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砦にて 1

「飛竜の巣の調査?」


辿り着いた砦の一室、たぶん執務室だと思うその部屋で、胡散臭そうに私達を見るのは厳つい強面のお兄さんだった。

彼は副隊長のグラーツと名乗った。

こげ茶の髪には白いものが混じり始めているところを見ると、四十歳を超えたぐらいだろうか。


日に焼けたがっしりした体躯と厳つい強面は、いかにも無骨者といった体である。

漫画や小説では時代遅れで頭の固いキャラを割り当てられそうな外見だった。


「ギルドから話が来ていないか?」


カークさんが尋ねると、強面のお兄さんは軽く頭を揺すって、もう一度私達へと視線を向けた。


「子供を連れてこなせるものでは……」


頭ごなしではない分、頑固オヤジというキャラではないのかもしれない。


「問題ない」


きっぱりとカークさんが言い切ると、それ以上は口にしなかった。


「分かった。ただ、隊長が巡回に出ているので、先に部屋へ案内させよう。詳しい話は隊長が戻ってからだ」


そう告げて、グラーツさんが部下を呼ぼうとした時だった。

窓の外から騒がしい喧騒と、聞き覚えのある咆哮が響いてきた。


そうだよね、そうなるよね。

飛竜の巣に近いなら、そうなるのが今までの流れだよね。

諦観の境地に達してしまいそうだ。

分かっていたけど、ここも安住の地ではないのだろう。


外の光景を予想しながら、窓に目を向ける。


丁度飛竜の背に通常の五倍以上はありそうな矢二つがが突き刺さったところだった。

魔物はより大きな咆哮を上げて身をよじる。

それらは矢というよりは槍に近いサイズである。

しかし、形状や距離のあるところから飛んできたところを見ると弓矢で間違い無いと思う。


砦の敷地の外に落ちた飛竜を追って、前線の兵が門を出る。

現れた飛竜へ、兵士が混乱することなく対応していた。

マーダレーの街の警備隊とは異なり、落ち着いたものである。


「ああ、気にすることはない。先週の大量発生からこっち、毎日こんな感じだ。手が足りない我々の代わりに調査をしてもらえるのは有り難い限りなのだ」


そう言ってグラーツさんが私達を安心させるように笑った瞬間、またもや巨大な矢が、落ちた飛竜に突き刺さる。


「バリスタっぽいな」


呟くのは少年だ。


「再発射に時間がかかっているのを見ると、そのものだな。魔道士が不足しているのか?」


カークさんが首をかしげる。


バリスタっていう武器は、あまり定番の武器では無いという事だろうか。


「まあ、それもあるが、元々この山岳地帯は龍の住処だった上、龍の爪痕だからな。有事の際の竜対策には力を入れる傾向がある。てか、俺が赴任してきた時にはすでにあったものだから、昔のやつが何を考えて置いたのかは知らない。しかし、飛竜が頻繁に出現するようになってからは重宝している」


グラーツさんの説明を聞きながら、私は少年に尋ねる。


「バリスタって何?」

「大型の据え置き型クロスボウってとこかな。本来は攻城武器だよ。この世界では大型の魔物用の武器なのかもな」

「何でそんなの知ってるの?」

「ゲームとか、小説とかでたまに出てくるから」


私も学生時代、ゲームや小説は好きだったけど、出てきてたかな?

うーん、少年とは興味のジャンルが異なるのかな。


そうこうしている間に、この砦の兵士は魔法を使う事なく、飛竜を倒してしまった。

死傷者もいなさそうだ。


「ああ、隊長が戻ったようだ」


厳つい強面を僅かに綻ばせ、グラーツさんは動かなくなった飛竜の側に立つ人物を見下ろした。


遠目だし、俯瞰しているだしで、顔立ちなどは分からなかったけれど、副隊長より若い隊長だということはすぐに判別がついた。

この砦の隊長は、長い黒髪を一つにまとめて背中に垂らしている。


長髪男子はあまり好みじゃないのよね。

そう思っていると、隣で同様に隊長らしき人物を見下ろしていたカークさんがぶっと小さく吹き出した。


「あれが隊長?」


グラーツさんがが頷くと、カークさんはもう一度隊長さんを見た。


「何であいつは都落ちしてるんだ?」


眉を顰めての呟きに、つい好奇心で質問してしまう。

てか、この砦に勤務するのって左遷なんだ?


