只今バイト中 4
結局、少年は冒険者ランクEのままカレダの街を後にすることとなった。
少年の魔物討伐は連日続いたものの、やはり半日の遠征では大した成果にならなかったようだ。
遺跡探索の可能なDランクには後三つ程のDランククラスの依頼達成が必要だったらしい。
実はその依頼すら、そろそろ尽きかけていたんだけどね。
尽きかけていたのは街に滞在している冒険者の財布の中身もである。
街の滞在費用って、結構かかるのだ。
宿泊代に、飲食代。
最近は街の外に野営する冒険者が増えていた。
それもあって足止めを食らった冒険者達が遺跡にも殺到して、遺跡自体の探索も旨味のないものだったらしい。
うふふ。
遺跡探索できなくて残念ですね。
カレダに着いた当初は予想外の展開だったけど、その後はこの世界に来てから初めての穏やかな日々に上機嫌で私は船に乗った。
ドラゴンのお陰で滞在費に困ることはなかったし、少ないながらもアルバイトでの臨時収入もあった。
私の理想とする異世界生活だったかも。
にんまり笑っていると、少年に呆れた顔をされた。
「そんなに船に乗るの楽しい?」
いや、カークさんの思惑通りいかなかったことに溜飲を下げてるだけです。
「楽しそうで良いね。俺、ちょー不安だわ、船」
彼が不安を前面に出して、口にまでするなんて珍しい。
「絶対酔う!」
なるほど、そっちの心配ね。
「早く言ってくれれば、魔法屋さんに酔い止めの薬とかあったかもよ?」
残念ながら、私の日本のバッグに酔い止めの薬は入っていない。
痛み止めのバ◯ァ◯ンなら入っていたんだけど。
「俺も今気づいたから。船って止まってても揺れるのな」
「そうだねえ。でも、外洋船じゃないし、川を下るだけだから大したことないよ。ふぁいと!」
そう言うと、ジト目で見られた。
「外出てる」
告げると、少年は室内から出て行った。
そうか、乗り物酔いする人は辛いよね。
かく言う私も子供の頃は電車に乗っても酔うぐらい乗り物には弱かった。
不思議と大人になるにつれ平気になっていったけど。
でもそういえば、船酔いは経験したことがないな。
船に乗った経験自体も少ないんだけどね。
一人で手持ち無沙汰になった私は、船長と話しているはずのカークさんとリアンさんを探しに、船内を移動することにする。
ちょっとした探検も兼ねてみた。
元々、森林で伐採した木材の運搬船なので、乗客用のスペースは狭い。
さすがにこの広さなら迷子になることはないはずだ。
明らかに、イケメン領主の屋敷より狭いし。
そう考えて部屋を出た瞬間、帰ってきたカークさんにぶつかりかけた。
よろめいた所を支えてもらって事なきを得る。
「ありがとうございます」
お礼を言って離れようとしたのに、腰回りのがっちり太い腕はビクともしない。
「一人か? ケイトはどうした?」
「船酔いするかもしれないから外にいるって、出て行きました。あの、カークさん?」
ち、近いんです!
なんか、ほら、いろいろ当たってるんです!
「ああ、ちょっと待て。もう出るから」
カークさんがそう告げた瞬間、船が大きく動いて、またしても態勢を崩しそうになる私。
今度もカークさんがしっかりと支えていたので事なきを得る。
「あー! ひなに何してんだよ!」
廊下から聞こえてきたのはリアンさんの掠れた声。
カークさんは私を離し、振り返ってニヤリと笑った。
単に私を支えてくれただけでしょうに、挑発してどうするんですか。
案の定、リアンさんがベタベタしてくる。
これに慣れてきた自分もどうかと思う。
とりあえずリアンさんは放置することに決めた。
「お話は終わったんですね。依頼を受けるかもって言ってましたよね? どうなりました?」
カークさんが僅かに視線を外して、リアンさんを見る。
「詳しくはケイトの所に行って話すか」
「だね」
私の手を握り締めながら頷く猫耳美少女。
そのまま手を繋がれたまま、私は甲板にいる少年の元へ向かうのだった。
これ、絶対に少年の第一声は「何手を繋いでるんだよ」だよね。
なんか合流した時の会話が脳裏に浮かんだ私には予知能力がついたのかもしれない。
リアンさんと少年の会話においてのみ有効な能力だけども。
と、大きく船が傾ぐ。
リアンさんを巻き添えに転びかけた私を、先程と同じようにカークさんが支えてくれた。
しかしこれ、さっき以上に抱きかかえられてるような態勢なんですけども。
「何、抱かれちゃってんの? おねえさん」
「どさくさに紛れて!」
不機嫌そうな少年とリアンさんの声。
すみません。
私に予知能力はないようです。
「 だ、だ、だ、抱かれてなんてないからね! 変なこと言わないで!」
慌ててカークさんを押し退けて否定する。
「船が揺れるのが悪い! 大体、海じゃなくて河なのに、なんでこんなに揺れるの?!」
「それは魔術師がへぼいからだな」
予想外の答えが返ってきた。
「魔術師が船の運行の補助してるってことだね」
少年がすぐに理解して頷く。
「そっか、昔の帆船のように風を待つ必要がないんだ。魔術師が風を作れるから」
彼の呟きに、なるほどねえと納得する私。
おそらく風だけの問題じゃないのだろう。
定期航路があるということは、川下から川上への航路があるということだ。
流れが穏やかでないと、川上への航路は難しいはずだ。
航路があるのだから滝などはないのだろうが、ここは河の中流で流れもそれなりにある。
河口付近で潮流に乗って川を上っていくなんて、場所限定のトリッキーなやり方はできないし、地球なら運河を作るか物理的な人力で解決してきた問題だ。
しかし、この船に漕ぐ専門の人足がいる気配もないし、運河の部分もなさそうである。
そこで魔法の出番なわけだ。
魔法がある世界は物理的な解決方法ではなく、魔法で解決できてしまうのだろう。
だから物理的な科学の考え方が広まらず、文化は地球の近世止まりなのかもしれない。
言ってるそばから、また船が大きく揺れた。
今度は少年が私を支えてくれる。
「どうも風の魔術は苦手みたいだな。まあ、そのうちコツも掴むだろうよ」
カークさんが苦笑した。
「ということでだな、船に乗ってる魔術師が新米なんだわ」
「んじゃ、カークがサポートすればいいじゃん」
少年の指摘はごもっともです。
しかし、カークさんはさらりと流して、またもや爆弾発言。
「それじゃあ、誰も成長しないだろ。この船の魔術師では、水棲の魔物が出た時に逃げ切れない可能性が高い。今からお前達三人は正式に船長から依頼を受けた護衛な」
知ってたはずのリアンさんが目を見開いた。
「お前達三人?」
「おう! リアンとケイトと嬢ちゃんで三人な。お前らならやれる」
「ちょっと待て! 冗談……」
「本気本気。嬢ちゃんいれば、お前らは大丈夫だろ」
なんて軽く言って、カークさんは絶句するリアンさんを置いてさっさと船室に戻ってしまった。
だから私はそういうのはいらないんですってば!