只今バイト中 5
えーと、これはカークさんにしてやられた感じ?
肉の串焼きの売り子バイトが、船の警護バイトに変更ってやつですね。
この仕事、ギルドを通していないですよね。
現状では少年を含むとCランク以上の依頼を受けられないもんね。
「くっそー!」
リアンさんが可愛いい外見に似合わない、低い声音で乱暴に吐き捨てる。
最近、その声がたまに出るよね。
少し前から成長期に入ったらしく、猫耳美少女(二十九歳の青年)は色々と急激に変化していた。
背だって、いつの間にか少年より高くなっている。
もう二、三ヶ月もすれば、私も背を抜かれるんじゃないかと思う。
腕力も付いてきたらしく、最近は少年と同じようにカークさんから剣の稽古を受けていたりする。
メインの武器はナイフのままだけど。
「三人でだって? 水棲の魔物だぞ。どうするんだよ」
「ごめんね、リアンさん。その、水棲の魔物っていうのは特殊なの? リアンさんと恵人君なら大丈夫だって、カークさんが太鼓判を押してるわけでしょ? 私は役に立たないけど、リアンさんと恵人君はすごく強いよね」
首を傾げて尋ねていると、リアンさんに両手を握られた。
「水棲生物って、何が面倒って、水の中に逃げちゃうと追いかけられないこと。ヌルヌルしたのが多いから、ナイフなんかだと刃が入りにくくて致命傷になりにくいことかな」
「要は、リアンが苦手だってことだな」
ふふんと鼻を鳴らしながら、少年が言い切った。
「随分自信ありげじゃないか」
リアンさんが可憐な外見に似合わない剣呑な眼差しで少年を睨む。
「自信はないけど、ヌルヌル系のセオリーは魔法か力で押し切るかのどっちかだろ? 魔法は無理だけど、力で押し切るのは得意だからな。片っ端から潰していけば良いってことだろ?」
と、豪語していた通り、その六時間後には甲板に上がってきた魔物達を片っ端から潰していく少年の姿があった。
少年は魔物の種類関係なく、リアンさんはナイフが通る両生類ぽい魔物を中心に狩っていく。
二人だけではなくて、元々この船の用心棒だとか、船員だとかも一緒に船を守っているが、やはり少年達は圧倒的だった。
向かう所敵なしって感じである。
「にしても、数が多すぎる!」
ボヤいたのは少年だった。
スライムもどきに剣を振り落とすと、核と言われる急所ごと破壊する。
武器は剣なのに、叩き斬るというより叩き壊しているように見える。
少年が放置した魔物の死体を、船員がさっさと船から川へ突き落としていた。
私?
ただの応援に決まってます。
もちろん、お手伝いできる所はお手伝いしますよ。
船員と同様に死体処理です。
少年が潰したスライムの中で、たまにキラキラした石が残ってるのに気づき、それを拾ってポケットに回収してたりもする。
ギルドで引き取ってもらえる物なのかは分からないけれど、光るものに反応してしまうのは女の性だよね。
「仕方がない。運行が止まっている間は、繁殖はしても駆除されることはなかったんだから、増えてて当たり前なんだよ」
少年に答えながら、リアンさんがカエル型の魔物の目の後ろにある脳の部分にナイフを入れる。
絶命したそれを船員さんと川へ投げ捨てるが、ブニョブニョが気持ち悪い。
さっきから、大きすぎるカエルとか、大きすぎるトカゲとか、大きすぎる蛇とか、もうやめて欲しい。
なんと言うか、精神的なダメージが蓄積されていく。
水棲生物はもうお腹いっぱいです。
それでもこれら魔物は討伐レベルがC〜Dなのだそうだ。
気持ち悪くない水棲生物は討伐レベルが高くて、予め準備がないと厳しいらしい。
今回に関しては、この辺りの水棲生物で一番厄介なのは鰐なのだが、知恵がある分、大型の船には滅多に近づかないらしい。
なんて話をしてると遭遇するのが今までの傾向なので、お願いだからフラグ建てないで、リアンさん。
レベルの高い魔物が出て来ないように祈る。
