▶︎ 猫耳が似合うのは女の子だ (少年)
タイトルは単なる少年の偏見です。
おねえさんは天然って言葉だけでは説明できないぐらいおかしい。
大体、あんなあからさまに股間をおっ立てておねえさんにベロチューとか、あり得なさすぎる!
ってか、おっさんも分かってんなら止めろよ!
俺の憤りなどどこ吹く風で、本気で気づいていないらしいおねえさんに驚愕する。
二十五歳って嘘なんじゃねえの?
危なっかしい大人だって思ってたけど、同級生よりこういう方面に対して幼いんじゃないかと思う。
大体、おねえさんって、自分を女だと思ってない節があるしな。
俺の腕から逃げようとする、見かけは猫耳美少女、ただし股間はもっこり中の獣人を拘束していたら、おねえさんが喉飴を奴に渡し、俺に手を離せという。
この人、今自分が何されたのか分かってんのかな?
喉飴を手に入れて、いたくご機嫌な獣人を一瞥しておねえさんをもう一度見ると、俺が奴を手荒く扱う事に不思議そうな目を向けていた。
いや、それは俺の疑問だから。
猫耳が喉飴に夢中になっていたので、渋々手を離したものの、いつまたおねえさんに襲いかかるか分かったものじゃない。
なのに、おねえさんは呑気に獣人に会えた事を喜んでる。
同じ猫耳なら、可愛い女の子が良かった。
俺と同じものが股間にある猫耳野郎なんぞ見る価値もない。
まあ、そんな事をオブラートに包んで発言したような気がする。
そしたらきょとんとした顔をされた。
この顔も慣れてきたな。
奴に警戒していたら、カークがおねえさんに囁く言葉が耳に入ってきた。
「嬢ちゃんが生娘ってのは十分理解した」
一瞬意味がわからなかったけど、生娘ってのは、確か処女と同意語だよな。
そう言葉の意味を理解して、俺は顔が赤くなるのを感じた。
だって、おねえさん二十五歳だぞ。
それで経験ないって、普通思わないよな。
中二、中三で初体験の奴なんてゴロゴロいるご時世に、二十歳を過ぎて未経験って、嘘だろう?!
まあ、友人と違って、俺も経験はないけどさ。
なんて、俺の葛藤には気づかれないまま、カークから人獣の説明がなされている。
ライカンスロープとドラゴニュートは聞いたことがあったけど、セリアンスロープという単語は初めてだった。
ドラゴニュートには会ってみたいかな。
やっぱ、剣と魔法ならドラゴンも必要だし。
そんな事を考えながら耳を傾けていたら、どうにも話が変な方向へと向かっていた。
「お前、先程発情期に入ったばかりだな」
カークははっきりとそう告げた。
つまり、現在進行形で発情中という事かよ。
ついつい猫耳野郎の股間に目をやってしまう。
てか、その辺は犬猫と同じな訳だ。
説明を自分の中で咀嚼していたら、おねえさんがまたもおかしな発言をしてくれた。
「恵人君と同じ成長期ってことか。これから、ぐんぐん大きくなるんだね」
同じって、意味わかんないんだけど。
俺、人目も気にせず発情しないし。
心の中で突っ込んでいると聞こえてきた声に、思わず瞬間的に反応してしまった。
「僕は二十九歳だ、こんな子供と一緒にするな!」
「誰が子供だ! ジジイのくせに何可愛子ぶってんだよ!」
いかん、子供扱いされると反応してしまう癖が、こっちの世界に来てから暴走してる気がする。
睨み合う俺達など視界に入っていない様子で、おねえさんは唇を押さえて呆然としていた。
「おねえさん、それ、今更だから。だから犬猫じゃないって言ったのに」
と、指摘したら、落ち込んでしまった。
この落ち込み方を見ると、経験なしっていうのは体だけじゃないってことだよな。
本当に二十五歳なのか、この人。
体なんか俺より全然大きいし、年齢だって一回り違うのに、何でこんなに変な所で抜けてるんだろう。
俺が何とかしてやんないとダメじゃん。
溜息をつきながら、俺は彼女の手を握った。
「おねえさん、大丈夫だ。あれはノーカンだ。よく見ろ、猫耳がある。あれは猫だ」
なんて、意味のわからない慰め方をしてみた。
どう見ても猫というよりは男の娘だよな。
男の娘はノーカンだ、の方が良かったか?
