ランクアップしました 2
「ありえない!!!!」
ギルドの一階フロアを通り抜けた絶叫は、私こと内館日向の声である。
右手に握りしめた銀色のドッグタグ状の冒険者カードをカウンターに思い切り打ち付ける。
窓口のギルド職員の女性が、私の剣幕に仰天しているが、そんなこと知ったこっちゃない。
びっくり仰天はこっちなのだ。
「何でシルバー⁉︎ 試験も何もなしでって、明らかにおかしいでしょ!」
「で、ですが、先程魔剣ドラゴンスレイヤーを見せていただきましたし、ドラゴン討伐されてるのは確かですし、ギルド長からもすでにCランクへの昇級許可をいただいておりまして……」
受付の女性はビクビクしながら、それでも前言を撤回しない。
確かに、ギルド職員と少年に言われるがまま見せたのは私のナイフだ。
ドラゴンの遺留品に反応して何故か赤くなったのも私のナイフだ。
何故かこっぱずかしい二つ名をつけられてしまっている魔剣も私のナイフだ。
今になると、考えもなしに自慢の息子を見せるかのごとくホイホイと披露した自分が恨めしい。
「ランクアップさせろって言ってんじゃないのよ! 現状維持でいいって言ってんの。私の適性はさっきまでのGなの! 元に戻してよ!」
私も負けるもんか。
いきなり「おめでとうございます。今からCランク冒険者です」なんて言われて納得いく訳がない。
「責任者出しなさいよ」
「ムリです。ギルド長は只今出張中で、数日帰ってきません」
「んじゃ、ランクを戻して」
「ムリです。魔剣ドラゴンスレイヤーをお持ちの冒険者という条件に当てはまる方をすぐにCランクへ登録するようにとの命令が出ていますので」
私とギルド職員との会話は平行線である。
「で、どういうこと?」
私の後ろで少年がリアンさんに小声で尋ねているのが耳に届く。
「ドラゴン討伐者として認めるために、遺留品はもちろん必須だが、今回倒した時の状況からトドメを刺した武器の確認も条件付けられてるみたいだ。その二つが揃うことで、特別待遇でランクアップさせるようにギルド長の指示が出ているらしい」
「確かに、あの魔剣ちょっとヤバイ感じだもんな」
「でもヒナはずっとランクアップを嫌がってるし、実際倒したのはお前だしな、ケイト」
「いや、あれは俺というより、魔剣が勝手に動いた感じだったし、魔剣の持ち主がおねえさんなら、おねえさんが討伐したことにしてしまえば丸く収まるのに。何であの人はあんなに嫌がるのかな」
「魔物討伐したくないって。そんなの、僕がしてあげるのに。ヒナはシルバーカードを受け取って、後はニコニコしてくれればいいのにね。僕のヒナには指一本触れさせないっての」
私、リアンさんのものじゃないんだけど。
毎度のことながら、どさくさに紛れて変な主張しないで欲しいな。
「おねえさんはおねえさん自身のもので、三十歳のおじさんのもんじゃねえよ。大体、お前なんかいらないし。俺がちゃんとおねえさんを助けるし」
えと、前半は概ねその通りなんだけど、君までリアンさんに張り合う必要はないのよ、恵人君。
後ろのやり取りに意識を向けたのが悪かった。
外見だけは可愛らしい二人の会話に大きく気が削がれ、最早、先ほどのテンションに戻すのは不可能だった。
わざとらしく大きく息を吸う私に、受付の女性が一瞬体を強張らせて何かを覚悟して身構える。
その顔は、どうあっても折れない人のそれだ。
これ以上私が言い合いをしていても埒があかない。
ドラゴン討伐の原因になった依頼を受けていた冒険者を目で探した。
予想通り、 我関せずの様子で離れてこちらを見ている。
「カークさん、自分は関係ないなんて顔してそんなところにいないでください。大体、三体のドラゴンを魔法で討伐したのは貴方でしょう」
涼しい顔をしている彼に腹が立ったので、少しは狼狽しろとの想いを込めて言い放ってやる。
魔法を使うことや、その事を話題にされるのを好まないらしいと少年から聞いている。
諸刃の剣であることは承知の上だ。
私の言葉に、遠巻きにしていた野次馬がざわついた。
Sランクだの、魔導王だのの単語が彼らの口から洩れる。
一瞬にして私の傍にやってきたカークさんの頰が若干引きつり気味なのは気のせいではないだろう。
「嬢ちゃん、やめてくれ」
「巻き込んだのは貴方です。何とかしてください」
「何とかって、ギルド長がいないんだろ? どうにもならんわな」
「でも、実質、三体のドラゴンを討伐したのはカークさんなんでしょ?」
「いや、俺は二体を封印し直しただけだ。最後の一体を討伐したのが嬢ちゃんの魔剣だったのは間違いない」
え? あれ? そうなんだ?
