獣人さんに出会いました 1
異世界三日目は朝から旅の準備についての実地訓練みたいなものだった。
カークさんは旅に必要な手配をするため、私達を連れて街の中をあちこち移動する。
冒険者ギルドに始まり、乗合馬車の受付場所だとか、魔法屋だとか、道具屋などだ。
あと、昨日ナイフを預けていた鍛冶屋もだ。
今後、私達だけでできるように、各場所でその都度それなりに詳しい説明をしてくれる。
そうして手配に時間を使っている間に午前中は過ぎていった。
日本から着て来た服や荷物はほとんどを領主の館に預けて行くことにした。
代わりに携帯食や救急セットなど必要な物を道具屋に買いに行き、昨日買った皮の大きな鞄に詰める。
重すぎると動けなくなるので、個人の能力に合った量の配分だ。
頑張って持とうとしてはいけない。
でも、ほら、明らかに恵人君が私の倍以上を持とうとしているのを黙って見てはいられないじゃない?
思わず負担分をもう少し受持とうとしたら、しっかり少年に叱られてしまった。
体力のない非力な人間が余計な気を遣って力量以上のことに手を出すのはただの迷惑なのだそうだ。
うん、その通りです。
正論だし、当然の話ではあるんだけど、少年と私の荷物の量の差を考えると気が引けてしまう。
もう少し荷物を持てるように体力つけようかな。
電気製品のないこの世界では体力勝負になりそうだし。
呟いたら、少年が驚いたように私を見た。
「おねえさん、冒険者として生活する覚悟ができた? この旅から帰って来たら、二人で依頼を受けに行こうか」
いや、それは違うから。
そんなに目を輝かせて嬉しそうにしないで。
私が戦力外なのは変わらないから!
話を反らすように私は日本から持って来たバッグの中身を漁る。
「恵人君はサッカーボール持ってくの?」
イケメン領主さんから回収したボールバッグを荷物の横に置いているのに気がついて、私は口を開いた。
「毎日触ってないと落ち着かなくて。精神安定剤がわり」
そんな少年の様子に、健全なスポーツ少年なんだなと改めて感じた。
何の因果か、異世界に飛ばされて、サッカーのサの字も知らない人々の中で暮らすなんて、十四歳のサッカー少年には過酷だ。
スポーツは十代半ばの今が一番伸び盛りだろうに、いつ日本に帰る事ができるかわからない状態だなんて。
彼はこの世界に来た初めから取り乱すこともなく冷静で、十四歳の少年とは思えないほど大人びていて、泣き言も言わずに常に前を向いていて、私なんかよりも余程しっかりしているように思えた。
ても、そうだよね。
不安じゃない訳がない。
この見知らぬ世界に来て三日目。
まだ三日だ。
長くなる程、精神的に辛くなってくると予想できた。
私が嘆くと少年も不安になるだろう。
私が取り乱して日本に帰りたいと泣けば、少年の帰郷心をも煽ってしまうだろう。
そう思うから、私も彼のように前を向ける。
取り残されたのが少年と二人で良かった。
彼が「おねえさん」と呼んでくれるから、私はおねえさんでいられるのだ。
「……おねえさん」
そう、そんな風に呼んで。
「おねえさん! また話聞いてない!」
強い口調で叱咤されて、はたと我に返った。
無意識に日本から持って来たバッグの整理をしていた私の手元から、少年がペットボトルを取り上げた。
「ねえ、もう一本、飲みかけのレモンティーを持ってたの?」
問われた事の意味がわからず、キョトンとして少年が手にしているペットボトルに視線を向ける。
外側のロゴは見慣れた黄色い午◯の紅茶レモンティー。
中身は三分の一程減っている。
飲みかけを二本鞄に入れるなんて、そんな意味のないことする訳がない。
バッグに入っているペットボトルはレモンティーとミネラルウォーターの二つだけだ。
空のペットボトルをゴミで捨てると、オーバーテクノロジーになると思ってバッグにしまったまましていたのだ。
だから、私が今持っているのは空のペットボトルと飲みかけのミネラルウォーターのはずだ。
今少年が待つペットボトルには黄色の液体が三分のニ程入っている。
「恵人君、私のためにレモンティー継ぎ足してくれたの?」
「…………おねえさん、ここはボケるところじゃない。真面目に行こう」
「真面目に言ってるんだけど。だって、私、初日に飲み切ったはずだよ?」
少年が先の事を考えて水を残したのに対して、何も考えずに全部飲んでしまった自分に自己嫌悪を感じたから間違いなく全部飲んでたはずだ。
そういえば、恵人君は少し飲んで残したんだよね。
思い出しながら、もう一本のペットボトルを取り出してみる。
「…………未開封だ」
私の言葉に少年が表情を険しくした。
「本当に二本しか持ってない?」
問いかけに頷くと、彼は自分が日本から持って来た鞄の中を漁り始めた。
「ああ、くそ! ジャージとスパイクと財布しか入ってない」
少年の行動の意図がわからなくて、私は首をかしげるしかなかった。
「おねえさんのバッグだけが特殊なのか、俺たちの世界の物が全部そうなっているのか検証できないかなと思って」
「ちょっと待ってね。恵人君、落ち着いて」
私に考える時間を頂戴。
初日にレモンティーは飲みきり、未開封のミネラルウォーターは開封した。
三日目の今、レモンティーはこの世界に来た時と同じ量が残っていて、ミネラルウォーターは未開封だ。
もちろん、私のバッグの中にはペットボトル四本も入っていない。
……って、意味がわからない。
「ごめん、私には何が何だか」
「推測なんだけど、おねえさんのバッグって、常にこの世界に来た瞬間に繋がってるんじゃないかな。翻訳スキルと同じで原理なんてわからないけどさ。もう一回ペットボトルの中身を空にしてみよう。飲んでいい?」
もちろんだ。
検証の結果、少年の予想通り、何度中身を空にしてもバッグに入れると初日の状態に戻った。
だからといって、こちらの物を入れても何も起こらない。
元から入っていた物に限るらしい。
何だ、これ。
意味わからなすぎる。
そして、便利なのか便利でないのか微妙な所だ。
「これも一種のチート? これがおねえさんの能力ってやつかな?」
不思議そうに少年が呟く。
いや、これが能力なら、すごい微妙だと思う。
残念感が漂ってる気がするのは気のせいじゃないはずだ。
「とりあえず、水に困ることはないね」
と、少年が慰めてくれる。
ふと、バッグの奥の方に入っていた物に気づいて、私は不敵に笑った。
「水だけじゃないからね! 餓死だけは免れる事が分かったわ!」
じゃじゃああん!
と効果音付きで取り出したのはブ◯ックサ◯ダーとのど飴だ。
少年の目が再び輝く。
「チョコレート! 食べたい!」
「ふ、ふ、ふ、ふ。仕方ないなあ。恵人君には特別に最後の一個を進呈しようじゃないか」
そう言いながら袋から出して中身を渡すと、開封した袋はバッグの中に。
もう一度バッグの中を探ると、未開封のブ◯ックサ◯ダーを取り出す。
「やっぱ、ゴミは持ち帰らないと。日本のゴミ持ち帰り文化は素晴らしいよね」
なんて事をしながら、その後も二人でおやつタイムを満喫していると、用意に時間がかかりすぎだとカークさんに叱られてしまった。