「お前、おねえさんに気安く触んな!」
突然、セリアンスロープの青年が俺の手をはたき落してきた。
思わず目が点になる。
「て、めえ、何すんだよ!」
かっこ悪くも、そのまま猫耳野郎との喧嘩に発展してしまった。
俺ってば何してるんだろう。
結局、お人好しのおねえさんは、旅の一時の道連れに猫耳野郎に認めてしまった。
確かに外見だけならか弱い美少女に見えなくはない。
俺には狡猾そうに見えるその表情も、おねえさんには可愛らしく映るらしい。
完全に庇護するべき相手だと錯覚してるよな、これって。
相手は三十前のおっさんだって、理解しろよ。
俺にとっては、若干イライラしながらの旅となった。
それが起こったのは、休憩のために馬車が止まっている時だった。
「ボウズ、猫耳、静かにしろ」
カークに鋭く命令されて、互いに言い合いをしていた俺達はすぐ様口を閉じた。
声に含まれる緊張はただ事ではない。
「荷台に戻れ! 客が乗ったらすぐに出発しろ!」
前半は周囲にいる者達に、後半は馬車の御者台にいる者への指示だ。
おねえさんと俺が荷台に乗ると、最後にセリアンスロープの青年が飛び乗った。
護衛の契約をしていた何人かの冒険者が残る。
セリアンスロープの青年の猫耳がピクピクと動いた。
「早いな。来るぞ」
馬車が動く前に、彼がそう予言する。
それと共に、御者台から悲鳴が上がった。
前方がどうなっているのか分からない、でも出発なんてできない状態だということは理解できた。
カークさんの舌打ちが聞こえた。
「数が多い! 馬車を囲め、近づけるなよ」
他の護衛に指示しながら、剣を抜いて構える。
何をするつもりだったのか自分でもわからないけど、俺はかなり身を乗り出していたようだ。
後ろからおねえさんにぎゅっと抱き締められる。
「カークさんは大丈夫。ほら、人間離れした人だから」
その声が手が僅かに震えている?
それとも、震えているのは俺なのか。
彼女の戒めを解き、その手を握って俺は頷いた。
大丈夫、俺はおねえさんを守るのが仕事だ。
おねえさんから離れちゃダメだ。
カークさんの姿が見えなくなると、あちらこちらから断末魔の悲鳴が聞こえ始めた。
セリアンスロープの青年が荷台の目隠しを下ろして外が見えないようにしていた。
相手が魔物だとしても、命を奪う行為だ。
おねえさんに見せたくなかったのかもしれない。
「あのお兄さんはともかく、他の冒険者にはあの数はちょっと荷が重いかな。僕、オフ中なんだけどね。まあ、もしもの時は仕方ないか」
呟くのは猫耳野郎。
奴が自分の武器であるナイフに触れた瞬間、荷台が揺れた。
「あの人こっちにいないのかよ!」
乗り込んでこようとするモンスターを蹴落として、ナイフを二本腰から抜くと、荷台から飛び降りる。
セリアンスロープの青年は、立ち上がろうとしたモンスターにナイフを突き刺して倒すと、もう片方のナイフで近づいてきた一体の目を潰した。
刀ではないが二刀流らしい。
躊躇いなくモンスターの中を駆けて行く猫耳に対して、俺は全く動けなかった。
おねえさんを守るって、それが自分のやるべきことだって何度も自身に言い聞かせていた。
なのに、モンスターが荷台に乗り込もうとした時、俺は震えて何もできなかった。
猫耳が次々とモンスターを倒して行く。
彼のナイフは的確に敵の喉元を切り裂き、数を減らして行く。
俺と同じぐらいの身長で、俺と同じような体格で、俺の方が力が強いのに。
なのに、俺は呆然と見ていることしかできなかった。
いつから再び抱き締められていたのだろう。
動いているモンスターがいなくなって初めて、俺は背中におねえさんの体温を感じた。
行く必要はないんだよ、と言われたような気がした。
「猫耳、ランクはいくつだ」
ふと聞こえてきた声に微睡みに揺蕩っていた意識が浮上する。
馬車が出発してすぐ、緊張が解けた安堵からか熟睡し始めたおねえさんに肩を貸しながら、俺もウトウトしていたらしい。
薄っすらと目を開けると、丁度セリアンスロープの青年が答えた所だった。
「Bだ」
首に下げていた冒険者カードを出して見せている。
それは俺たち駆け出しとは異なり、鈍い銀色だった。
眩しさに再び目を閉じ、おれは冒険者登録時の説明を思い出していた。
Cランク以上になるとシルバーカードになり、カードの色が変わると共に、依頼制限もなくなると聞いたはずだ。
「リアン、いつから冒険者をやってる?」
「登録したのは八歳だ」
