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砦にて 2

先ほど日が昇ったばかりの早朝は肌寒かった。


平地では温暖な気候でも、山を登って高度が上がれば、さすがに気温が低くなる。

これは地球と同じらしい。


これより寒くなれば防寒着が必要だ。

季節があるならば、今は春か秋だ。

今の私達はそのどちらなのか、それとも季節が巡らないのかすら知らない。

日常で天気の話はしても、季節や気候の話など意識しないと出てこないからだ。

この国の四季がどうなっているのかは聞いておかねばならないと思った。


段差に腰を下ろし、少年が器用に足でボールを扱うのを見ながら、僅かに肩を震わせる。

ちらほらと兵士達が立ち止まって少年を不思議そうに眺めていた。


体を動かさないと若干寒い。


しばらくして、私に気づいた少年が足を止めて朝の挨拶してくる。


「うん、おはよー。早いね」

「おねえさんもな。俺、起こしちゃった?」

「全然。恵人君が出て行くの分からなかったし。あれだけ早く寝れば目も覚めるよ」

「だな」


同感だと、彼が微笑む。


「今日はサッカーの方なんだね」


私の脇に無造作に置かれている剣を横目で見ると、少年は頷いて口を開いた。


「カークがいないし、できるとしても素振りぐらいなんだ。取り敢えず、上下左右、百回は終わらせてみた」


何でもない事のように彼は言うが、重い剣を十回振るだけでも私には結構な運動量だ。


少年が私の隣に座って一息ついた。


私が肩にかけたバッグから水のペットボトルを出して手渡すと、彼は感謝してそれを飲んだ。


「今日は何する? カークさんいないとする事ないね」

「勉強でもしようかと思ってる」

「勉強?」

「この世界のこと、何にも知らないからさ。ここは人も多いし、色々聞いて歩いてみようかと」


真面目だ。

そして、現実的で有用な時間の使い方である。


実は昨日の午後、カークさんは一人で飛竜の巣に向かっていた。

そこまで一緒に行くのだと思っていた私は肩透かしを食らった気分だった。

嫌だなあと思いつつも、それなりに覚悟を決めていたから。


でもまあ、当たり前の話なんだけど、私と少年が飛竜の巣に近づいたら、とんでもないことになるとカークさんが指摘した。

巣ってことは、そこには老若男女多くの飛竜がいるはずだからだ。

数頭ならともかく、十を超える飛竜に一斉に襲われたら勝てる自信なんかない、と言われれば疑問など微塵もなく納得だ。


元々、Sランクの冒険者であるカークさんがソロで受けた依頼らしいし、彼にすればそれほど難易度の高いものではないらしい。

余計な荷物を連れて行って難易度を上げることもない。


じゃあ、何で私達をこの旅に連れ出したんだって考えたのはしっかりバレていたらしい。

出発前に、恵人君を連れ出したかったと告白された。

彼の能力が危ういと感じたらしかった。


私達、異世界人は世界を渡った時にほぼ例外なく特殊な能力を授かると言うのは、女神のギフトを知っている者達の中では当たり前の事実だ。


この異世界人の能力に似た能力を生まれつき持っているこの世界の住人がいるらしい。

そんな能力を女神の加護と言い、そんな人達を「加護持ち」と呼ぶ。


何でも女神様なんですね。と返すと、カークさんは一般的には知らされない事柄だと前置きしながら説明を続けてくれた。


女神の加護を持つ人は、女神のギフトの血を受け継いでいるのだそうだ。

つまり、異世界人がこちらの世界の人間と結ばれ、子を成して血が受け継がれた際にギフトの能力も弱まりながら受け継がれていくのだ。


話を聞いて、いくつかの可能性に気づいた私は寒気に襲われた。

それは、元の世界に帰らせてもらえない理由の一つになりうる。


もし、時の権力者が強い能力を持った嫡子を作りたければ、異世界人を伴侶とすればいい。

いや、何もパートナーに選ぶ必要はないのだ。


頭に浮かんだ、おそらくかつてあっただろう出来事に吐き気を感じた。


全部が全部無理やりだったとは言わないけれど、自らの選択の末にこの世界で生きることを選んだ人もいただろうけれど、それでも、強引にこの世界に繋がれた人がいなかったとは考えられない。


説明しながら面に浮かべるカークさんの嫌悪の表情が、私の推測を肯定していた。

苦々しい想いは口調にも表れている。


つまり、女神のギフトとはこの世界の権力者にとって、都合の良い存在だということだ。


それに、能力を使うほどに強くなるのがギフトの力なのだとか。

まさに今の少年がそうだよね。

明らかにおかしな成長速度だもの。


だからカークさんは、目に見えて異常性が分かってしまう少年を鍛えること、自らで自身を守ることができるようになることを優先したかったらしい。


少年が力に振り回されないように、悪意のある人達に利用されないように。


彼はかつて私達以外の異世界人に会ったことがあるのではないだろうか。

その人は不幸だったのかもしれない。

その時、ふとそんな風に思った。


カークさんが私達の味方だと無条件に信じてしまうのは、彼の異世界人に対する哀れみだとか、権力者の異世界人への対応に対する嫌悪感だとかがはっきり見える瞬間があるからだ。

その根底にあるのは、彼の過去の経験なんじゃないだろうか。


この人は異世界人を都合の良い存在としては見ないのだろうと思えた。


少年は気を許し始めてはいるけれど、何処かしらでまだ警戒している。

何を考えているのか分からないにしても、カークさんは私達にとって不利益になるような事はしないのではないかと、私は信じ始めている。


まあ、異世界人にとってであって、私自身の不利益になる事はしてるけどね。


返ってきたペットボトルをバッグへ仕舞う私の横にボールを置き、少年が今度は剣を手に立ち上がった。

すると、建物から出てきたグラーツさんに向かって駆けていく。


「さすが中学生。朝から元気だ」


呟いて、私はグラーツさんに稽古をつけてもらう少年を眺めるのだった。


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