砦にて 3
食堂で朝食を食べていると、また飛竜が現れた。
またというのは、昨日私達が昼にこの砦に到着してから、昼、夕方と合わせて三体目だったからだ。
あのバリスタという武器はすごい。
飛竜は何もできないまま、兵士達に仕留められていくのだ。
マーダレーの街を襲った飛竜が、こうも易々と倒されるのを見ると少し悲しくなってしまう。
「ありゃりゃ。ケイトってば、ちゃっかり飛竜退治に参加してるし」
私と一緒に朝食を食べていたリアンさんが、窓の外を見ながら漏らした。
少年が兵士達の訓練に参加するというので、私は早々に建物の中へと戻っていた。
「怪我してない?」
同じように窓の外に視線を向けた私は、元気に兵士達と話している少年の姿を確認して、ホッと息を吐いた。
「あの子は強くなってる。後は経験かな。経験を積めばすぐにAランクになれるよ。悔しいね」
「え!」
リアンさんの太鼓判を押す言葉に、私は思わず引いてしまった。
うん、そんな気はしてました。
成長速度半端ないだけじゃなくて、多分元々の運動神経がいいんだよね。
それにずっとサッカーをしていたせいか、戦ってる時も冷静で周りをよく見てるし、駆け引きも上手いらしい。
そんなことを密かにカークさんが言ってた。
でも、そんなすぐにCランクを超えられると、私は困るのです。
Cランク以上の依頼には、魔物討伐を含まない依頼がないのである。
生活できるだけのお金が稼げたらそれでいいのよ?
リスクなんて必要ないのよ?
私の反応に、リアンさんが苦笑している。
そんな笑みも可憐で可愛いですね。
「ひな、ひな、大丈夫。そんなにすぐにランクアップはできないようになってるから。それこそ、ランクSやAの魔物を討伐したぐらいの成果がないとね」
飛竜退治の騒ぎが収まってきたので、私達は再び朝食の席に着いていた。
「それって、逆にランクAの魔物を倒したら強引にランクが上がっちゃうってことじゃない!」
数日前にその機会があったことを思い出す。
「えと、そうとも言うね。でも、ランクSなんて伝説クラスの魔物は簡単にお目にかかれるものじゃないし、森にいたランクAのライトウルフですら、本来、遭遇できるものではないんだ」
そんな風にリアンさんは言うけれど、一度はランクAの魔物と遭遇している訳だし。
それに。
「飛竜はランクBって言ってなかった?」
「うん。そうだよ」
「それだって、そんなに個体数がないって言ってたよね。なのに、一日で三体も見てるんだけど」
「だからギルドの調査依頼が出てるんですよ。おはようございます」
と、声と共に私の隣にトレイが置かれる。
振り向くと、この砦の司令官である女騎士のクレアさんが微笑んでいた。
周囲に一瞬ザワつきが走ったのは気にしないこととしよう。
挨拶を返した私達に、彼女は続けて言葉を紡いだ。
「以前はこの砦に勤務していても、飛竜なんて、滅多に見ることがなかったのですよ」
僅かに表情を曇らせる女騎士。
「飛竜の目撃回数が増えたとカレダの街のギルドから調査に来ていたBランク冒険者パーティが帰って来なかったのは、十一日前です。その日、大量の飛竜が姿を現したので、人里に下りないようにこちらに引きつけて対処しました。それから、その日ほどではないにしろ、飛竜が巣から出てくるようになったのです。まあ、昨日、今日は多い気がしますが」
つまり、この砦では珍しくもない魔物となっている飛竜だけど、リアンさんの言う通り、本来なら巣にでも足を運ばない限り見る事はないらしい。
昨日今日の飛来数が多いというのは、私と少年の所為なんだろうな、きっと。
「その冒険者パーティはどうなったんですか?」
隣に座った女騎士に質問してみる。
カークさんの受けた依頼についての情報は、私達は何も聞かされていない。
この砦の置かれている状況についても彼には話しているのだろうが、私達は何一つ聞かされていなかった。
リアンさんを見ると大人しく朝食を食べているものの、彼女の話には興味があるといった素ぶりだ。
この世界の常識を抜いてしまえば、彼が持っている情報も私達と大差ないのだと推測できた。
「さて、山越えで国境を越えたのか、それとも死んだか……。見ての通り、この砦は特殊です。対ドラゴン対策に長けていますので、一桁の飛竜ごときではビクともしません。一介の冒険者パーティに複数体の飛竜の相手は荷が重かったのだろうと思います。私は冒険者ギルドの流儀は詳しくないですが、飛竜の巣の調査依頼の中には彼らの安否確認も入っているのではないでしょうか」
女騎士の疑問に、リアンさんが頷いた。
「先に調査隊がいて、それが全滅したっぽければそうでしょう」
「よく分からないんだけど、パーティが全滅するような内容の依頼なのに、カークさん一人で向かったんですよね」
私の質問は的外れだったらしい。
二人に変な顔をされてしまった。
「そもそもAランク以上の冒険者っていうのは、一騎当千なんだよ。Bランクまではいわゆる凡人だ。努力と経験と運でランクアップすることが可能だなんだ。でもAランクにはそれだけでは届かない。Aランク以上の冒険者なんて、基本バケモンだよ。で、カーク氏はその上のSランクなわけだから、バケモンの親玉って事だよ。ひなが心配する必要なんて一つもないからね」
リアンさんの言葉に隊長さんが同意している。
特にバケモノという辺り、首肯が力強かったのは気のせいではないはずだ。
うーん?
