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豪邸に泊まりました 4

色々順調な時って怖いよね。

って、朝も思っていた。

そうしたら、やはり落とし穴があった。


イケメンさんに何かを疑われて軟禁されたり、飛竜に餌にされかかったり。

だから、今こうして都合の良い展開が続いているということは、また絶体絶命と感じるトラブルが発生してしまうのではないか。


そんな杞憂になるかもしれない事をつらつら考えてしまう。

広くて豪華な部屋のふかふかの大きなベットの上で。


またもや、何がどうしてこうなった。と、誰かに聞きたい。


明らかに日本家屋よりも高い天井を睨んでいると、扉がノックされ、メイドさん達が入ってきた。


お風呂に入りたいと、先程つい呟いてしまったのだ。


用意された浴槽に次々とお湯が注がれる。


変な事を呟いてしまったと、ものすごく後悔した。


十八世紀のヨーロッパって、毎日お風呂に入る習慣がなかったんだよね。

だから、お風呂場なんて概念はなくて、部屋に浴槽を持ち込む簡易式だった。


お湯だって、調理場で沸かしたものを人力で運んでいたんだよ。


今目の前で繰り広げられている光景のように。


これが中世から近世にかけての西洋貴族の暮らしか。


面倒な事をさせてしまったという罪悪感でいっぱいで、私には貴族の生活はできないことが理解できた。


もう、簡単にお風呂入りたいとは言いません。


とは言っても、用意してもらったものに入らないという選択肢はない。

ありがたく頂戴します。


私は衝立の中に入って、服を脱いで湯船に身を沈めた。


少し熱いぐらいで、とても気持ちが良い。

昨日今日の疲れが全部吹き飛びそうだ。


そういう意味では、宿代わりに自宅を提供してくれたイケメンさんに感謝である。


そうなのだ、ここは彼の家なのである。


家なんて可愛らしいものではなかったけれどね。

どう見ても大豪邸だもん。


充てがわれた部屋は居間と寝室に分かれていて、どこのホテルのスイートルームだ、と一人で突っ込んでしまったし、夕食に食べた料理も昨夜と違って豪華だった。


イケメンさん、この辺りの領主様なのだそうだ。


カークさんとの話を聞いて、そうかなあとは推測してたけど、やはり推測通りでした。


きっとカークさんも冒険者しているけど裏のある人なんだろうな。

国家機密的なことを知ってるし、イケメンさんへの口調は横柄だし。


だけど、正体を知るべきではないと、私の第六感が警鐘を鳴らすのだ。

触らぬ神に祟りなし。

そう、触れなければ、それに付帯するトラブルとは無縁でいられるはず。


ちなみに、おじいさんは冒険者ギルドのギルド長で、女の人はその秘書ということだった。

見たまんまでした。


肩までの髪を石鹸で洗って、最後に取り置いていたキレイなお湯で泡を流す。

大きなバスタオルで体を拭いてお風呂終了。


と、思ったら、ドアをノックされた。


慌てて用意してもらっていた服に頭を突っ込む。

足首までの丈の、ベージュ色の素朴なワンピースだった。

腰回りに絞りがないから、丈の長いサックドレスって感じかな。

少し生地が薄いようだけど。


「おねえさん?」


少年の声だ。


「どうぞ、入って」


招き入れると、僅かに躊躇いを見せながら部屋に入ってくる。


「あ、やっぱり」


頭をバスタオルでガシガシ拭いている私を見ながら、少年は予想通りだと呟いた。


「俺も風呂入っていい? お湯が残ってるよね? なんか、俺の方にも用意してもらうのって、悪いかなと思って」


その気持ち分かるわ。


「私の後でいいならどうぞ。キレイなお湯もらってくるから、入ってなよ」


「ありがとう」


ベル一つでメイドさんがお湯を持ってきてくれるのだけど、少年がお風呂に入っている間、ずっと私がいるのも気まずいだろうと思って、席を外すために部屋を出た。


調理場ってどう行くのかな。

きっと一階だよね。


部屋を出て大きな階段を降りて行く。


途中で会った誰かに聞けばいいやと簡単に考えていたのに、あんなに働いている人たちがいるにも関わらず、誰ともすれ違わない。


こんなに誰にも会わないなんて、おかしくない?


部屋を出てから五分ぐらい経ってると思う。


少年、お風呂から出ちゃうよ。

また呆れたように笑われるんだわ。


諦めて部屋でメイドさんを呼ぼうと決心して、部屋への道を戻った。


戻ったはずだったんだけど。


だって、ここどこよ?

どうやって部屋に戻るのよ?


最終的に、どうやら私は人様の家で遭難してしまったらしい。


もう、部屋を出てから十分は越えてるよね(泣)


大体、メイドさんとか、執事さんとか、従僕さんとか、いっぱいいたよね。

なんで誰とも会わないのよ。


内心泣きそうになりながら、無駄に明かりのついた廊下を歩く。


この明かり、魔法だからいいけど、蝋燭だったらコストかかりすぎだよね。

中世ヨーロッパでは蝋燭だった訳だから……。


現実逃避気味に別の事柄に思考を向けていたら、何かな思考の片隅をかする。

今、何か思い出しかけた。


「あああ! そっか、そうだよ! 裏廊下じゃないから誰とも会わないんだ」


そんな所、無駄にヨーロッパ風じゃなくていいのに。


屋敷で働いている人は表廊下を使っちゃダメなんだっけ。

客がいるときは特に。


それじゃあ、このまま彷徨ってたって誰かと会う可能性は低いって事?

