冒険者さんと出会いました 7
説明回です。
冒険者ギルドへと場所を移した私達。
そう、お約束のように冒険者ギルドがあり、これまたお約束のようにギルドの一階に酒場が併設されているのである。
私達は、只者ではないらしい冒険者風の男の前でご飯を食べていた。
時間が早いせいなのか、それとも先程のワイバーン騒動の影響なのか、ギルドは閑散としていて、職員以外の人がほとんどいなかった。
それは酒場も同様だった。
「この世界で知っている人間は非常に少なく、各国の機密事項に当たる事柄がある。それがお前達だと推測したんだがな。いわゆる女神のギフトってやつだ」
私と少年は口に入ったものを咀嚼しながら、キョトンとした顔で互いを見た。
「話してる言語が違うにも関わらず、意思の疎通ができるってのが、一つ目の特徴だな。さっき嬢ちゃんが俺に『ありがとう』って口にしたが、ありがとうとは口の動きが違った。そんな口の動きをする感謝の言葉を持った言語は、俺の知る限りこの世界にはない。つまり、嬢ちゃんは違う世界からの客人だと判断した」
男の言い方があまりにも軽かったので、初めはこの世界では珍しい事象ではないのだと思った。
「他の世界から来る人って、そんなに多いのですか?」
「ん? 多くはないぞ。数年に一度、違う世界と繋がる場所と瞬間があってな。その瞬間を女神の時と神殿は呼んでいるんだか、女神の時に合わせてその場所で特殊な魔法を使うことで、生き物が界を渡って来るんだと。ただ、成功率は低くてな。そもそも、繋がった場所に人が居なければ呼ぶことができんしな。俺も実際に見たのはお前らが初めてだ」
何気に今の説明的セリフには重要な部分が幾つかあったような。
私はもう一度頭の中で反芻する。
その間に、少年が話を続けた。
「成功率が低いなら、何でわざわざ召喚魔法なんて使うんだ?」
「理由はわからないが、世界を渡ってきた人間は変わった力が備わっていることが多い。それが女神のギフトって言われる所以だ」
「知らない言語がわかるみたいな?」
「それも能力の一つだろうな。後は、ボウズ、この世界に来てから身体能力が上がってないか? お前ぐらいの子供が飛竜を相手にできる力があるのはこの世界では異常な事なんだがな」
少年が素直に頷いた。
あんなこと、日本の中学生でも異常だ。
「つまり、万が一召喚が成功し、強大な力を得た召喚された者を飼い馴らすことができれば、絶大な恩恵を受ける場合があるということだ」
「飼い慣らす? あんまいい言葉じゃないね」
「俺がいい印象を持ってないからな。我が国はここ三百年ほど召喚が成功していないが、他国では成功の話を聞く。中には人として褒められないことをしている国もある。いや、どの国でも似たり寄ったりだな。体のいい奴隷だ」
「ちょっと待ってください。それって、簡単に手放したりしないってことですよね」
話の進む先が、私達にとって不都合な事柄だと気付いた。
私は考えながら言葉を綴る。
「そもそも、今まで、自分の世界に戻った人はいるんですか?」
少年がハッとして私を見た。
そうなのだ。
今の話、幾つか看過できない事があった。
召喚時に自然現象に合わせて魔法を使うということは、帰る時も同じ条件でないといけないのではないだろうか。
彼は女神の時が数年に一度と言った。
つまり、どれだけ上手くいっても、明日明後日に帰ることは不可能ということだ。
更には、繋がる先が毎回同じだとも言ってない。
それどころか、毎回異なるのではないかと思わせる説明があった。
では、あの横断歩道に繋がる可能性は限りなくゼロだ。
大体、繋がる先が地球とは限らないのではないだろうか。
そして、成功率の低い儀式をわざわざ行う意味が召喚された者の能力にあるのなら、帰るための儀式をしてくれるだろうか。
「想像だがな。おそらく、いない」
言いづらそうに、それでも正直に男は答えてくれた。
それを聞いて、少年が眉をひそめる。
「おっさん。……あんたは俺たちに何をさせたいんだ? 今までの話だと、異世界人ってのは国のいいように使われる道具ってことだろ?」
「お前ら、俺に拾われて運がいいと思うがな。俺は面倒ごとには関わり合いたくねえが、しばらくの間は、女神の残り香目当ての魔物がお前らに近寄って来るかもしれんから一緒にいてやる。後はお前らの好きにすればいい」
何やら物騒な事を指摘されてないかな?
女神の残り香って何よ。
そういえば、魔力の残滓に惹かれて魔物が集まって来るとかなんとか村に派遣されていた兵士が口にしていた気がする。
女神の残り香と魔力の残滓って同じもの?
私達に近づくってどういうこと?
そこまで思考して、はたと浮かんだ答えがある。
「もしかして、さっき私がモンスターに捕まったのって、私自身が美味しそうってことじゃなくて、その女神の残り香ってやつのせいってこと?」
「美味しそうって、そんなこと考えてたのか」
クックックッて、男が喉の奥で笑った。
「だって、あそこにいた五人の中で、私が一番脂が乗ってて柔らかそうだったから……自分の運動不足と節制不足で狙われるなら、自業自得かと」
「おねえさん、何言っちゃってんの」
少年の呆れた様子はそろそろ見慣れて来たぞ。
「柔らかそうってのは、まあ、同意するけどな」
男が私の胸元をじろじろ見ながら呟く。
肥満体型故に、胸に恐ろしいほど脂肪がある私は、日本人離れしたFカップだ。
「そ、そこは食べても美味しくありません!」
そっち方向の話題はやめて。
彼氏いない歴が年齢の私にはついていけないから!