「お知り合いですか?」


自分の上司の事だけに、グラーツさんも好奇心を抑えられないようだ。


「ああ、昔馴染みだ。あいつエリートだったはずなんだが、何でこんな所にいるんだ」


後半は返答というより独り言だった。


国境の砦の指揮官なら十分出世してるような気がするけど。

ここが左遷って、元は何してた人なんだろう。


ほんの少しの好奇心はあったものの、考えたくないカークさんの正体に繋がりそうな予感が次の質問を止めた。


「ここに赴任してきたのは三ヶ月前だ。王宮で高位の貴族を怒らせたという噂話がある。まあ、あの外見と態度なので、然もありなんと言った所でしょうな」


同僚や上司というよりは、息子や弟を見るような表情だ。

カークさんは同感だと言った仕草で頷き、再度窓の外を見下ろした。


貴族と問題を起こすエリートねえ。

殴ったか、寝取ったか。

生真面目系かチャラ男系かしか思いつかないわ。


不意にカークさんの昔馴染みの隊長さんがこちらを振り仰いだ。

向こうからは見えてないはずなのに、目が合ったような錯覚に陥る。


細身の身体をまじまじと凝視してしまう。

だって、その人は今まで見た異世界人の中で、断トツにカッコ良かったのだ。

正に、漫画やゲームでしかお目にかかれないような人物だった。


お約束なイケメン領主とか、男臭いイケメン冒険者とかも現実的ではないけど、この人ほど違和感はない。


凛とした美しさは女なら憧れて当たり前。


「ヒナ?」

「おねえさん、目がハートマークになってる」


両脇からそんな声が聞こえる。


いつの間にか時間が経っていたらしく、気がつくと目の前に立っていた麗しの隊長さんを僅かに見上げ、私は思わず叫んでいた。


「握手してください!」


麗しの隊長さんこと、美人女騎士は、突然なされた発言に切れ長の瞳を驚いた様子で見開いたのだった。


や、私は宝塚ファンとか、そういうのでもないよ?

でも、女騎士なんて、見ることないじゃない?

ちょっと憧れ入っちゃうじゃない?

お友達になりたいなとか、思っちゃうじゃない?


「す、す、すみません! こんなに素敵な人見たの初めてだったから、つい!」


慌てて取り繕ってみたけれど、しっかり少年には呆れられていた。


「おねえさんってば、また何を言ってんだか」


驚きを通り越して冷静になったらしく、女騎士様はにっこり笑って私の手を取ってくれた。


「こんな可愛い女性から素敵だなんて言われると嬉しいですね」


対応にソツがない。

この人、絶対にモテる。

多分女の人に。


大柄な私よりも背が高く、筋肉質で均整の取れた体格。

だけど、一目で女性と理解できる凹凸と、明らかに私より狭い横幅。

そして、凛としつつも柔らかな面立ち。


男の人にもモテるんだろうな、この人。


「それで、どう言うことだ? グラーツ」


彼女は、一瞬カークさんを見て目を細めたものの、すぐに自分の部下に質問を投げつけた。


私の行動に呆気にとられていた強面のお兄さん、グラーツさんは、すぐに表情を戻して隊長に状況を説明した。


私の後ろで、カークさんが笑いを堪えている。


「飛竜の大量発生については此方も調査したいと思っていたところに、ギルドの方から打診があったから、二つ返事で腕の立つ冒険者をと返しておいたのだが……あなたが来られるとは予想外です」


女騎士はカークさんを見つつ、溜息をつく。


そう言えば、カークさんは冒険者の中でも一番上のランクであるSランクだと、少年が言っていた。

彼のプラチナの冒険者カードを見たらしい。


ということは、彼女の条件には当てはまっていると思う。

彼女の溜息は冒険者ギルドとは関係のない部分なんだろう。


「予想外はこっちだがな。まさか、近衛騎士団のエリート女騎士様が、特殊な地域とはいえ、こんな前線の砦にいるとは。貴族の怒りを買ったようなことを副官は言ってるが、お前を飛ばせるような貴族など数えるほどしかいないだろうに。何をやらかしたんだ?」


カークさんの問いかけに、彼女は不服そうに眉を顰めた。


「今、説明せよとおっしゃるか?」

「いや? ただの好奇心だ」

「では、その件は後ほど。部屋を用意させますのでひとまずは休息してください。昼がまだなら部屋へ届けさせますが?」

「人数分頼む。部屋は普通に客用でいいからな。わざわざ空ける必要はない」

「……わかりました。そのようにいたします」


グラーツさんは隊長の態度が不思議そうだったし、少年もリアンさんも怪訝な表情をしている。

明らかにカークさんの方が立場が上に見えるもの。

年齢差を加味しても、彼女の方は謙りすぎなように感じるのだ。


でも、考えない考えない。

私の予感ドンピシャな気がものすごくするけれど、きっと追求したら負けだ。


さらっと流される二人のやりとりが終わると、私達は部屋に案内され、昼食を取ることになった。


そして、そのまま一泊し、更に山岳地帯の上を目指すこととなるんだろうな。



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