確かに、カークさんの戦闘中の動きって半端なく人間離れしてる。
でも、Bランクのリアンさんと差があるかって言われるとよく分からない。
私からすれば、リアンさんも十分人外だからだ。
あ、獣人族なので人間外ではあるんだけども。
だから、リアンさんが複数いて全滅するような相手だとカークさんでも辛いような気がするんだけどな。
考えたことを口にすると、女騎士が僅かに目を見張った後、美少女のリアンさんに興味深そうな視線を向けた。
「それは一度お手合わせ願いたいですね」
にっこり微笑む女騎士の顔。
リアンさんには恨めしそうな眼差しで見られた。
「僕はただのBランク冒険者。セリアンスロープだから、多少人間族より素早いってたけだよ。ひな、変なこと言っちゃダメだよ」
変なこと言った覚えはないんだけどな。
入口が少し騒がしくなったので、私はリアンさんから逃げるように騒ぎの方に目をやった。
丁度、少年がグラーツさん達と入ってきた所だった。
兵隊さんばかりの集団だ。
でも、考えていたよりも若い人が多い。
「クレアさん、兵士って何歳ぐらいでなるものなんですか?」
「特に上限はないですが、下は十四歳ですね。ここにも何人かいますよ。ああ、今、貴女のツレの少年と一緒にいる者も去年十四歳で入ってきたはずです」
私は、女騎士が指した兵士に目をやる。
当然身長が高いが、周囲の兵士に比べると少しばかり低いし、体つきも成長途中で筋肉が育ちきっていない感じがする。
それに何より、顔立ちが幼い。
日本人の感覚なら高校二、三年生ってとこだけど、この世界の西欧風な文化と外見ということを考慮すると、ちょうど少年と同じ歳の頃と指摘されると素直に頷けた。
その背の高い少年兵と共に笑う少年の姿に、嬉しくなって思わず口元が綻んでしまった。
「恵人くん、同世代の友達ができて嬉しそうで、良かった」
「ま、そこは同意するけど、ヒナのケイトへの気遣いとかは妬ける」
私が洩らした言葉に、リアンさんが渋い顔をした。
美少女顔が台無しである。
「ほう? あの子供は貴公のように幼く見えるだけか?」
クレアさんが獣人族のリアンさんを見やって、不思議そうに問う。
それに私が答えた。
「私達の国ではそうでもないんですけど、他国の人からは実年齢より少しだけ若く見えるみたいですね。恵人くんは十四歳ですよ」
「では、貴方もかな?」
「いえ、私は結構見た目通りというか……すみません。期待外れの二十五歳です」
気持ち体を小さくしながら、正直に年齢を伝える。
クレアさんはしばらく目を瞬かせた後、唐突に声を出して軽やかに笑い出した。
あまりに楽しそうに笑うので、こっちがびっくりしてしまう。
「ああ、すまないすまない。貴方に対して他意があるわけじゃない。昔、全く反対の経緯で、同じ台詞を聞いたことがあって、それを思い出した。その時も何故か申し訳なさそうに、『見た目通りでなくてすみません、期待外れの二十五歳です』って言われてな。私はまさか年上だとは思わなくて、十八歳ぐらいだと思っていたんだ。……そういえば、貴方達に似ているな。もしかすると同じ国の出身なのかもしれないぞ」
良い思い出なのだろう。
柔らかく微笑むクレアさんの表情がとても優しくて、綺麗だったから、その人って好きな人なのかなって想像してしまった。
「十八歳に見える二十五歳も相当ですね」
私と同じ年の時に高校生ぐらいに見えたって事だよね。そのクレアさんの大事な人は日本人の中にいても童顔なんだろう。
少年だって、出会った時に学生服着ていなければ小学生だと勘違いしてただろうしなあ。
「そうなのだ。並ぶと、どう見ても弟か部下にしか見えなくてだな」
僅かに頰を赤く染めて語る女騎士があまりにも可愛くて、いいなあと軽口がついて出る。
「きっと、お似合いの恋人同士なんですね」
クレアさんが口籠もって否定するも、その仕草は肯定しているとしか見えない。
いつまでも愛でていたい可愛さだ。
これぞギャップ萌えってやつですね。
「ねえ、ヒナ。弟に見える恋人なら、僕にぴったりじゃない」
リアンさんがニコニコ笑みを浮かべながら、テーブルの上に出ていた私の手を握った。
「確かにリアンさんは年齢よりずっと幼く見えますが、誰もが振り返る美少女なので、私と並んでも他人にしか見えないですよ」
兄弟に見えるには、美しさも同じぐらいでないとね。
「なるほど。ズレているというのはそういうことを言うのだな」
私を見ながら、クレアさんが何やら納得していた。
クレアさんとの会話増やしました。