只今バイト中 2
しかし、敵もやるものなのだ。
二日目。
売り始めて二時間、正午を少し回った頃。
私はカークさんの手元に最後の一本を確認して、首を傾げた。
明らかに昨日より売り切れる時間が早い。
昨日とは違い、今日は午前中に少年のリフティングで人を集め、そこから売り始めたからかもしれない。
最後の一本を色っぽいお姉さんに手渡し、カークさんが晴々とした顔で私を見た。
「さて、撤収だ!」
待ってましたとばかりに、少年とリアンさんが屋台を手際よく片付け始める。
店に戻ると女将さんが昨日と同じように呆れたように苦笑していたが、上機嫌であることは見て取れた。
「ほら、お疲れさん。明日もよろしくね」
そう口にして、彼女は大きめの布袋を少年に渡した。
店は恐らく一番混んでいる時間帯で、私達が店に顔を出した直後にも冒険者らしき集団が店内に入って来て、その中の青年とぶつかったりもした。
咄嗟に謝ろうと口を開きかけた私を、連れの金髪美女がきつく睨んできたので、狭い店内に長居は迷惑かと思い、早々に引き上げた。
残念ながら、今日の昼食は別の所で調達しなければ。
そう考えて、広場に向かおうとした私の腕を少年とリアンさんがガシリと掴む。
「散歩行こう、散歩!」
リアンさんが嬉しそうに猫耳をヒクヒクさせながら提案してくる。
「でも、お昼ごはんまだだよ? どこかで食べない?」
「大丈夫。持ってるから」
私の質問へ即座に答えたのは少年だ。
ん?
持ってるって何?
「さあ、行くぞ」
いつの間にやら、クレアさんにもらった二頭の馬を引いてカークさんが待ち構えていた。
女将さんに終了の挨拶に行った時、カークさんだけ何故かいなくなってたんだよね。
理由はこれか。
あれよあれよと馬上の人となった私達は、気がつくと、街を出て三十分程馬を飛ばした先にある小高い丘の上でタオルケットを広げて座っていた。
目の前には美味しそうなサンドイッチやフルーツが並んでいる。
……何故だ。何故にこんな状態に?
軽くパニックに陥って目を瞬かせていると、笑いを含んだ少年の声が耳に届いた。
「お姉さん、まだ気づいてないからさ」
言いながら、少年が飲み物を注いでくれる。
「足止め食ってる冒険者達が狩尽くしてしまって、カレダの周辺のモンスターは一時的に一掃されてる状態なんだ」
そういえば、そんな事カークさんが言ってたかも。
街の近くでは狩ができないから遠出したいって。
私達がカレダの街に着いてから一週間が過ぎていた。
王都へ向かう事を決定した私達が、カレダの街に滞在しているのは勿論理由がある。
このカレダは、王都への定期船が出ている国内でも大きな河湾都市だ。
故に、本来なら数日で王都へ到着して、今頃は鑑定人に能力を見てもらっている予定だった。
その船便だが、現在、王都への定期船が全面停止している。
王都側の港が使用できないらしいのだが、詳しい理由を知っている者はいないようで、ただ、王都への定期便が拒否されているという事実だけがあるらしい。
私としては、足止めされてる日数を考えたら、陸路の方が早いんじゃないかと思う。
陸路なら途中でマーダレーに寄って荷物を取っていけるし、都合が良いように感じるんだけどね。
私達に知らされていない何かがあるんだろうな。
馬の世話をしているカークさんを眺めながら、少年からコップを受け取った。
「だから、少し遠出して稼ぐためにさっさとお姉さんの仕事を終わらせてしまおうってのが、カークの作戦。ついでに、女将さんにお弁当も用意してもらったんだ。地球の外国と一緒で、お弁当の概念がないから、説明するのは大変だったけど。お弁当が、携帯食に変換されるみたいなんだよね」
なるほど。
確かに地球でもお弁当に該当する単語がなくて、最近では世界で「BENTO」が一般的に使われるようになったって聞いたことがある。
その少年の努力の結果、用意してもらったお弁当が、目の前の食料らしい。
「ほら、美味しそうだよ。ひな、口開けて」
隣に座ったリアンさんが、嬉しそうに私の口の前へフルーツを差し出した。
つい、反射的に口を開けてしまう。
口内に放り込まれたぶどうらしき実を咀嚼しながら、私は若干困惑気味であった。
えっと、ピクニックに来たわけではないってことよね?
