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▶︎ 召喚されました2(女子高生その一)

今日の朝ごはんは、白米とお味噌汁と白菜の漬物と玉子焼き。

海苔と納豆もつけて、とっても日本食らしい朝食はいつものように美味しかった。


父は朝食を食べ終えていて、後は家を出るだけだ。


第二次反抗期真っ只中の弟は、これまたいつものようにブスッとした顔で無言のまま食べている。


毎日毎日、一体何が不満なんだか。


私が中学生の時は、弟の母代わりにならなきゃって気を張っていて、いつの間にか高校生になっていた。


母がなくなった時、二つ下の弟は私よりも身長は低くて声変わり前の甲高い声で、まだ小学五年生の可愛い子供だった。

それが気がつくと変声期を終え、身長は私より頭一つ大きくなっていて、おっさんにまっしぐらだ。


無言で席を立つ弟に、一言言いたくなるのもいつものことだ。


「ねえ、食べ終わったんなら、ごちそうさまでも言いなさいよ。片付けていいかわからないじゃない」


そして、ジロリと睨まれるのも通常運転だ。


面倒そうに口を開きかけた弟のやる気を削ぐ声が、玄関から響いてくる。


「んじゃ、行ってくるわ」


「はーい。いってらっしゃい」


玄関の父に聞こえるように声を上げている間に、弟はさっさといなくなってしまった。


毎日同じことの繰り返し。


別に家族仲が悪いという訳じゃない。


ま、私も弟もそういう時期だというだけだ。


だけど、日常が壊れた瞬間に思ったことは、家族との最後の会話が会話にすらなっていなかった事実だ。


嫌われても、ウザがられても、もっとちゃんと話しておくんだった。


その日の夕方、異世界に召喚されたらしい私は、お姫様の話を聞きながら深く後悔していた。


彼女はこの国、シヴァティアの王女様であり、神官でもあるらしい。


そして、彼女が私たちをこの異世界に召喚した人物なのだそうだ。


学校から帰宅途中の横断歩道上にいた私達は、一瞬で石柱が乱立する見知らぬ風景の中にいた。

丘にいたのは一緒に帰っていた友人二人と、同じ学校の生徒らしい男子四人。


更にはそこから今いるお城までやはり一瞬で移動したと思ったら、お姫様がここは私達のいた世界とは違う世界だと意味のわからないことを言い出した。


ここは私の生まれ育った世界ではないのだそうだ。


地球も、日本もこの世界にはない。

私たちが通っていた高校も、私の家も、家族もこの世界には存在しないのだ。


夢であればいいのに。

眼が覚めるといつも見る私の部屋の天井で、父と弟に朝食を作って食べさせる、そんな日常が続いていればいいのに。


与えられた豪華な部屋のベッドに寝転がり、そんな妄想に囚われる。


今日で三日目だ。

父は、弟はちゃんとご飯を食べているのかしら。

私がいなくなって心配してるかな。

弟が私がいなくて清々していたらショックだな。


家族を思いながら瞼を閉じる。


今目を開くと、また今朝のように私は落胆するのだろうか。


意識して何かを見ると、視界に漫画の吹き出しの様なものが現れるのは、この世界に来てからだ。

吹き出しの中には見た物の説明文が日本語で表示されている。


初日に、この世界に召喚された異世界人は不思議な能力を授かることがあるとお姫様の説明があった。


友人の春菜ちゃんは怪我を治す事ができた。

美咲ちゃんと男子生徒の二人は魔法を使えた。


私の奇妙な現象は、お姫様が言っていた不思議な能力なのだろうと思う。


実は、この能力も憂鬱の原因の一つだ。


人を凝視しても同じように説明文が現れるこの能力は、実際のところ、かなり厄介なものだ。


いわゆる小説や漫画、ゲームの登場人物紹介と同様の説明文が見えてしまう。


中には知られたくないだろう事柄まで書かれている。


例えばお姫様の場合、


「シヴァティア王国の第一王女。女神の神殿の神官の一人。召喚魔法を使って女神のギフトを複数人手に入れた。美しく可憐な外見に騙される男性が多数。実はかなり強かで、腹に一物あるタイプ」