そして、カークさん、あなたは本当に二人に面倒事を押し付けて高みの見物という訳ですね。
姿の見えないSランク冒険者様に心の中で悪態をついてみる。
甲板に上がってきた魔物達を粗方片付けた後、二人は私に駆け寄って、怪我がないかと確認してきた。
「余裕がなくてごめんね。怖い思いさせた?」
肩で息をして、上目遣いに見上げてくるリアンさん。
その目がいつもより真剣で男っぽい。
本当に余裕がなかったんだと思い至った。
「怖いというより、気持ち悪いよね」
「意外だな、おねえさんでも気持ち悪かったりするんだ?」
私の返答に、少年が失礼なことを言う。
こっちはリアンさんと違って余裕そうだ。
「意外って何かな。大きすぎるカエルとか、気持ち悪くない? 私はしばらく見たくないですヨ」
夢に出てきそうでやだわ。
「なあ、死体を全部川に捨ててるけど、剥がさなくて良いのか?」
「粘液なんかはそれなりに需要があるけど、それでも大した額にならないしな。討伐の証明にしたって、体の一部だぞ。持って歩きたいのか?」
止めはしないけど、とリアンさんが持ち歩く時の問題点を指摘する。
ですねー。
そんな生ものは触りたくありません。
最後の一体を川に投げ捨てたのを見て、甲板に歓声が上がった。
「まだ安心はできないけど、ひとまずは休憩かな」
リアンさんが座り込む。
その横に同じように腰を下ろして、私は汗で張り付いたリアンさんの前髪をかきあげ、そのまま頭を撫でた。
「お疲れ様でした」
疲れた様子のリアンさんに、心からそう思う。
彼は僅かに目を見張った後、蹲って両膝に顔を伏せた。
おや、リアンさんがリアンさんらしくない反応だ。
「大体、カークさんも酷いよね。出ても来ないんだもん」
私の言葉に隣に座った少年が首を傾げた。
「魔法使う所を見られたくないんじゃねえの? 旅の途中でずっと考えてたんだけど、俺達が休んでる時とか、あの人、防御系の結界みたいなものを張ってたよな。この船も、そうやって守ってるのかなって思ってたけど。ほら、今回の遭遇で船が壊れてないし」
少年が甲板の板を叩く。
確かに、周囲を見回すと所々傷付いてはいるものの、大きな破損は見受けられない。
「旅の途中のは防護石だ。同じ防護石四つに囲まれていると、その中にレベルの低い魔物は入って来られないんだ。対象範囲は狭いけど、魔物との遭遇率の高いエリアだと重宝する。ある程度の魔術師なら素材があれば自ら作り出せるし、魔法屋でも金さえ出せば手に入るから、希少なものではないかな。それこそカーク氏自らが作った防護石なら、ドラゴンクラスでないと侵入はできないんじゃないかと思う。実際、移動中以外は魔物とは遭遇しなかっただろ?」
ひょんな事から謎が解けた。
野宿してる時に魔物に襲われないのが、常々不思議だったのだ。
さすがのSランク冒険者、閃光の魔導王様である。
チートだよチート。
「でも、そうだな。なんだかんだ言ってたけど船を守ってるのかも。生きる伝説みたいな人だから、人間離れしたことを平気でやっちゃうのはもう驚かないけどさ……結局は尻持ってもらってるみたいなのは嫌なんだけどな」
確かにねえ。
カークさんに振り回されても、結局は最後の所は助けてくれてる気がする。
だからと言って、彼の全てを肯定するのは違うし、思い通りになるのは面白くない。
「でも、原因はカークさんだし、最後の責任は取ってもらわなきゃじゃない? 今回にしてもカークさんがケイト君をランクDに、リアンさんをランクAにしたがってるだけでしょ。二人はそれに付き合ってあげてるって事だもの。いつか、一泡吹かせてみたいものだわ」
「あははは。だから、僕はひなの事好きだな」
リアンさんが声をあげて私に抱きついた。
あ、元に戻ってる。
「おっさん、おねえさんに簡単に抱きつくな。おねえさんも、簡単に抱きつかれるなよ」
猫耳君を私から引っぺがし、少年が間に座り直した。