どう見てもピクニックだけど。
「お姉さんはゆっくりしててよ」
そう言うと、サンドイッチを一つ咥えてから少年が走り去って行く。
「え? ちょっ、恵人君?」
「依頼をこなしてランク上げないといけないのはケイトだけだからね。ひなはここで僕と待ってれば良いんだよ。はい、あーん」
慌しさに驚く私に、リアンさんがニコニコ笑いながら説明する。
それから、またもやフルーツを口に放り込まれた。
猫耳美少女の満面の笑みは、思わず抱きしめたくなるぐらい可愛い。
癒されます。
って、いやいや、そうではなくて。
口の中の物を堪能しながら、視線を彷徨わせてカークさんを探す。
彼はまだ馬の世話をしていた。
貴方、保護者代わりでしょうよ、なんで子供を一人にするかな。
ごくんと飲み込んで、私は口を開く。
「リアンさん、 外見が自分と同じぐらいだからって、恵人君を一人で行かせちゃダメです。まだ十四歳の子供ですよ」
私がそう言って立ち上がると、彼は可愛らしい顔を僅かにしかめた。
「子供扱いはあいつ嫌がると思うけど」
「それは、外見の話でしょう? どれだけ見かけが老けて見えても、どれだけ仕草や行動が大人びていたって、私達の国では義務教育中の十四歳は子供だっていうのは、厳然たる事実なんですよ」
「……ふーん。ひなの育った環境は年齢で括る社会だっだってことかな。僕らは大人かどうかは年齢で判断しないからさ」
リアンさんが、納得はいかないが違う価値観があることを否定はしないといった様子で首を傾げる。
彼の言葉に、私は足を止めた。
年齢で括る社会というのは、言い得てる。
企業の在り方として海外の能力主義が取りざたされ、日本国内でも年功序列が批判されているとはいえ、日本社会は未だ年功序列の考えが強い。
小学校に通う頃には当たり前のように学年ごとに切り取られ、上級生は敬うように幼い頃から無意識に刷り込まれて行く。
海外では一般的である能力に合わせた飛び級が日本にはないし、本来なら救済措置であるはずの落第はイメージが悪い。学力が足りなくて実際に落第している人など見たことがないしね。
年齢毎で小中高校で入学卒業を繰り返し、個人の能力や資質に関係なく、二十歳になれば一律成人して大人になる社会である。
でも、それは日本社会での事だ。
私の常識はこの世界の社会の常識ではない。
ああ、そうか。と、思った。
私にとっては中学二年生の子供に見える少年でも、この世界では冒険者ギルドに正式登録して職を持った時点で大人なのだ。
その現実を受け入れられないのではなくて、私は受け入れたくないのだ。
私も少年もこの世界の人間ではないから。
いつか日本に帰るから。
だから、私は少年が子供である事に拘っているのか。
そうじゃない。
拘っているのは日本の子供である事にだ。
少年が日本の中学二年生であるなら、私は日本のOLとしてのアイデンティティが確保できるから。
やばいな、私ってば何気に少年の存在に依存してる。
「ひな?」
思考にハマって、立ち止まったまま動かない私を、リアンさんがキョトンとした顔で覗いていた。
うっ、かわいい。
どこの美少女ですか。
遮られた思考から切り離された意識が、すぐ目の前にあるかわいい生き物に釘付けになる。
抱きしめたくなる衝動を抑えて、息を吐くと、ポンポンと彼の頭に手をのせた。
「幼児でもないんだし、一人でも大丈夫かあ」
「だよ。ほら、お昼の続きしよう?」
美少女に嬉しそうに促され、私は再びタオルケットに座って女将さんが用意してくれた昼食をお腹いっぱい食べるのであった。
食欲に負けたんじゃないよ?
この時は、郷にいれば郷に従えって諺に素直に従おうと思ったのだ。
ふとカークさんを見ると、その姿は忽然と消えていた。
きっと、少年を見守りに行ったのだ。
そのくらいのことは分かるようになった。
仕方がない。
本日はカークさんの勝利である。
これはこれでまったりしていて、私の希望通りの生活だしね。