ランクアップしました 1
無事にカレダの街の冒険者ギルドに辿り着いた。
ドラゴンの遺体を殆ど砦に残して行く代わりに、馬を二頭頂いた。
地球では馬って高価なイメージだけど、この世界でも同様だと思う。
それを二頭もくれるなんて、なんて太っ腹。
って、感謝していたら、それ以上の利益を放棄しているんだって、リアンさんが教えてくれた。
ドラゴンというのはそれだけ珍しく、その死体から取れる残留物は稀少らしい。
実際の通貨で大まかな所を教えてもらったものの、この国の貨幣価値に馴染みがないせいか、全然ピンとこなかった。
つまり、私にとってはリアルではないと言う事なんだろうな。
生活に直結している情報ではないので、現実感が乏しいのだ。
四人なのに馬二頭の理由は、もちろん私と少年に騎乗経験がないからだ。
身長差や騎乗技術の関係で、私とカークさん、少年とリアンさんがそれぞれの馬に乗ることとなった。
まあ、そこで少年とリアンさんが揉め始めたのは、しっかりと予想の範囲内で。
カークさんの技術のお陰だと思うんだけど、馬での移動は想像したよりもずっと快適だった。
例の暴走自転車と比べてしまうから快適なのかもしれないが、少年の手前その事は口にしないようにしている。
行きに遭遇したしたネズミ型やトカゲ型の魔物さん達と再会しそうになっては馬で振り切り、私達はほとんど戦いらしきものなく、街に辿り着いたのだ。
スバラシイ。
少年が魔物の討伐証明の遺留品と、換金用の素材となる遺留品をカウンターに置いて、首にかけていた冒険者カードを受付の女性に渡したのは昼前だった。
初めはにっこり笑っていた彼女の顔が、次第にひきつっていくのを見ながら、私はちょっとばかり優越感に浸ってみた。
これらの成果に私は全く関与していないんだけどね。
あ、最後の剥ぎは若干手伝ったから、一、二%は貢献してるかな。
ギルド職員とのやりとりは少年とリアンさんに任せて、私は少し離れた所の壁に身体を預けているカークさんに近づいた。
「時間がかかるものですか?」
「量があるからな。ランクアップだけなら、昼を食べて戻ってくればちょうど終わってるぐらいだろう。なんだ?」
逆に問われて、私は目を瞬いた。
別に用があった訳ではない。
ただ、これでカークさんへの借金が返せるなと思っただけだ。
まあ、お昼はご馳走になるしかないみたいだけど。
私は話を続けるための話題を探して、ゆっくりと口を開いた。
「マーダレーより冒険者が多いんですね。街の規模も大きいみたいだし」
冒険者ギルド一階の混雑からそう思った。
受付も掲示板前も食堂も冒険者で一杯だった。
まあ、食堂なんかは昼という時間帯もあるんだろうけど。
「遺跡が近くにあるからな。この街を本拠地にしてる冒険者が多いんだ」
さらりとカークさんが答えた。
え?
今、さも当然そうに言われたんだけど、何、それ。
「ああ、そうか。遺跡を知らないんだったな」
腑に落ちた様子で、彼は言葉を続けた。
「この世界には、いつ、何のために作られたのか解らない、構造が迷宮になっている遺跡がいくつかあってな。魔物の巣窟になっている。これらの遺跡を踏破することが目的の冒険者も多い」
「ロープレで言う所の、いわゆるダンジョンいうことですね」
「地下迷宮。まあ、そうだ。地下とは限らないがな」
なんだ、この会話?
……あ、ダンジョンが地下迷宮と訳されたのか。
この、痒い所に手が届かない感じ、微妙だ。
地下牢と訳されなかっただけマシだけど。
「行かないですよね? そんな危険そうな所」
恐る恐る上目遣いにカークさんを見上げる。
もちろん、媚を売ってみているのだ。
似合わないことは知ってるし、柄ではないんだけど、ちょっとはか弱い女性である私を思い出して欲しい。
「経験を積むのに丁度良いんだよな、ここの遺跡」
そんな私の健気な努力など気づきもしないで、サラリと宣ってくれるのはもちろん金髪無精髭男である。
経験……恵人君はまだ必要なのでしょうか。
カークさんは少年を何と戦わせたいのでしょうか。
胡散臭いイケメン冒険者をジト目で見る。
それには気づいたらしく、カークさんはぶっと吹き出して続けた。
「そんな顔すんな。まあ、無理だから。遺跡に入れるのはパーティを組んでてもDランクからだ。ケイトは嬢ちゃんと離れたがらないからな、嬢ちゃんがDランクにならない限り遺跡はむりだな」
私が魔物と遭遇したくないの知ってて、揶揄ったわけ?
うーん、なんか遊ばれてるなあ私。
ここは不機嫌な顔をしてみるべきなのかなあ。
そんなたわいもない事で頭を悩ませかけた時だった。
「おねえさん、カード貸して」
こちらに駆けてきたと思ったら、私から冒険者カードを引ったくるように奪って、少年が受付に戻って行った。
リアンさんの冒険者カードと一緒にギルド職員に渡しているのをのんびり眺めていたら、カークさんが笑いを含んだ声音で「いいのか?」と、尋ねてきたので反対に何の事かと問い返してしまった。
「ランクアップしたくないんだろう?」
「別にEランクまでなら依頼に対応できそうだったので構わないですよ。召集義務もないそうですし」
そう返すと、彼は面白がってるような表情で私を見下ろした。
「何ですか?」
僅かに眉根を寄せて見返すと、大きな手が私の頭をポンポンと軽く叩いた。
「ま、何だって、なるようになるもんさ。嬢ちゃんがDランクにアップしたら、祝いに遺跡に潜ろうな」
何だ、この子供扱い。
誤魔化されたような気もするし、不吉な予言にも思えるこのセリフ。
私は不安そうな表情でもしていたのだろうか、カークさんは人好きのする優しげな笑みを浮かべた。
う、胡散臭すぎる。
この人、絶対ロクなこと考えてないよ。