないというのに嵐の中の小舟のように揺れ始めた。

何かに振り回されているかのような振動が続き、衝撃音と何かが削れるような音が夜のしじまに響く。


私達はカークさんに祈るしか、なすすべを持たなかった。



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