只今バイト中 3
そして、さらに二週間。
やっと王都との定期船が出発するらしい。
冒険者だけではなく、商人も町人もその話題で持ちきりだ。
こっちの世界に来て既に一ヶ月が過ぎていた。
私はというと、開店前の屋台を背に、恒例の朝のリフティング練習をしている少年を、リアンさんと一緒に眺めていた。
「器用だなあ」
美少女が、外見に似合わない掠れた声で呟く。
風邪でも引いているのかと思ったら、どうやら声変わりらしい。
ほんと器用だよね。
だって、今ではボールじゃなく、オレンジらしきフルーツでリフティングして落とさないんだもん。
それも、いつの間にか二つだよ。
これって、明らかに大道芸の範疇だよね。
日本に帰っても、これでお金稼げちゃうと思うよ。
そんなことを考えている間に、少年の周りは徐々に人だかりが出来てくる。
これも、最近よく見る光景だ。
私はある程度人が集まったのを確認して、肉を焼き始めるのだった。
「三日後に出発する」
港とギルドから帰って来たカークさんが宣言した。
その頃には気持ち良く商品を売り切って、屋台の片付けをしていた私達。
まあ、そうなるだろうね。と、素っ気なく返事をする。
だって、その情報は既に知ってる。
先程、うちの屋台の常連になってるギルド職員が、少年と別れるのを残念そうにしながら、奮発していっぱい買って行ってくれたもの。
更に港の職員が、リアンさんにお別れの挨拶に来ていたもの。残念ながら、商品は売り切れてしまっていたけれど。
ということで、私の平和なバイト生活も今日で最後です。
朝に定期船が出港した話を聞いて、店にはすぐに挨拶に行った。
屋台を閉めた後でもう一度最後の挨拶に行き、お給料をもらった。
それで本当に最後だった。
二週間ちょっとのバイトだったけど、私にとってはこの世界で初めてのお仕事だった。
感慨深いものがある。
頂いた最後のお給料が多すぎてびっくりしたけど、心付けと言われた。
いや、それにしては多いよ?
女将さん達の気持ちが嬉しかったので、また機会があればお手伝いすると約束して、有り難く頂戴した。
「充実した毎日だったよ」
宿で荷物整理をしながらそう言うと、少年が笑った。
「うん、おねえさん楽しそうだったね」
「私、売り子って嫌いじゃないのよ。商品に自信があれば絶対に売り込める自信あるし」
若干驚いたように少年が目を見開く。
「おねえさんOLって言ってたけど、仕事って営業?」
何? そこって、驚く所?
「んーと、半分正解? いわゆるSEですねー」
「お、カタカナ職種来た。カッケー」
どうやら彼も日本人にありがちな勘違いをしているらしい。
システムエンジニア、確かに単語だけを聞くと洒落た職種に感じる。
ま、どんな職業だって同じだとは思うけど、ピンキリなんだよね、SEの仕事ってさ。
実際、中企業に属する私の実態は所詮技術営業なのである。
技術職の方で採用されてはいるけど、入社三年目ではまだまだ下っ端で、先輩についてお客さん先へ回るのがメインだ。
大企業の下請け的な仕事も多いから、世間一般のイメージにあるSEとはかけ離れているかも。
これが、小さくても一件のシステム全部を設計から任せてもらえるぐらいになれば、部下もついて確かにカッコいいし、給料もそれなりに貰えるんだけどね。
「カッコ良くは無いと思う。就職にSEはお勧めしないよ。デスマーチなんて言葉が一般化する職種だからねえ。システム稼動するまで家に帰られないし、寝られないし、ストレス溜まるし、栄養偏るし、彼氏もできないし。稼働したら稼働したでトラブルがある度に時間関係なく呼び出されるし。あれに比べれば、今ってすごく健康的な生活をしてるのよね、私」
溜まったストレスを食欲に昇華してたような所があったから、ぷくぷく、ぷくぷく太っていっちゃうんだよね。
忙しいのに痩せられない理由だと思ってる。
いや、ごめん、単に私の自制心がないだけです。
つい愚痴を零してしまった。
少年、ちょっと引いてないか?
私の背中をポンポンと軽く撫で、彼は私のカバンからブ◯ック◯ンダーを取り出して渡してくる。
「まあ、まあ、これでも食べて落ち着こう」
ありがとう。
そのチョコ、私のだけどね。
「恵人君は普通にサッカー少年の中学二年生だよね」
「まあ、義務教育中の中学二年生ですよ。ばりばりサッカー部で、レギュラーだし。何で?」
「サッカーしたいよねえ」
私のセリフに彼はきょとんとした後、少し考えてから口を開いた。
「そういや、こっち来てから考えたことなかったな」
あっけらかんとした口調だった。
「あれ? サッカーのために日本に帰りたいっ!とかはないんだ?」
拍子抜けした気がした。
異世界に来たという興奮が現実感になり、日本に帰ることが目標になったのは、サッカーの為なのかなと思ってた。
だって、時間があればサッカーボールに触ってるような子なんだよ。
「当初からサッカー云々より、ただ帰りたいって気持ちの方が強いよな。おねえさんは? 何かの為に帰りたい?」
逆に問われて、あたふたしてしまった。
私が帰らなければと思う理由は曖昧だったから。
もちろん、家族の事とか、会社の事とか、友人の事とか、日本に残している様々な事がある。
でも、多分今は、彼を日本に帰してあげなきゃっていう気持ちが一番強い気がする。
彼はご両親の庇護の元にいるべきなのだ。
「うん、そうだね。帰りたいね。日本に待ってる人がいるもんね」
改めて決意を新たにしてみる。
「おねえさん、待ってる人って……」
少年が若干テンションが下がったような声音で呟いたような気がしたけれど、部屋に乱入して来たリアンさんによって、会話は打ち切りになってしまったのだった。