調理場はもういいから、部屋への帰りたいんだけど。

誰か助けて。


私の祈りは神様に届いたらしい。


「何をしていらっしゃるんですか?」


背後で私を助けてくれる声が響いた。


イケメンさんだ。イケメンさんだ。イケメンさんだ。


あまりの嬉しさに、自分でも分かるぐらい満面の笑みで答えた。


「部屋に戻れなくなりました。迷子です」


彼は目を瞬いてから、私から視線を外して咳払いした。


部屋まで送ってくれるそうだ。


だったら、ついでに調理場に寄ってくれないかな。

と、考えていたら、口から出ていたらしい。

不思議そうにしながらも、いいですよと応じてくれた。


初対面の印象がそんなに良くなかったんだけど、イケメンさん、実はいい人かも。


調理場に顔を出すと、その場にいた人達にとても驚かれた。

私の後ろにいる人を見て、料理人やメイドさんは更に仰天していた。


彼らにとってイケメンさんは主人で雇い主だもんね。

そんな人が裏方に顔を出したら内心阿鼻叫喚だよね。


悪いことしちゃったかもとは思いつつ、目的のお湯をお願いして、部屋へ向かった。


「許してもらえるとは思いませんが、もう一度謝罪させていただけませんか」


途中で、不意にイケメンさんが立ち止まった。

整った顔が恐ろしく真面目な表情で私を見るので、無意味に心臓がドキドキするじゃないの。


「い、いらないです。謝ってばかりは建設的ではないですよね。許すも何も、お仕事をされていただけですし。正直何を不審に思われたのか未だにわからないのもありますが、もういいんじゃないかなって」


「貴女が届けてくださった手紙には、肉親ではない女性が幼い子供を連れているのを不審に思ったとありました。姉弟と言うには年が離れすぎているのではないかと……その、誘拐の可能性を示唆してあったので」


「え?! 誘拐?」


「彼には失礼ですが、十四才には到底見えないので。それに、二人とも明らかに庶民じゃない」


少年の年齢はともかく、後半に言われたことの意味がわからなかった。


首を傾げる私の手を取り、彼は掌を開かせる。


「手が綺麗すぎます。仕事をしたことのない手だ。彼も同じでしたね。それに、二人とも旅芸人というには臭いがない。頻繁に風呂にでも入っているかのように思えるほど清潔な旅人はいません」


そう告げられて、ショックを受けてしまった。


スパイじゃなくて、誘拐犯だと思われてたってこと?

だから私にだけ敵意があったのか。


少年は保護対象だったってことね。

そりゃ、優しいわよね。


「実際は、彼は幼い子供ではなかったわけですから、貴女はいわれのない疑いをかけられていたということです」


「うーん。実際に旅芸人ではなかったわけだし、怪しいんだろうなとは認識もしていたので、そんな風に見られちゃうのも仕方がなかったのかも。あのですね。私達、スパイみたいに思われてるんじゃないかって考えていたんです」


「諜報員……ですか? それだけはないですよ」


あ、笑った。

固く結ばれているイケメンさんの口元が綻んだ。

こんなに自然な笑みを見たのは初めてかも。

やばい、この人本当に美形だ。


私は胸元に両手を当てて、密かに息を飲む。


「は、犯罪を犯すようには見えても、スパイには見えないってことですか?」


ドギマギしながら、何とか言葉を紡いだ。


「犯罪を犯すようにも見えません。その件は私の不徳の致すところです。……諜報員というのは、目立つようでは務まらないのですよ」


「目立ちますか?」


「変わったデザインで、縫製のきちんとした高級な服装でしたし、見たこともない変わった道具も使ってらっしゃる。目立ちますよね」


イケメンさんがきっぱり言い切る。


確かに、目立つスパイなんてスパイ失格だよね。


「もし私があなた方を何処かの国の間者と疑うならば、貴方ではなく少年を疑います。子供の外見という隠れ蓑は絶大だ。まあ、あの人が身元を保証すると言ってるのですから、私は何か言える立場ではないのですけど」


この人にここまで言わせるカークさんの正体を知りたくない気持ちで一杯だ。

だって、領主のイケメンさんより上の立場っぽいんだよ。

嫌な予感しかしません。


「貴方には」


話が続くイケメンさん。

また謝罪の言葉が出てきそう。


「ほら! こうして一夜の宿を提供していただいてますし、誤解だったのなら、終わったことにしてしまいましょう。こんな話、恵人君に聞かれたら大変なので、もう口にしないということで」


慌てて彼の声を遮って、言葉を被せた。


特に私が疑われたのが彼の童顔が原因なんて知ったら、深く落ち込むか激しく怒り出すかのどっちかだ。


「この話は恵人君には秘密ですよ」


口元に人差し指を立て、私は再度歩き出した。


イケメンさんは追いついてくると、私の提案に同意してくれる。

年齢と背のことを指摘されるのが、一番少年の逆鱗に触れる事を理解できたらしい。


もう、イケメンさんにきつく睨まれることはなかった。

私に向ける視線は穏やかだ。


それはそれで、イケメン度が上がってドキドキするんですけどね。



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