召喚されました? 3
少年曰く、私達は忘れ物、もしくは落し物ということらしい。
一般には遺失物って言うね。
遺失物ってね、日本では財布、携帯電話は七割持ち主に帰ってくるんだよ。他のものは一割ぐらい。
でもね、それは日本が特殊なだけで、他の国では遺失物の返還率は軒並み一割を切るわけよ。
まず、拾った人が落とし主を探そうとしないし、返ってこないと思うから持ち主も探さなかったりする。
つまり、落し物、忘れ物の類は放置される定めなのだ。
勝手に知らない場所に連れてきて放置って、タチ悪すぎだよ。
私、今から数日実家に帰る予定だったんだけど。
どうやら、キャリーバックは高校生達と一緒にどこかへ行ったらしい。
あの中には着替えやノートPC、家族へのお土産などが入っていた。
てか、仕事で使っているノートPCが戻って来ないのは非常にまずい。
責任者出て来い!と言いたい。
ま、責任者に忘れられた存在が私達なんだけどさ。
私にとっては爆弾発言だったのだけれど、少年は大分前からその結論に至っていたらしく、とても平静に見えた。
十は年下の少年が、取り乱す様子もなく落ち着いているせいか、私がパニックになるわけにいかないって、変な自尊心が芽生えてしまう。
現実感がないのも手伝って、案外簡単に状況を受け入れることができた。
心残りはノートパソコンの入ったキャリーバックだ。
私が我に返るまでの少しの時間で、少年は自転車を丘の上まで移動させていた。
森側の坂はかなり急になっている。
なのに、息も切らさず、軽い様子で自転車を押して上がってくるのだから、思わずすごいと褒めまくってしまったのは仕方がない。
「そりゃね、おばさ……おねえさんと比べれば。俺、ずっとサッカーやってるし、体力には自信あるよ」
頭のてっぺんから足先まで私を見て、あきらかな運動不足を察したらしい。
否定できない自分が悲しい。
これでも中学生ぐらいまでは学年でもトップクラスの運動神経を誇っていたんだけどね。
今はただのデブであることは認めざるを得ない。
ううう(泣)
「それに、さっきから調子がいいんだよな」
ポツリと呟いた言葉が耳に届く。
特に聞かせるつもりもなかったようで、少年は続いて口を開いた。
今度はしっかり私の顔を見て。
「思い出して迎えにくる気配はないし、いつまでもここにいるわけにもいかないよね。運良く足もあることだし、移動しようよ」
「かなり豪快にひっくりかえってたよね? 自転車は壊れてないの?」
それはそれで驚きだ。
彼が怪我一つしてなかったのもビックリだったけど。
「パンクしてないし、軸もブレてない。カゴの凹み一つないよ。頑丈なチャリだったんだな。さっき整備してもらったばっかりだったから、これで壊れてたら、俺泣いてたけど」
駅前の自転車屋でパンクの修理と全体の整備をしてもらって、家へ帰る所だったらしい。
それで部活を休んでいたため、あの時間、あの場所にいたのだ。
ツいてなかったね。
自転車がパンクしたばかりに、若い身空でこんな事に巻き込まれてさ。
と、心の中でしみじみ同情してしまった。
「ここは今何時なんだろう。暗くなる前に人に会いたいけど」
少年は冷静で頭がいい。
指摘や行動が的確で、これではどちらが年上なのか分からないよ。
先ほど見た景色を思い出してみた。
「向こうの草原の方は遠くに畑と、建物らしいものがあったよ。森側は木以外見えなかったけど」
「へえ、目いいね。俺には見えないや」
初めて尊敬の眼差しで見られたような気がする。
でも、そういやそうだな。
私はそんなに視力が良いわけではない。
眼鏡やコンタクトが必要なほど悪くはないけれど、両目で1.0程度だったはず。
裸眼っぽいけど、少年もそんなに視力が良くないのかもしれない。
「目標はその建物な。ナビよろしく」
そう言って、背負っていた鞄やら上着やら一式をカゴに乗せてから、自転車にまたがった。
そして私の方を向く。
「ほら、早く乗って」
あれ?
何故か急かされた。
私、歩いて行くつもりだったんだけど。
後ろに乗せてくれるって事?
「え、いや、でも、ほら、自転車の二人乗りは禁止されているから……」
もごもご口ごもる私。
「警察が捕まえてくれるなら、その方がいいじゃん。事情を話して、家まで送ってもらえばいいんだから」
さらりと正論が返ってきた。
「えっと、じゃあ、私が漕ぐよ。私の方が大きいし」
「おねえさん、すぐ疲れそう。もう出発するから早く乗ってよ」
いや、女が二人乗りの後ろに座りたくないって言ったら、自分の体重で迷惑をかけるからだって、気づいてくれないかな。
そういうの、気づいてくれる人っていないよね。
肥満にしか分からない気遣いというか。
だって、私が後ろに乗ってパンクしたら目も当てられないじゃない。
これは直接言わないと通じない類のものなのか。
「私重いから、大変だよ」
「二百kgとか言われたら考えるけど、おねえさん、そんなに重くないと思う。だから、早く乗ってよ。出発できねえじゃん!」
これは遠慮している事で、逆に迷惑をかけているってやつですか。
ううう、私、本当に重いんだよ?
自転車の耐荷重って案外低いんだよ。
葛藤するものの、少年に睨まれて、すごすごと自転車の荷台を跨ぐ私。
ヘタレです。
彼は私の両腕を彼自身の細い腰に誘導して、イタズラを思い付いた子供のような顔でニヤッと笑った。
「飛ばすから、しっかり掴まって。舌噛まないでよ」
言うや否や、自転車が丘を下り始めた。
なだらかな丘陵とはいえ、結構な角度がある。
道なんてなくて、でこぼこの草原を行くのだからスピードを出さないと思っていた私が甘かった。
道がないということは、人も車もないということだ。
私だって学生なら、ブレーキなんて使わずに下ったかも知れない。
ノーブレーキの誘惑は理解できる。
それが中学男子なら言わずもがなだ。か
常に飛び跳ねてるからお尻は痛いし、舌を噛みそうで口は開けないし、これは拷問? 拷問なの?
私何かした?
飛ばされないように必死で少年にしがみ付いてるしかなかった私を察してください。
どれくらい下ったのか、意識が朦朧としてきた。
もうダメだ。
と、諦めた瞬間だった。
徐々に速度が落ち、ピタッと自転車が止まる。
「おねえさん、道だ…………あ、あれ?」
ばさりと私の体が自転車の荷台から転がった。
地面にぶつかった背中が痛いとか、そんなこと考えている余裕なんかなかった。
「し、し、死ぬかと思ったぁぁぁ」
半泣きで洩らした言葉に、少年がバツの悪そうな様子で自転車を降りて私の顔を覗き込む。
「ごめんなさい。そんなに速いの怖かった?」
いや、怖いとかじゃないから。
ちょっと命の危険を感じたし。
君が止まるのが少しでも遅かったら、多分振り落とされて死んでたし。
あんな暴れ自転車を涼しい顔して制御するなんて、この子、人間じゃないわ。
どんな筋肉と精神してるのよ。
ずっとサッカーしてたって言ってたけど、サッカーやってると人間離れするのかしら。