冒険者さんと出会いました 6
あの冒険者風の男の人が咄嗟に対処してくれていなかったら、地面に叩きつけられて私にとっての大惨事になっていたのは確かで、そこに関しては大いに反省して次に活かしていただきたい。
でも、私にとっての次の機会はナシの方向で。
モンスターに捕まるなんて絶体絶命のピンチは人生一度で十分です。
冒険譚を望む少年には悪いけど、山なし谷なしオチなしの、まったり緩やかな異世界生活を願います。
んでもって、さっさと日本に帰りたい。
今は会社は一週間休みになってるからとりあえずは問題ないとしても、帰るはずの私が実家に帰らず連絡も取れないってなると、あと数日もすれば失踪扱いになっちゃうよ。
少年だって、一日経ってるんだから誘拐事件になっててもおかしくない。
いや、中学生の少年に関してはおそらく事件扱いになっているだろう。
それらはあえて深く考えてこなかった事柄で、帰る方法が分からない今は考えてもどうしようもないことでもある。
取り敢えずは、二人で無事に日本に帰るという最低必要条件だけ認識しておくべきだと思うから。
なので、こんな所で命を落としたり、大きな怪我をする訳にいかないし、そうなる可能性のある出来事には近づきたくないのです。
私の考えに少年が同意できないとしても、私に悪い事をしたと思っている今なら無茶をしないだろう。
「助けられなきゃならない状況にはなりたくないけど、次回はスマートに助けてもらえると嬉しいかな」
「そうする。あのおじさんみたいにだね」
って少年が言ったから、思わず咳き込んでしまった。
おじさんって、冒険者風の男の人だよね。
あの人も、大概人外だと思う。
ほら、今だって、ボロボロのワイバーンの高度が下がった背に飛び乗って、羽を毟り取ってるし。
明らかに人の技じゃないよ。
これを目指すのは、どうなんだろう。
逃げなきゃいけないのに、ついつい戦いを観察してしまうのは許して。
建物の中に逃げると言っても、無闇に他人の敷地に入るのはやはり抵抗が大きい。
それに、ここまでモンスターが弱っていれば、もう大丈夫だよね。
先程から、建物の中から怖いもの見たさで顔を覗かせている観客がいるし。
ずっと外を伺っていたのかもしれないが、少し前から隠れる気のない人々が増えている。
私と同じように、勝負は決まったと考えているのだろう。
羽を失って飛べなくなったモンスターは、地上で待ち構えるおじいさんの剣の餌食である。
それでも、その肉体のサイズのせいか、絶命するまでに多少時間がかかっているようだ。
ワイバーンが街中に狙いを定めてからどれぐらいの時間が経っていたのだろう。
いつの間にか、広場には兵士や冒険者風の人達が集まっていた。
もちろん、ただの町人のような戦えない人は建物から様子を伺っているだけだけど。
「おねえさん、ここから離れなきゃ」
少年が私の袖を引っ張りながら囁いた。
その集まってきた人達の中に、先程の栗色の髪のイケメン兵士さんがいるのを発見してしまったのだ。
私は強張ってしまう頰を自覚しながら、視線をそらさないでイケメンさんが部下らしき誰かに話しかけようとしているのを見たまま、そっと後ずさった。
こちらに気づかずに会話すればいいと祈ったし、その未来を予想していたのだ。
私も少年も。
その時の私には嫌な予感があった。
こういう時のヤバイと感じる勘って、何故か外れてくれないものなのだ。
不意にイケメンさんの視線がこちらを向く。
まだ逃げきれていない私は、優しそうな瞳と目が合ってしまった。
それが、私達を認識した途端、険しい表情になってきつい眼差しで睨んでくる。
「ごめん、目が合った」
「誰と?」
後ずさりながら漏らした言葉に、少年が怪訝げに聞き返してくる。
「私達を軟禁してた、イケメン兵士さん」
くるりと追跡者に背を向けると同時に答えると、少年が厳しい声で私を叱咤してきた。