「Aには上がらないのか、上がるつもりがないのかどっちだ?」
「なんでそう思う? あんたがそうだからか?」
「いや、俺は……」
言葉を切って、彼も自身の冒険者カードを見せたようだ。
気になって、俺は片目を薄く開く。
それはシルバーよりも更に白く輝いていた。
セリアンスロープの青年が大きい目を更に見開いている。
驚愕するような事柄らしい。
「はっ?! 何でこんなオンボロ馬車で移動してるんだよ」
「こういう旅の方が面白いもんと出会えるからな」
「マジか。あの剣技は絶対Aだとは思ったけど、こんな所でプラチナなんか見る機会があるなんて」
「なかなかの目利きだが、俺の専門は剣じゃないんでな。さて、質問に答えてないぞ」
男の指摘に、青年の猫耳がピクッと怯えるように動いた。
「シヴァティアにいる、剣が専門じゃないS級冒険者だって? そんなの、僕は一人しか知らない。……閃光の魔導王カークライト」
途端、両手で顔を覆うカーク。
「その恥ずかしい二つ名を二度と口にするな」
「何? 二つ名が嫌で魔法を使わないのか?」
「だから、察しのいい奴は好かない」
「僕もだよ。あんただって、さっきの話から僕がBランクの理由ぐらい分かってるんだろう?」
「発情期がきたのなら、今までとは違うだろう?」
「それでも、まだあんなガキに力で敵わないほど非力なんだよ、この身体は」
あんなガキと言われた瞬間、慌てて瞼を閉じて眠った振りをする。
悔しそうに俺を睨んだのが目を瞑っていても分かった。
「ああ、それは仕方がない。彼は女神の加護持ちだ」
「加護持ち? でも、さっきの戦いだってまともに動けてなかったじゃないか」
「それも仕方がない。彼らは数日前に冒険者登録をしたばかりの素人だ。剣を持って一週間も経っていないしな。まともに振り回せるはずがない」
「はあ? 何でそんなのと一緒にSがいるんだよ。よっぽど珍しい加護なのか?」
「希少かというとそうでもない。今の能力はライカンスロープや成人したセリアンスロープの方が上だろうしな」
「何だよそれ」
「俺は、彼らが冒険者としてやっていく力を身につけるまでのアドバイザーのつもりだったんだか、そうも言ってられない仕事が入ったんでな」
そこで言葉を切って、カークが少し熟考する気配がした。
「お前、嬢ちゃんを追いかけるつもりだろう」
「あんたに関係ない」
「まあまあ、そうつれなくするなよ。セリアンスロープの本能に従うしかないお前にいい口実をやろう」
「はあ?」
「俺に雇われろ。金は出す」
ふざけろよ!
何でこんな奴!
咄嗟に内心で罵倒したが、カークが猫耳野郎にそんな打診をする現実的な理由も理解できなくはなかった。
俺ではまだおねえさんを守れない。
守るんだって気持ちだけではどうしようもないという事はさっき分かった。
大きな口を叩いていても、実際に魔物に襲われたら戦う術を持たず戦い方も知らない俺ができることなんてない。
以前、おねえさんに言われた通りだ。
ちょっとばかり不思議な能力で腕力が上がってるからって、ただの中学生にできることなんかないのだ。
大人が対応できることに子供が出ていく必要がない。
本当にその通りだ。
見た目はともかく、猫耳野郎は俺より何もかも大人だった。
それが悔しい。
まだスタートしてないだけだ。
努力で届かないものはないはずなんだ。
そうは思うものの、今は届かない。
「金なんかいらない。でも、おねえさんは僕が守る」
「……お前の伴侶にはならん女かもしれんぞ?」
「そんなの知らないね。彼女が僕の運命だ」
恥ずかしげもなく、はっきりと言い切る猫耳野郎にイラっとする。
おねえさんを守るのは俺じゃないとダメなんだ。
そのために強くならなければいけないのなら強くなればいい。
背が低くて、レギュラーになれなかった時のように、強くなるために努力すればいい。
努力は裏切らない。
剣を持とう。
朝夕に蹴っていたボールを、剣に変えよう。
小学生の時にレギュラーから落とされてしまった時のように、また始めればいい。
寝たふりを続けながら、俺は拳を握りしめた。
ここから始めよう。
おねえさんと一緒に日本に帰るために。
人獣さんに出会いました2〜4の少年視点です。
おねえさん視点では分からないところの補足のつもりだったんですが、何故に後半シリアスに?
少年のおねえさん依存度がMAXすぎる。
この流れ、ちょっと続くかも。
目指すは、ほのぼのなのですが。