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獣人さんに出会いました 6


「ぎゃああああ!!」


現在、可愛くない絶叫と共に崖を滑り落ちているのは私である。


足を滑らせて真っ逆さまに落ちているなら絶望的だけど、残念ながら、この崖はそこまで絶壁ではない。

それなりに急斜面ではあるものの、斜面と言える部分が下まで繋がっている。

ただ、絶壁ではないだけで、角度的には切り立った崖には違いない。


その急斜面を、私は落ちているのだ。


因みに、崖の上ではみなさんが未だ狼型の魔物と絶賛戦闘中である。


戦いの邪魔にならないようにしていたのに、後ろに潜んでいた一匹に飛びかかられて、一緒に落ちてしまうなんて。

それも、少年の真後ろで。


こんな状況、絶対に無事で戻らなきゃ彼のトラウマになっちゃうじゃない。

ただでさえ、少年は現在PTSD発症するか乗り越えるかの瀬戸際だというのに。


その時の私の思考なんて、その程度のものだ。


人って、自分のためには頑張らないけど、他人のためには必死になれる場合がある。


この時の私がそうだった。


だって、必死だった。

絶対に死ぬもんかって思った。


だから死ぬ気で狼の首元に抱き付いた。

ありったけの力で。


飛びかかって来た狼型の魔物は、私にしがみ付かれて崖を滑り落ちるしかなかった。

魔物を下敷きにして滑る格好になっているから、一種のソリ状態だ。

奇跡である。


頭上から私を呼ぶ恵人君の焦った声が聞こえてきたけれど、それに反応してあげる余裕なんかあるはずもない。


途中まで、振り払おうとする魔物と、絶対に振り払われてなるものかと必死に抱き付く私との死闘だったのだ。


その狼型の魔物も、崖下の地面に到着した頃には白目を向いていたんだけど。

私の下敷きになったまま、何度も鋭角な岩に深く胴体を削られていたし、地面に叩きつけられた時には私のクッションになって衝撃を全部吸収していたし、生きている事の方が不思議なのかもしれない。


上で見た他の魔物は灰色の毛並みだったけど、この魔物は見事な白銀の上、二回りほどサイズが大きいようだ。


あれ?

もしかして、狼モンスター達のボスだった?


その立派な白銀の毛並みも、いくつかの大きな傷が原因で左側面全体に血が滲み、全身は砂埃まみれで、すでに虫の息って感じだ。


思わず合掌してしまった。


これって、私が倒したことになってしまうのだろうか。

こんなお間抜けな負け方なんて、ボスとしてはちょっと可哀想だ。


ちらりと魔物に視線をやると、それは諦観の目を虚空に向けていた。

その瞳に知性を見たような気がして、私は助けたくなった。


気休めに過ぎないかもしれないけど、傷薬使ってもいいかな?


そんな風に思ったのは、魔物というよりは大きな犬のように感じたからかもしれない。


これが、飛竜のように明らかにモンスターの外見をしていれば、助けたいなんて微塵も浮かばなかっただろう。


私は荷物から魔法屋でカークさんに買ってもらった傷薬を出して、横たわったままの狼の傷に刷り込んだ。


「こんなことになった原因の私が言うのもなんだけど、生きていられるなら生きていたいよね。私だってそうだから。だから、お互いに恨みっこなしだよ」


少年は昨日魔物を殺した。

私も今、この魔物の命を犠牲に助かろうとした。

生きるための行為だ。

なのに、虫の息でも生きているのをみると助けようとしてしまう。


偽善だと思う。


でも、それでもいいと思う。


「痛々しくて見てられないんだもん、仕方ないよね。君がいなければ崖から落ちなかったけど、君がいたから今私は無傷なんだしね。うん、傷がすぐに治りますように。治っても、私を食べませんように」


ふと上を見上げると、戦い終わったのか、三人が崖から顔を覗かせていた。


私が大きく手を振ると、そこにいろと残して姿が見えなくなる。

ここまで降りてきてくれるということかな。


視線を元に戻すと、狼が最後の力を振り絞って立ち上がっていた。

狼特有の金色の瞳が私を見上げている。

今更、襲われるとは思わなかった。


感謝を告げるように僅かに頭を下げたように見えた。

次の瞬間には、狼は身を翻して森へと姿を消していた。

あの怪我でよくそれ程敏捷に動けるもんだと、思わず感心してしまうほどだ。


プライドの高さそうな狼だったし、群れのボスならみっともない姿を見られたくないよね。

敵の前に屍を晒したくもないだろうし。


助ける必要もなかったのか、それとも傷薬の効きが良くて動けるようになったのか。

どちらにせよ、あの狼はもう私たちを襲わないような気がした。

だから、弱っているところを人間や魔物などの他の生き物に狩られないことを祈った。


強く生きるんだぞ。

私に危険さえなければ、君がどれだけ強く獰猛でも構わないんだから。




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