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▶︎ 召喚されました 6(女子高生その三)

異世界で王族にお世話になりながら魔法の訓練をしている現状を現実として受け入れるのは難しいと思ってた。

でも、案外この生活に慣れるのは早くて、まだ十日ほどしか滞在していないのに、これが日常になり始めている。

女は現実的なんて言われるけれど、本当にそう思う。

どこか夢見がちな男性陣と違って、女はリアリストだから自分の居場所を探すのが上手なのだろう。


一緒に召喚されてきた春菜なんて、その典型よね。


癒しの能力で一躍聖女として祭り上げられたものの、その地位に安穏とすることもなく、貪欲に王族の男性に媚を売っている。

逞しいと思うよ、ホント。


由香にしたって、閉じ篭って泣き続けることで自分の居場所を確保している。

か弱い自分を見せることでちゃんと男子を一人味方に付けてるんだから、中々に強かだ。

その唯一の味方って、東君だしさ。


学校帰りに突然連れてこられたにしては、現地人と揉めることはなく、私達は上手くやってる方じゃないだろうか。


個人個人の考えなんて様々だから、一枚岩にならないのは仕方のないことだもの。


私は埒もない思考を一旦中止して、目の前の水に意識を集中しながら手をかざす。


空気に熱を奪って貰えばいい。

温度が下がれば。


そう考えた瞬間、私の周囲の空気が呼応するかのように震えた気がした。


「さすが美咲様です。詠唱もなしに水を凍らせるとは」


そう言って褒めるのは、第三騎士団所属の魔術師であり、私の魔術の先生でもあるセヴィだ。

彼曰く、私の魔術の才は国一番と言われる王弟殿下レベルなのだそうだ。

鍛えれば王弟殿下さえ凌ぐのではないかと持ち上げられる。


それってさ、代えの利かない春菜とは異なって、私ぐらいの魔術の使い手なら、この世界には何人もいるってことでしょう?

女神のギフトの中でも、価値はかなり低いって事だ。


私は春菜や他の男子と違って使い捨てされる可能性が高い。

その、国一番の使い手だっていう王弟殿下がいなければ、多少は違うんだろうけどさ。


この国の魔術界において、王弟殿下の存在が大きいのだということは、魔術を学び始めて嫌という程理解できた。


まあ、王弟殿下って王様の弟だっていうことだから、結構いい歳のおじちゃんだよね。

現在の国王は七十歳近いそうだから。


近々、国王が退位し、私達を召喚した姫様の父親である王太子が即位するんじゃないかと、城の人たちは噂している。

そうしたら、王弟殿下も引退なのかしらね。

私は彼と比べられなくなるのかしら。


そっと氷に触れながら、互いに結びついている水分子にもっと自由に動いてとお願いする。

すると、たちまち氷が消え、次第に湯気を出しながら沸騰していく。

ああ、そうか、空気に働きかけるより、水に直接お願いした方が氷になるのも早いかも。


そんなことを考えた。


詠唱を行う魔術と、今私が行っている現象の変化は、表面的には同じに見えるが、原理が異なっていた。


魔術は呪文や魔法陣によって起こる現象を固定し、自らの魔力を使って状態変化を起こす。

「開けゴマ」という言葉を扉が開くというイメージを持っている者が唱えれば、魔力を使える者ならばその言葉で手を触れずに扉を開くことができる。

呪文は魔術で何をしたいかを明確にする指針なのだそうだ。


でも、私の無詠唱の魔法はこれとは異なる。

単に物質にお願いしているだけなのだ。

そして、魔力を使っているというよりも、魔力を吸い上げられている感じがする。


王弟殿下は前者の魔術を使ってるのよね、もちろん。


太陽に右手をかざして見る。


別にさ、映画や小説のように何かと戦うでもなし、魔法が使えるからってこの世界でのアドバンテージがある訳じゃないのよね。


でもまあ、邪険にはされないか。


能力がないとされた二人は、今や王宮の厄介者扱いだものね。

二人がいつ追放されても驚かない。

そういう雰囲気が王宮にはあった。


使える人間でいれば、王宮では高待遇だし、寝る場所と食べる事には困らない。

不都合はないし、このままお世話になるしかないのだろう。


でも、魔法を使って戦わなければならない時が来るのかしらね。


先生であるゼヴィが騎士団に所属していると聞いた時から考えている。

ただの魔術師ではなく、戦闘集団に属している人が先生である意味を。

求められているのが純粋に魔術師としてなら、おそらくこのまま安穏としてはいられないのではないかと。


それもそれで面白そうだと思う。


どこか現実的でない世界。

夢から覚めないのなら、私のリアルを見つけたい。

自分が持っている力を使って。


クスリと自分の口から声が漏れた。

私は笑っていたらしい。

ゼヴィが少し驚いた顔をしていた。


「王弟殿下にはお会いすることができるのかしら」


ふと思いついて、そんな質問をしてみる。

国王や王太子、王子達には会ったことがあるが、件の王弟とは顔を合わせたことがない。


「素晴らしい魔術師なのでしょう? お会いしてみたいわ」


心にもないことを言ってみる。

さすがに、祖父と同じくらいの年齢のお爺さんに会いたい気持ちはないかな。

ただ、彼を越えれば、私はこの国にとって必要な存在になるのではないかと、漠然と考えた。


だって、ゼヴィが手放しで褒める人だ。


「そうですね。お忙しい方なので、いつとはお約束できませんが、お会いできるように話をしてみますね」


国王や王太子は簡単に会えるのに、王弟は忙しくて会えないときた。

言葉通りなのか、私に合わせたくないのか。

さて、どちらなのかしらね。

普通に考えれば後者のような気がするけれど。


魔術の先生にゼヴィを紹介されてから、私の日常はこうして穏やかに過ぎて行った。


春菜や男子達とは行動を共にすることもあったけれど、由香とは全く顔を合わせなかった。

そのせいか、由香の味方になった東君とも次第に会うことが少なくなっていた。


昔から東君は優しくて面倒見の良い人だ。

その他大勢に埋もれていても、流石に小中高校と同じで、目立つサッカー部に所属している男子なら名前ぐらい知っている。

同じクラスになったことがないので、向こうは私のことなんて知らないと思うけど。


東君なら、由香が気になり、一緒にいる事になるのは当然だと思う。


別に、だからどうということはないんだけど。

ただそういう流れになっただけ。


「疲れましたか?」


ゼヴィが心配そうに尋ねてくる。

大切にはしてもらってるんだと感じてる。


「そうね。少し疲れてるかな」


私の呟きに彼が頷き、本日の練習は終わりになった。


二人で並んで中庭を横切っている時、一緒に日本からやってきた中で最年少の一年生柿谷君の声が聞こえた気がして振り返る。


声の主は何処にもいなかったけれど、離れた所に東君がキョトンとした面立ちで立っていた。

側には赤毛の鑑定師がいる。


東君の背中の辺りで空気がざわついているように感じた。


「ミサキ様? いかがされましたか」


ゼヴィに促され、私は我に返る。

改めて東君の背を見るが、何もなく、静かなものだった。


「何でもないわ。行きましょう」


腑に落ちないものを感じながらも、私はその場を後にした。


王都へ大量の魔物が侵入してくるなどという、前代未聞の事態が発生し、私達異世界人が初陣を飾ったのは、次の日のことだった。




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