うまい切り返しとかもできないから!
頰が熱くなるのが分かる。
二十五歳にもなってこの程度で赤くなる私もどうかと思うけど、こればかりは仕方がない。
話の方向を元に戻そうと、私は必死に口を開いた。
「えっと、じゃ、じゃあ、女神の残り香ってのがあると、モンスターに襲われるって事ですか?」
「襲われるというより、集まってくる。だそうだ」
「儀式の時の魔力の残滓を求めてあの変な丘の周辺には魔物が集まるから、街道が通行止めだったって聞いたけど。魔力の残滓と女神の残り香は同じもの?」
少年が腑に落ちないといった様子で首を傾げた。
「まあ、ものとしては異なるが、現象は同じだ」
「俺達、モンスターに襲われたのは、さっきの飛竜が初めてなんだけど、何でこの街に入るまで遭遇すらしなかったのかな」
あ、少年が飛竜って言ってる。
やっぱりワイバーンとは訳されていないんだ。
異なる生物だからかな?
「そりゃ、俺達冒険者と各村や町に配置された軍の昨夜の成果だろうが。魔力の残滓は半日ほどで四散するからな。明け方には周辺の魔物は掃討済みだ。飛竜は予想外のオマケだな」
不意に脳裏に浮かんだのは、朝方に見た村の周囲にいくつもあったシミのようなものだった。
あの時は特に何も考えなかったのだけど、あれはモンスターとの戦闘の跡だった訳だ。
「女神の残り香ってのは、半日ではなくならないってことか。現象は同じでも異なるって、そういうこと?」
ポツリと少年が呟いた。
「魔力の残滓は、名前の通り魔力そのものだからな。魔物はその力を得るために集まってくる。女神の残り香ってのは、実際のところよくわからん。女神のギフトがこの世界に馴染むまで身に纏っていて、近くにいると魔物にはそれが分かるんだそうだ。魔力の残滓程広範囲に知覚できるものではないから、余程近づいていないと分からないものらしい。何で、魔物が女神の残り香に惹かれるのかも不明だしな」
男の説明を理解できない私がいる。
隣で少年は口をへの字にしていた。
「さっきの飛竜は?」
問われて、男は少し考えて答える。
「魔力の残滓に惹かれてやってきたものの、すでに残滓はなくて気が立ってて街まで侵入したところ、近くにあった女神の残り香を発見したってところかな。ありゃ、壁外で対応しきれなかった守備隊のミスだ。まさかこんな所で飛竜を見るとは誰も想像できなかっただろうがな」
「……これからも同じことが起こるって事ですよね」
「ないとは言わんが……どちらかと言えば、今回は運が悪かったってやつだと思うがな。元々飛竜は山岳地帯に生息する魔物で、こんな平地に現れるのは初めてだ。通常は街にいれば安全だ」
「それって、街から出るのは危険だって言ってるんだよな、おっさん」
「自分達で身が守れるようになるまではな」
自分の身を自分で守るのは女神の残り香云々は関係なく、地球ではないこの世界では当然の事なのかもしれない。
そう考えて、冒険者の男を見る。
彼は何故か疲れたように前髪をかきあげ、深く嘆息していた。
「そもそも、女神のギフトがこんな所で国の庇護もなくブラブラしてるのはおかしいんだ」
私も少年も男の言いたいことは理解できた。
異世界人がこの世界に来るには、この世界の人に召喚されないといけない。
そして、召喚されれば召喚した人達から逃げられないのが通常なのだ。
そういう意味では、私達はイレギュラーだ。
「たぶん、召喚した人数が多くて、把握出来てなかったんじゃないでしょうか」
私の答えに、少年が思い出したように口を開く。
「そういえば、あの時横断歩道にいた人間が全員召喚されていれば何人なんだ? 俺、急いでたから周り見てなかった」
「えーと、女子高校生と男子高校生の集団が渡っていたのよね。最低でも六人はいたかな。私達入れて八人以上ってとこかな」
昨日の記憶を辿りながら、考える。
女の子も男の子も三人以上の集団だった。
男子高校生の方はもう少しいたような気がする。
私達の話を聞きながら目を見開いた男は余程驚いたのか、わずかに絶句してから、絞り出すように言葉を紡いだ。
「……最低でも八人。それほど多く召喚した例は初めて聞いた」
「俺達の世界側の繋がった場所が駅近くの交差点の上、帰宅時間に重なってたからだ。もし渋谷のスクランブル交差点なんかに繋がってたら、どっちの世界も大騒ぎだよな」
渋谷のスクランブル交差点を持ってくる少年の発想に、私は思わず笑ってしまった。
交差点繋がりってことなんだろう。
もちろん、こっちの世界の人には何の事かわからない。
「くそっ、一度王宮に顔を出しておくべきか……」
冒険者の男は、冒険者らしくない呟きを洩らした。
先程のイケメン兵士さん共々、明らかに支配者階級の匂いがする。
面倒ごとはごめんだと言ったのは冒険者の男だけれど、私も心底それに同意する。
だから、冒険者のおにいさん、あなたが私達に厄介ごとを持ってくるのもやめてくださいね。