「おねえさん、ほんと迂闊すぎ!」
ううう。否定できないし。
背後なんて構ってられる状況ではない私達は、即座に駆け出していた。
そんな私達の前に立ちふさがって逃げ道を潰してくれたのは、結果的に命の恩人になってくれた冒険者風の男だった。
「さっき飛竜に捕まってた嬢ちゃんと玉をぶつけてた坊主だよな」
今度はピンチに陥れられようとしているけども。
ちらりと背後を見ると、やっぱりイケメンさんが近づいている。
「すみません、今は急いでるので」
男の脇を通り抜けようとして、腕を掴まれた。
それに気づいた少年が、私を捕まえている男の腕を掴む。
「おっさん、何してんだよ」
「ふむ」
少年の態度を見て、何が楽しいのか、笑いを含んだ表情で掴んでいる私の腕を肩より上に上げた。
必然的に、男の腕を掴んでいた少年の腕も上がる。
一連の動作の末、背の低い少年は男の腕にぶら下がる形になってしまった。
あまりの可愛さに、私は思わず小さく吹き出してしまった。
直後に失敗したと思ったけれど、もう遅い。
「何がおかしいんだよ! くそ、おっさん、おねえさんから手を離せよ!」
真っ赤になって怒りながらも、男の腕を離さずに蹴りを入れようと足を上げる根性は流石である。
恥ずかしいという感情よりも私の安全を優先してくれている少年の気持ちが嬉しかった。
笑ってしまったことに若干の罪悪感を感じたけれど、ぶら下がっている姿が可愛いと思ってしまうのは仕方がないよね。
「警備隊に追われているのか? お前ら何をしたんだ」
少年の足での攻撃を軽くいなして、笑いながら私の腕を離した男の人は、ちらりとイケメン兵士さんに視線をやった。
「何もしてねえよ」
「何もしていません」
私と少年の声が被る。
男は自分のボサボサで長い前髪をかき上げ、何かを見定めるかのように僅かに目を細めて私を見てきた。
こんな時だけど、彼は推測したよりも若くてハンサムなんじゃないだろうか。
ボサボサの頭と、伸び放題の無精髭を整えれば、随分雰囲気が変わりそうだ。
更には、こちらに向けてくる彼の真っ青な瞳にどきりとしてしまう私がいる。
濃茶の瞳以外をこんなに間近で見たのは人生初めてだった。
「ま、そうだろうな。なんとなく状況は判った。……お前たちは俺が預ろう」
一人で納得した男は右手を私の肩に、左手を少年の頭に置いて、イケメン兵士さんに向き直った。
「ち、ちょっと待ってください」
「おっさん、何寝ぼけたこと言ってんだ! 離せってばよ!」
私達の抗議など何処吹く風だ。
追いついたイケメンさんが冒険者風の男を見て驚いていたが、すぐに真顔になって口を開いた。
「彼女は身元不明で、現在私が保護しております。引き渡してください」
保護? 監視の間違いじゃないの?
つい、ぼそりと呟いてしまった。
ギロリとイケメンさんに睨まれたけれど、あえて視線を受けてみた。
ちょびっと怖かったけど、負けちゃいけない気がしたから。
「今の俺が預かるって言葉、聞こえてたはずだぜ?」
私を援護するように発された威圧的な声に、イケメンさんが僅かに強張る。
しかし次の瞬間には両肩を引いて、真っ直ぐ男を見据えた。
「ここは私の街です。あなたの好きにはできないはずです」
「街はな。この二人に関してはそうじゃないだろう。
お前が言ったんだ、身元不明だとな。つまり、お前の領民ではないということだ。なら、俺が身元を保証する。問題はないだろう?」
ナイス揚げ足取りだ。
イケメン兵士は諦めた様子で息を吐く。
「後で話を聞きに行きますよ」
捨て台詞のように残して、彼は私達に背を向けた。
というか、今の会話から察するに、彼はただの守備隊の兵士ではないらしい。
更には、冒険者風の男の方も只者ではないらしい。
地雷臭がぷんぷんする。
少年の期待通りの展開になってるような気がしてならないんだけど。