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獣人さんに出会いました 5

見下ろすと、ビルの四階ぐらいの高さはゆうにあった。

高い所が苦手だと言うわけではないが、本能的に恐怖で竦んでしまった。


はっと我に返ると、崖などどこにもなかった。

こんな時に白昼夢?


「おねえさん、こっち」


少年に手を引かれて森を駆ける。

背後から迫るは狼の群れ。


「カーク、このままでは囲まれる」


「だな」


あれは狼ではなくて、狼型の魔物なのだそうだ。

違いがわからない。


三人に導かれるまま木々の間を走る。


何故か、このままだと先程見た白昼夢の崖にたどり着くような気がした。


前門の崖、後門の狼。

言葉通りの状況だった。


こんなピンチ、この世界に来て何度目よ。

神様、私の声届いてないんじゃないの?!

私は冒険は求めてないんだっては!


それは森を進むこと三日目。

魔物に襲われること十数回目のことだ。


精神的に一番恥ずかしいトイレの問題さえクリアしてしまえば、案外サバイバル生活が平気な事に驚いた。


魔物に襲われることは恐ろしい。

だけど、それ以上に積み重なる魔物の死が怖いと感じたのは一日目だけだった。


何しろ、薬などの原材料になる部位を売って換金するのが、冒険者の収入源だ。

怖い、気持ち悪いなどと言ってても、先立つ物は入ってこない。

倒した魔物は剥がしてなんぼの世界なのだ。


伊達に二十五年も生きていないし、日本でも何度か人の死に目にはあっている。

祖父、祖母だけでなく、父や叔母や友人。

老衰での寿命を迎えた死も、長く患っての末の死も、突然の事故で未来を奪われた死も知っている。

多分、二十代にしては告別式の経験が多い方だったのだと思う。


元々死というものに対してのそういった感情に鈍かったのか、年齢と共に心が動きにくくなったのかはわからない。


仕事と割り切ってしまえば、魔物の死体もただの物である。

そう考えることのできる私は、明らかに少年より精神的にタフだった。


ま、ガラスの十代というぐらいだしね。

十四歳の少年が経験するには過酷な状況だろう。

肉入りシチューを青い顔で睨みつける少年を見て、そんな風に考えていた。

私に想像力と共感力を求めてはいけない。

所詮は、違う人間なのだ、同じ経験をしても感じ方は異なる。


二日目、少年の刃が、一匹の魔物の命を奪った。

その日の食事はまたもカークさんが肉のシチューを作ってくれた。

私は美味しく頂いてしまったのだけれど、それを口にできない少年が痛々しかった。

でも、少年を見てて、カークさんが二日連続でわざわざ肉を出した理由が分かる気がした。

まあ、ウサギ肉が手に入ったってのもあるんだろうけど。


リアンさんも敢えて何も言わずに見守ってるようだった。


冒険者なら、ここで折れてはいけないのだ。

おそらく。


結局二日目の食事では、少年は食べては吐いてを繰り返していた。


何もできないから、私はいつも通り食事をし、みんなのお荷物のまま過ごした。


その後、夜の間中ボールを蹴る音が聞こえてきたけれど、カークさんもリオンさんも交代で火の番をするだけで、少年を止めることはなかった。


私はというと、その音を子守唄に深い微睡みに落ちていった。


冷んやりした空気に頬を叩かれて起きると、日の光が薄っすらと射す木々の間から、剣を打ち合うような音が聞こえてきた。


時折カークさんと少年の声が混じる。


「おはよー、ヒナ!」


リアンさんがニコニコと私を見ている。


心ここに在らずといった様子で私が挨拶を返して音の方へ顔を向けると、彼は少しばかり拗ねた声で尋ねてきた。


「あいつのこと、気になる?」


当たり前だ。

私は彼に責任がある。

彼と一緒に無事な姿で日本に帰らなければいけないのだ。


だけど、この世界に来た時のまま帰るなんて、もうできないのではないかと、昨日感じてしまった。


おそらく少年は変わっていく。


外見だとか、力だとか、そういう事ではなくて、もっと根本的な部分が、日本人ではなくなってしまうのではないかと思った。


私は?

私もなのだろうか。


テンプレだのセオリーだの笑っていられる間はきっと問題ない。

それを少年が言わなくなったのは、リアンさんと会った日からだろうか。

それは、間近で多数の魔物と人間が戦うのを目の当たりにした日でもある。


朝夕のサッカーの練習が、カークさんとの訓練に変わったのもその日だった。


「ヒナが真剣に考えるのはいつもケイトの事なんだよな。悔しいな。運命共同体っての? 僕は貴女の運命になれない?」


リアンさんが、麗しい顔を息がかかるぐらい近づけてくる。


ここまで近づいても、肌にシミやシワ、毛穴が見えないなんて、羨ましいほどの美肌だ。


「うわー! ほんとに悔しい! 全然照れてもくれないし、僕なんてこんなにビンビンなのに! うわ!」


主張するリアンさんが突然いなくなったと思ったら、少年に羽交い締めされていた。


猫耳美少女がイケメン少年に拘束されている図は、ちょっといけない官能漫画を見ているようでドキドキする。


「だから、おねえさんは危機感がないってば。こいつは二十九のおっさんなんだからな!」

「え、でも、猫だからノーカンだって言ったの恵人くん」

「それとこれとは話が違うって!」

「ケイトは苦労性だな」


笑いながらカークさんが朝食の用意を始めたので、私も短剣を出して手伝った。


武器屋で見つけた二束三文の短剣は、鍛冶屋に研いでもらったら業物になって戻って来た。


不恰好な柄の部分が二重になっていて、外してみると大きな宝石が埋め込まれている見事な細工の魔剣だったらしい。


またもや、都合の良い展開が来たぞ。

と、身構えてしまったのは仕方がないと思う。


魔剣といってもどんな能力かわからないし、今の所ナイフとして使うなら不都合もないので気にしないようにしている。

これで戦うわけでもないし。

だって、私はただのOLなのだ。

魔物相手に向かっていっても返り討ちに合うだけ損ってもんだ。


そんな私にカークさんがニヤニヤしながら「そのうちな」って呟くのが不吉なのだけど。

もし鍛える日が来たとしても、絶対にカークさんには師事しないと心に決めている。

あの人、絶対にドSだもの。

恵人君は不思議な力があるからついていけるんだわ。

普通の人間にはあれは無理だ。

初めて二人の訓練を見学した時にそう確信した。


まあ、色々ありつつもいつも通りの感じで三日目の朝を迎え、意気揚々と出発したのはすでに数時間前の話である。


そして現在。


狼型の魔物に崖まで追い込まれているのは私のせいなのかもしれない。


囲まれないようにここまで誘導し、三人が私に背を向けて魔物の相手をしていた。

一対一なら、カークさんもリアンさんも少年も負けないが、今は見えているだけでも数が多すぎた。

それに、昨日のことを引きずっているのか、少年の動きに精彩がない。


その隙を突かれたのだと思う。


少年を越えて、一際大きな狼が私に飛びかかってきたのだ。


声を上げる間もなかった。

後ずさったものの、逃げられる距離もない。

狼に襲われた私は崖から足を踏み外し、そのまま崖の外に飛び出してしまった。


崖の上には、少年の私を呼ぶ声が木霊になって残されたのだった。


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