▶︎ 召喚されました 5(男子高校生その二)
「あんたって、ホント、サイテー」
嫌悪感しか乗らない冷たい声が聞こえてきた。
「は、るなちゃん……」
相手は今にも泣き出しそうだった。
女王さまがまたやってるよ。
てか、誰が通るかわからないこんな往来では止めて欲しいよね。
廊下の角に身を潜ませて、女王さまの嵐が過ぎ去るのを待った。
側から見てると、継母とシンデレラって感じだよな。
本人は分かってないだろうけどね。
しばらくすると、反対側から王子がシンデレラを迎えにきて、そのまま攫っていく。
女には厳しくて男に甘い女王さまは、成すすべもなく二人を見送っている。
内心はらわた煮え繰り返ってんだろうな。
しっかし、晃誠先輩も柄じゃないだろうに、良くやるよ。
そんな事があった数日後、またもや遭遇してしまう。
「聖女さまだろうが、女王さまだろうがなんだっていいが巻き込まないでもらいたいね。持ち上げられていい気になってるだけで、現実を知ろうともしてないのはあんただろう」
シンデレラを背に庇って、継母に吐き捨てる王子さま。
やー、かっこいいねえ。
呆れちゃうけどね。
現状、オレらの中で一番発言力があるのは赤羽根春菜だ。
その赤羽根を敵に回して王宮で悠々生活していくことはできない。
それも、晃誠先輩とあの女の先輩はスキルがないことで、王宮での生活は肩身が狭いはずだ。
「私に逆らったらどうなるか見せてあげる。覚えてなさい!」
捨て台詞を残して立ち去る女王さま。
シンデレラは王子の後ろで謝りながら泣いている。
「大丈夫だから、きっと何も出来ないさ」
慰めている言葉とは裏腹に、先輩の瞳は強い光を放っているように見えた。
晃誠先輩って、あんな人だったっけ?
先輩から目が離せなかった。
不意に強い風が吹き、彼がこちらに視線を向ける。
瞬間、目が合って、オレは慌てて視線を外して来た道を引き返した。
オレって、昔から間が悪い。
この間の悪さがなければ、今頃は日本にいて、普通の高校生活を送っていたはずなのだ。
その時も、何でそんな所に行こうと考えたのか、自分でも理解できなかった。
普段なら足を運ばない場所だ。
なのに、何故かその場所にいた。
男の喘ぎと女の甘く強請る声が耳に届く。
うわ、本物の王子と赤羽根だよ。
まじか、第二王子を食ったのか。
最近の赤羽根の態度が図に乗ってるとは思ってたけど、なに、これって、王子妃狙いってことかよ。
女って恐ろしいな。
呆然としていたのは数秒ほどだったが、その短い間だけでも急いで回れ右をしたくなる痴態だった。
「気持ち良くしてあげるから、はるなのお願い聞いてくれる?」
赤羽根の甘ったるい声に、苦しそうな王子の喘ぎが重なる。
おま、何してんだよ!
童貞のオレには刺激が強すぎるぜ!
てか、そういう事は人の来ない自室でやれってんだ!
我慢させられている王子が気の毒で、オレはこれ以上は見ていられないとばかりに踵を返した。
その時だ。
「お前と、共に来た、女の、一人だ、な。俺を、怒らせたことにして、捕らえてやる」
「捕まえるだけ?」
「王族、への不敬は、反逆罪に、できる」
「反逆罪?」
「は、反逆罪は、死刑だ」
待て待て待て待て、何だよ、そのお願いは!
オレは慌てて晃誠先輩の元に走った。
今は晃誠先輩と話してないけどさ、オレは彼が先輩として好きだった。
晃誠先輩はBチームの主力選手の中でも、とりわけ後輩の面倒見が良い人だったから、オレ達一年で悪くいう奴なんていなかった。
確かに、レギュラーじゃないし、これと言って特徴のある人ではないし、大勢の中に埋もれてしまう人ではあるんだけどな。
でも、何故か人好きのする人だったっけ。
別にさ、赤羽根や三年の先輩二人をちやほやするのは、それでオレが恙無く生活できるなら構わない。
晃誠先輩と疎遠になっても別に何とも思わなかった。
プライドで腹は膨れないしな。
しかし、同じ災難にあった友人を殺す算段は、流石にやりすぎだ。
女の先輩が反逆罪で捕まったりしたら、絶対先輩も巻き込まれるに決まってるじゃん。
まじ、やばいって!
そして、オレの間の悪さはここで最高潮に達したのだ。
「晃誠先輩! 先輩達、反逆罪で殺されちゃう!」
先輩の姿が見えたので、勢いのまま走り込んで、その背中に衝突した瞬間、周囲が真っ暗になった。