只今バイト中 1
「で、遺跡は諦めてなかったわけですね」
「ケイトの成長が目的だからな。とりあえず依頼をこなして正攻法で攻めるしかない」
「正攻法じゃない方法なんてあるんですか?」
「ギルド長がいればな。嬢ちゃんがそうだったろ?」
そういえば、ギルド長の指示だから撤回できないって職員が言ってたっけ。
つまり、ギルド長には正規の手続きを無視できるだけの権限があるわけだ。
「匂いが薄まってきたのか、ホイホイ狩れた魔物がこ街の周辺じゃ遭遇すらしなくなったしな。ちょっとばかり遠出してやりたい」
「昨日みたいに行ってきたらいいじゃないですか」
「あの二人が嬢ちゃんから離れるわけがないだろう。昨日は精々街から三十分離れた所で二時間だ」
そんなのはそちらの都合です。
私は協力しませんからね。
今慌ててギルドのランク上げなんてしなくても、少年なら数ヶ月もすれば勝手にランクは上がると思う。
もちろん、この世界で生きて行くために短期間で少年を鍛えようとしてたのは知ってるし理解もしてる。
でも、もう充分じゃない?
登録はEランク冒険者だけど、多分実際の実力はもっと上になってるはずだ。
それ以上の実力が今すぐ必要な理由って何?
私達には王都に行って、高校生達に会って、日本に帰るという目標があるけれども、そのためにこれ以上強くならなきゃいけない理由がわからない。
RPGのゲームのように魔王でも倒さなきゃいけないなら別だけど。
カークさんってば、少年がどこまで成長して行くのか見てみたいっていう好奇心で鍛えてるように感じるんだもの。
よって、私はカークさんの計画には懐疑的なのだ。
「忙しいからダメです。いらっしゃいませ!」
カークさんへは無碍に断った後、元気に愛想良く、目の前に立った人物に微笑みかけた。
新たに私の正面にやってきた男性は小銭を渡しながら「三本な」と話しかけてきたので、お金を受け取ってから、焼いていた肉の串焼きを三本手渡す。
「ありがとうございました。またどうぞ!」
「ひな〜! こっちのお兄さん達もお客さんだよ!」
客一人の対応が終わると、リアンさんが数人の男性と一緒にやってくる。
かと思うと、今度は少年が女性のグループを連れてきた。
昼時だからだろうか、あっという間に屋台は大繁盛である。
慌ててカークさんにも手伝ってもらって客を捌く。
商品の肉の串焼きをお金と交換している私の横で、手際よく新たな串を火にかけていたカークさんだったが、客が途切れた瞬間を狙って、また口を開いた。
「いや、だから、何故串焼きの売り子?」
「だって、募集したのに依頼を受けてくれる人がいないって困ってたから。終わったら串焼きくれるっていうし」
「嬢ちゃん、自分がCランクの冒険者だってわかってるか?」
「わかってるはずないじゃないですか! 未だに不満タラタラですよ。私の適性は所詮Gですから」
けらけら笑って答えると、カークさんが頭を抱えた。
「俺、一応Sランク冒険者なんだけど」
「ですよね。閃光の魔導王でしたっけ」
彼の二つ名を口にしながら、思わずといった様子で僅かに噴き出す。
どこの厨二さんかと思う二つ名だよね。
ま、異世界の事なので、私自身は恥ずかしいとか思わないけど、カークさんは物凄く自分の二つ名を嫌っているらしい。
だから、私のこの反応はもちろんワザとだ。
その、凄く嫌そうな顔もハンサムさんですね。
出来上がった温かい串焼きを客に売りながら、一瞥して溜飲を下げる。
髭が好きではないので、無精髭禁止令を出してみたんだけど、カークさんてばこの世界でもかなりのイケメンさんだった。
男臭くて肉体派の美形は残念ながら私のストライクゾーンからは外れているため、そこまでだったとは気づかなかったのだ。
串を焼いているだけだというのに、さっきから女性が立ち止まってはこちらを見てくる。
私が焼いて、カークさんが売り子になった方が売れるんじゃないだろうか。
そんなことを考えながら客を捌いていると、とうとう最後の一本まで売りきってしまった。
「なくなっちゃいましたね。店主さんに確認してきます」
後を三人に任せて、私はすぐ側にある雇い主のお店に入った。
まだ昼を過ぎて少しといったところだからか、食堂になっている店内は中々に賑わっている。
気の良さそうな店主は奥の厨房にいて、その奥さんの女将さんがホールにいて接客をしている。
彼女は美人の肝っ玉母さん風だ。
丁度、接客が終わった所だったらしく、扉を開けた私に気づいて近づいて来た。
「何か問題でもあったかい?」
「そうですね。この時間で売り切れてしまうというのは問題かもしれませんね」
そう返した私に、女将さんは目をパチクリさせた。
「夕方までってことで引き受けたのに、売り切れちゃったんです。どうしましょう?」
目蓋を瞬かせたまま言葉を失った女将さんだったが、ハッと我に返ったように口を開く。
「売り切れ? 二百本用意したはずだけどねえ」
「二百本、売れましたよ? 約束の時間まではまだまだありますけど、どうしますか? 在庫があればまだまだ売れると思うんです」
女将さんが呆れたように私を見てから苦笑した。
「そうしてもらいたいのは山々だけどね、ないものは出せないからね。今日は店仕舞いだね」
そう言うと、女将さんが店の奥に声をかけると、私を雇った店主が顔を出した。
しばらくの間、ホールを店主に任せて女将さんは私と一緒に屋台の片付けのために通りに向かう。
屋台の空っぽの籠を見て、彼女は改めて驚きの声を上げた後で、側にいたカークさんに気づいて頰を染めていた。
「ツレかい?」
「あの子達の保護者みたいなものですね」
少年と猫耳美少女を示すと、女将さんは納得して頷いた。
その後、みんなで屋台を片付けて店へ機材を運んだ後で、売り切れてしまった串焼きの代わりに、賄い食を出してもらった私達は、美味しくいただいて上機嫌で店を後にした。
明日も売り子をする約束で。
え?
カークさんの主張?
そんなの無視です。