豪邸に泊まりました 2
買い物が終わると、再度冒険者ギルドに顔を出すカークさんについて行った私達は、彼の用事が終わるのを待つ間にギルドの依頼を見ていた。
依頼は入ってすぐの掲示板にランクごとに分かれて掲示されている。
ランクは依頼の難易度の目安であって、絶対ではない。
でも、例えばGランクの駆け出し冒険者がいきなりBランクの依頼を受けることはできないそうだ。
自分の実力を見誤る血の気の多い冒険者の生命の安全対策に、自分より一つ上の依頼しか受けられないようになっている。
ただし、Cランク以上に関してはその制限がなくなるらしい。
Cランクの実力があれば驕りがあっても、リスク管理は本人達の能力の一つだと考えられているそうだ。
今の私達なら、Fランクまでの受けたい依頼の番号を受付で申し込むと、依頼を受けたということになるらしい。
条件をクリアし、受付に報告すると依頼完了となり、報酬を受け取ることができる。
この辺りはRPGゲームなどで良くある依頼請負型冒険者ギルドと同じだ。
内容はモンスター退治から、失せ物探しまで、果ては事務仕事まである。
冒険者ギルドと言うより、人材派遣会社みたいな感じだ。
先程、モンスター退治前提は嫌だと主張しても聞いてもらえなかった理由が理解できた。
低ランクの間はモンスター退治以外の仕事の方が圧倒的に多いからだ。
依頼内容と一緒に表記されている報酬に関しては、単発の依頼に関してはスズメの涙のようなものだ。
これは数をこなさなければ生活していくのも大変だろう。
反対に、一ヶ月単位で時間が拘束される継続型の依頼に関しての完了時の報酬は魅力的なものが多い。
不人気ってことなんだろう。
ま、そうか。
冒険者にわざわざなるような人が事務や売り子などの仕事をしたがる訳ないもんね。
「やっぱ、GFランクだとお使いレベルの依頼しかないなあ。ランク上げの定番としては薬草の納入からかな」
やる気満々の少年の呟きが、またもや不穏だ。
ランク上げって、何でしょうね。
「こっちのハウザー商会の依頼は報酬多いけど、こういうのはダメなの?」
私の指摘に、少年はその依頼内容を見て首を振った。
「いつ日本に帰るか分かんねえし、長期拘束の仕事は避けた方が良くない?」
なるほど。一理ある。
依頼途中で帰ったら契約不履行になるだけではなく、依頼主とギルドに迷惑かける可能性があるか。
となると、単発の単価の低い依頼を積み重ねる訳ね。
「Dランクまで上がれば、依頼内容も報酬もそれなりになるみたいだ。そこまでは我慢だな」
それなりの依頼内容って何かな。
Dランク以上の掲示板を見て後悔する。
ほとんどが、魔物討伐依頼だったからだ。
そうよね、ずっと言ってるもんね。
やっぱり君が目指すのはそこなのね。
リスクがある分、確かに報酬は良い。
でも、そこに至るまではまだまだ時間が必要なようなのでひとまず安心した私は、残念がる少年に無情の言葉をかけてあげた。
「明日からしばらくは、お決まりの失せ物探しや薬草探しね」
「まあ、それもテンプレか……でも、テンプレといえば、冒険者ギルドに登録した直後にガラの悪い冒険者に絡まれたっていいのに。初日にギルドで騒動ってのは華麗にスルーなんだもんな」
「絡まれたかったの?」
「ほら、お約束ってあるじゃん? 初心者冒険者が女連れで粋がってるって、ベテラン冒険者にいちゃもんつけられるのはそういうお約束の一つだし」
何でそんな面倒なこと望むかな。
「期待してる訳じゃねえよ? せっかくの異世界召喚だから、満喫したいなんてそんなに思ってないから」
思ってるところ言わせてもらうと、只者ではないカークさんと一緒にいる私達に因縁つけてくるほどの勇者はいないと思われる。
更には連れてる女性が私なので、それを見て粋がってるなんて考える男性はいないと断言できる。
ごめんね、可愛い女の子じゃなくて。
この二点から、確実に少年の求めるものは与えられないと予言してあげよう。
そんなやりとりをしていると、突然腕を掴まれた。
少年から声が洩れる。
びっくりして振り返ると、そこには例のイケメン兵士がいた。
「冒険者になったのか。やはり旅芸人というのは嘘だったな」
落ち着いた低い声が響く。
一瞬、何が起こっているのか理解ができなくてリアクションできなかった。
「手を放せよおっさん! おねえさんはもう身元不明者じゃないんだろ? 」
少年が私を掴んでいる兵士の手を振り払い、前に回り込んで守るように間に立った。
「……危害を加えるつもりはない」
男の言葉など聞くまでもないといった様子で、少年は私の手を握った。
「信用できるかよ! 行こう、おねえさん」
彼の剣幕に、イケメンさんは目を見開く。
少年に拒絶されるとは、考えもしていなかったのだろう。
「うーん、話を聞くぐらいはいいんじゃないかと」
先程、後で話を聞きに来るみたいなこと言ってたし、カークさんもそれについて拒否していなかったし。
「よくない。おねえさん、飛竜が出る前のこと、都合よく忘れすぎ」
「恵人君、大丈夫だよ。今なら何かあったらカークさんいるんだし」
この建物内のどこかにいるはずだ。
しかし、何で彼はイケメン兵士さんをこんなに嫌っているんだろう。
その疑問にはすぐに答えが出た。
「わかった。でも、一つ条件がある。おっさん、俺がチビだからって子ども扱いをするな。これでも十四歳だ」
イケメンさんを睨んで、少年がそう宣言した。
そういや、この人の少年に対する態度って、小さな子どもに対する態度だった。
十歳以下に見えてるんじゃないかって感じたぐらいだ。
実際、少年が年齢を告げると彼は物凄く驚いていた。
つまり、本人は無意識に少年の地雷を踏みまくっていた訳で。
恵人君って結構早くからイケメンさんをおっさん呼びだったしな。
初めから幼く見られて腹を立ててたのか。
今更ながら気づいたよ、おねえさんは。
元々幼く見えたり背が低いのにコンプレックスを感じているのに、跳ばされた異世界の住民が人種的に長身なんだもんな。
劣等感が刺激されまくりだよね。
逆に私は体が大きいのが目立たないみたいだ。
こちらは女性も日本より大きい。
日本ではごついと言われてしまうこの私が小さめに見えるのだ。
肥満とはいえ小太りという表現よりも、がっしり大柄と言った方が適切な体型だし、ここにいると自分は普通だと錯覚してしまう。
いや、体重は理想体重を大きく上回っているから、おデブさんはおデブさんなんだけども。
自虐的な私のネタはどうでもいいんだ。
少年がイケメンさんを嫌ってて、一触触発みたいな雰囲気を醸し出し出るって事だ。
あれ?
これって、ちょっとさっき少年が言ってた「初日のギルドで騒動」に近くない?
相手はベテランでも、冒険者でもないけども。
恵人君には悪いけど、冒険者初日から騒動はやめてほしい。
カークさん、早く戻ってくれないかな。
内心で助けを求めながら、少年の背後からイケメンさんを窺い見る。
彼は少し戸惑った様子で私たちを見ていたが、徐ろに頭を下げてきた。
「色々申し訳なかった」