三体のドラゴンって言ってたので、残り二体も討伐したのだと思い込んでいた。
カークさんの言葉に言質でも取ったかのようにギルド職員が元気になる。
「やっぱり事実なんですね。はい。この冒険者カードを受け入れてください。Cランク以上の冒険者には確かに義務が付随しますが、特典も沢山あるんですよ。Cランク冒険者生活、楽しんでくださいね」
にっこり笑って有無を言わさず私にシルバーの冒険者カードを押しつけると、反論する隙を見せずにそのまま窓口を閉めてしまった。
事務方とはいえ、さすがは百戦錬磨の冒険者達を日々相手にしているギルド職員だ。
機を見るに長けている。
元々、私はクレーム対応は仕事で慣れているけども、クレーム入れるのは下手なのだ。
昔から我を張って人と争うのは苦手だった。
最後まで怒りを持続できないのが敗因なのは分かるんだけど、そんなに長く怒ってられないのよね。
はあああ、と長い息を吐いて肩を落とした。
目の前でシャットアウトされてしまった後でまで騒ぐ情熱はない。
敗北感に打ちひしがれる私を慰めるように少年とリアンさんが背をポンポンと優しく撫でた。
カークさんが今にも爆笑しそうな表情で口を開く。
「んじゃ、まあ取り敢えず、嬢ちゃんのランクアップ祝いに、遺跡に潜るか!」
「潜りません!!!!」
幾度目かの絶叫が冒険者ギルド一階フロアに響き渡ったのであった。
「結局、カークさんのせいでCランクになっちゃったじゃないですか!」
気持ちの持って行き場を失っていた私は、前を歩くカークさんの背中へと恨み言を投げつけた。
「必然だ必然。討伐ランクAのライトウルフに情けをかけられる余裕がある時点で、嬢ちゃんがランクアップするのは決まってたってことだ」
さらりと暴露してくれちゃってるけど、しっかりあの件はバレてたわけですね。
知られたからってどうということもないんだけど。
「全然関係ないこと持ち出さないでくださいね。何で倒したのは私ではなくて恵人君だって言ってくれなかったんですか。カークさんが仲介に入ってくれれば、受付の人だって聞く耳持ったはずですよ。Sランクの冒険者様!」
私だって、ちゃんと気づいてるんですからね。
カークさんが敢えて誤解させるようなことを口にした事も、間に入ってとりなそうとすれば出来たのだという事も。
だから、今の現状は彼が望んだのだ。
「恵人君なんて、ドラゴン倒した本人なのに、Eランク止まりになってるし」
「受付の人曰く、 人族で登録から一ヶ月未満で2ランクアップはすごいんだってよ? 」
嘆く私とは対照的に、当の少年は気にもかけてない様子だ。
リアンさんと二人して、そろそろ諦めて受け入れればなんて言ってくれちゃってる。
ううう。
私が魔物討伐なんてできないぐらい弱っちいのを君が一番知ってるのに。
「いつもみたいに、なるようになるよって笑えば? 終わった事嘆いても仕方ないんでしょ?」
そんな能天気なこと言ってるかな。
……言ってるな。
「それとこれとは違うかな。このままじゃ、恵人君がちゃんと評価されてないってことでしょ」
私に対しての誤った評価というのは、そういう事だ。
そうか、私は少年の成果を横取りした形になってるのが、一番納得いかないのだ。
それでいて、彼のランクがどんどん上がられても困るんだけど。
「ケイトならすぐにひなのランクを追い抜くし、ひなは僕が守るから戦う必要なんてないし。ほら、大丈夫だよ」
にこにこ笑うリアンさん。
「大丈夫って、どこがですか。なんか、カークさんに嵌められたような気がしてならないんですけど」
「たとえ間違いでも、ヒナがCランク以上になっていれば、パーティメンバーのランクが足りなくて依頼が受けられないなんて事は起きなくなる。ケイトのランクアップは問題ないから、遺跡にだってすぐに探索に行ける。そんなところじゃないかな、カーク氏の思惑なんてのは」
「あー、なるほどなあ。確かにギルドが間違えたんならラッキーってなもんで、そのまま進めさせようとしそうだ」
鈍感な私に説明するリアンさんの台詞に強く頷くのは少年だ。
君たち、さっきから何故そんなに仲が良いのだ?
「だから察しのいいやつは……」
明後日を向きながら、モゴモゴと口の中で独り言ちるのはカークさん。
彼らの話を聞けば聞くほど納得いかないのだけど。
「でもさ」
リアンさんがくるりと回って体ごと私に向き直ると、下から真剣な眼差しで見上げてきた。
「確かにヒナは直接魔物と戦う術を持ってないけど、何もできないわけじゃないでしょ? 補助系の能力だって、ちゃんと冒険者の能力として認められているからね。それって、魔物討伐数では把握できない能力だから、ランクアップは特殊な条件になることがあるんだよ」
彼は何を言っているのだろう。
私は狐にでも化かされたかのようにキョトンとしてしまった。
「だって、ほら、ヒナは一時的に加護を与えることができるよね? あれって、ものすごく希少な能力だよ」
「……」
……………………なんだって?