と、表現されていた。

この文章はその時の様子で変化するようだ。


春菜ちゃんの場合はこうなる。


「高校二年生の本好きの女子。異世界から召喚された女神のギフトで、特殊能力は治癒」


召喚直後には簡単な二文しかなかった説明が、今では


「高校二年生の本好きの女子。異世界から召喚された女神のギフトで、特殊能力は治癒。現在は王宮の待遇に満足して、このまま定住したいと望んでいる」


と、文章が増えているのだ。


出会った人の説明を見てしまった今、こんな能力、人に知られたくないと私が考えるのも当然の帰結だろう。


治癒や魔法と違って他人の目に見えない能力だから、誰かに見破られる可能性も少ない。

それこそ、私と同じ能力を持っているならば見破られるだろうとは思うけれど、今の所そんな人はいない。


それに、召喚主のお姫様や友人には特に話す気にならなかった。


私は目を開くと、部屋の片隅に置かれたもう一つの秘密に目をやる。


視線の先には女性のものらしきキャリーバックが置かれていた。


学校帰りの私達の物であるはずがない。


丘にいたのは一緒に帰っていた友人春菜ちゃんと美咲ちゃん、同じ学校の男子生徒四人。

のはずなのに、私の部屋には持ち主不明の鍵のかかったキャリーバックがある。

おそらくは私達と一緒に日本からやってきた物で、正確には内館日向さんの物だ。

だって、キャリーバックに意識を向けて見ると、そう説明文が現れる。


何故、この場にいない内館日向さんの荷物がこんな異世界にあるのかは謎だ。


みんなが自分達の力に夢中になっている間に、私の物として確保しておいたのだ。

どうしてかは分からないけれど、その方が良いと瞬間的に判断してしまった。


鍵を壊してまで中の確認をしたいとも思わなかったので、秘密のまま与えられた部屋に無造作に置いている。


このまま部屋のオブジェになりそうだ。


そんな事を考えながら、持ち主の内館日向さんに想いを馳せる時もある。


朱色一色のシンプルなデザインのバックを持ち歩く人ならば、明るくて前向きな人かもしれない。

私達のように突然知らない所に放り出されてもあまり動揺しない人かもしれない。

案外、奇妙な状況を楽しんでしまう人かも。

この世界の人たちの中にうまく溶け込んで、人の情けに助けられたり、逆に冤罪で追われたり。

大きなモンスターに襲われて、ライオンや狼とか肉食獣に追われたり、ドラゴンなんかとも戦うかもしれない。


具体的に考えていて、徐ろに笑いが唇から洩れる。

笑みは無意識だった。

こんな妄想ができるぐらいには余裕がある自分に少し驚いた。


そう、それでも、内館日向さんは持ち前の幸運を武器にあらゆる困難を前向きに乗り越えていくのだ。

仲間を増やして。

物語のように。

そして最後は願いを叶える。

この世界で成功して幸せになる。


ううん、違う。

内館日向さんは絶望しないから、結末もそうはならない。

自分の居場所が元の世界だって分かってるから、残してきた人達のことを放っておけないから、帰るのだ、日本に。

そしてハッピーエンドを迎えるのだ。


きっと、私みたいに部屋に閉じこもって泣いたりしない。


知らない人だから、ただの想像だけども。


不意にドアをノックする音が静かな部屋に響いた。


はっと目を開いて体を起こすと、音の方に視線を向ける。


再度響くノック。

それと同時に追従する、遠慮がちな男子の声。


共にこの世界に来た高校生の一人だ。

あまり目立たない外見で、物静かな男子だ。


能力のこともあって、みんなの中で一番取り乱していた私を気遣ってくれる。

部屋に閉じこもる私に毎食、食べ物を持って来てくれていた。

拗ねていてもお腹は空くのだ。


無理に部屋から出そうとせずに、私の気持ちが落ち着くのを待ってくれているようで、その優しさが嬉しかった。

友人の二人より、余程親身になってくれているように感じている。


扉を開けると、彼が食事ののったトレイと共に部屋の中へ足を運んだ。


「ありがとう」


お礼を言ってトレイを受け取ると、彼は少し躊躇ってから口を開く。


「あのさ、明日から、僕と一緒に食べない?」


「あ、ご、ごめんなさい。部屋から出るのは……」


唐突な申し出に、咄嗟に断りの言葉が出た。


部屋から外に出ると膨大な量の情報に晒される。

煩わしさしか感じられなかった。


「僕が部屋にお邪魔してはいけないかな? ここに二人分持ってくるから」


諦めきれない様子で、彼が更に言い募る。


思いの外真剣で、私のことを気遣う以外の何かがあるのかと、邪推してしまう。


実際、邪推は当たらずも遠からずといったところだったが、僅かに考えてしまった、私に対しての性的な邪さはなかった。

自意識過剰な自分がちょっと恥ずかしくて自己嫌悪。


彼は一緒にいた男子生徒三人との折り合いが悪くなっているらしい。

つまり、この部屋を避難所がわりに使いたいようだ。


そういう事なら全然問題ない。

私も、友人二人から疎外感を感じていて寂しかったから、次からでも一緒に食べようって返事した。


まだ現実を見られない私と、冷静に現実を直視していた彼。


日本に帰りたいと嘆く私と、日本に帰る事を諦めない彼。


異世界に来て三日目。

私は、そんな晃誠君と仲良くなった。



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