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冒険者さんと出会いました 5

逃げ遅れている少年が見えた。

私が捕まってしまい、優しい彼は見捨てて逃げることができなかったのだろう。

気にはなりつつも、それどころではなくて、私は私を助けてくれるだろうはずの人達に視線を向ける。


彼らはモンスターを倒す事は諦めていなかったが、私がいるせいで上手く攻撃できないようだった。

特に女の人は明らかに魔法を放つ事を躊躇していた。


こうなるともうね、神様に祈るしかないと思うのよ。


我に返った時に、手の届く範囲のものを殴ったり、引っ掻いたり、噛み付いたりしてみたけれど、傷一つつかないし、私の手や爪や歯にダメージを受けそうだった。


こんな大きな生き物相手に私にできることなんてないし、戦闘力がありそうなこの世界の三人に頼っても成果がないなら、諦めながら神に縋るのが追い詰められた人間の心理ってものだ。


信心深いわけではないけれど、毎年新年には初詣に行くし、大晦日は近所の寺に除夜の鐘を打ちに行くし、クリスマスにはお祝いする。

全部年末年始だな。なんてつっこみはなしで。


神様仏様、天は自ら助くる者を助くとか、人事を尽くして天命を待つなんて意地悪言わないで、今すぐ助けてください。


パニックを起こしながら、そんな風に祈ってみたものの、助けてくれるのは同じ人間しかいないって事は悲しいくらいにわかってるのよ。


その時、視界の隅で少年が動いたのがわかった。


次の瞬間、体に大きな衝撃が伝わりモンスターの悲鳴が聞こえて来たと思ったら、私の体は支える物なく空中に放り出される。

ワイバーンの指が開いて、私から足が離れたことは理解できた。


ふわっとした浮遊感の後に訪れる落下。


「うぎゃゃゃゃゃぁぁぁぁ」


訳が分からずに、とにかく絶叫しながら落ちていた私を助けてくれたのは、冒険者風の男の人だった。


いつの間にか彼の腕に抱えられて、ゆっくり地面に下ろされる。


「ありがとうございます」


無意識にお礼の言葉と共にお辞儀が出るのは日本人ならではなのかな。

男の人は一瞬対応に困ったようだった。

でも、すぐに頷いてモンスターの方へと向かって行く。


私を巻き込む心配がなくなったためだろう、頭上で女の人の魔法が炸裂してダメージを与えている。

高度の下がったモンスターの片足を、おじいさんが切り落とした。

更にはさっきの男の人が暴れるモンスターの蛇のような胴体を深くえぐる。


そして、私の近くではサッカーボールが落ちて来て大きくバウンドしていた。


ん?

サッカーボール?


改めて今起こった事柄を思い出してみる。


目の端に映った少年が、持っていたサッカーボールを蹴り上げたのは見えた。


その直後にモンスターの悲鳴と振動がきて、大きなモンスターの顔に当たって跳ね返ったボールが私と共に地面に落ちていった。


って、君は江◯川コ◯ンか?!

サッカーボールでモンスター退治とか、意味わかんないんだけど!

この世界、どんだけサッカー万能なんだ?!


色々突っ込みどころが満載で、何から驚けばいいのか悩んでしまうよ。

大体、それをした当人が一番驚いているように見えるし。


少年は身動きせずに、跳ねるボールを凝視していた。

表情は結果に茫然自失ってところだ。


あえて問いたい。

何故サッカーボールで巨大なモンスターへ立ち向かおうとしたんだ、君は。


そんな、助けた方と助けられた方の常識やら物理法則やらへの葛藤は、この世界の人達にとっては関係ない訳で、少年の行為に驚きはしたものの、彼らには私達ほどの衝撃はないらしい。

彼ら自身が私達にとっては規格外な存在だし、そんな彼らからすれば規格外な少年がいた所で常識の範囲内なのかもしれないけれど。


私は動きが小さくなったサッカーボールに手を伸ばして思わず胸に抱えた。


よく使い込まれたボールだったけど、大きな瑕疵はないし、空気漏れもない。

先程のモンスターへの衝撃に耐えうるボールということだけで、普通じゃないと思った。

そして、普通じゃないのは、おそらくボールだけではない。


私はボールを抱えたまま、少年の元に走った。


思い当たる節はあった。


さすがサッカー少年と思うには、少しばかり年齢離れしているように感じる腕力や体力。


本人も何度か口にしていた。

昨日から調子がいいという言葉。

正確には昨日からではなく、この世界に来てから、なのではないかと思う。


言語翻訳の能力と同様、この世界に来る事で少年の身体に何らかの作用があって、化け物じみた力が身についてしまったのではないかと推察できた。


こんな事、聡い君ならもう理解しているよね。


ボールを手渡しながら、私は少年の顔を見た。


「おねえさん、俺の体、なんかおかしいし」


「うん。分かってる」


「俺、あのワイバーン倒せると思う」


毒気を抜かれたような口調と表情だった。

視線の先は、暴れるモンスターと戦う三人だ。

どこか現実味の薄い様子に、私は不安を覚える。


今日の朝だってモンスターが出てこない事を不満がっていたし、私と違って波乱万丈の冒険譚を望んでいた少年だ、放って置くとそのまま戦いに参加するに違いない。


「ダメだよ。調子に乗らないって、約束したよね」


思いの外きつい声が出てしまった。


だからなのか、少年がはっと我に返った顔で私に目を向ける。


「助けてくれたのはありがとう。でも、それで君が傷つくのは嫌だからね。私達は怪我ひとつなく、元気に日本に帰るんだから。それに、ちゃんとこの世界の大人が対応していて、今は君の助けを必要としていない。だから、この世界の人間じゃない君がわざわざ介入する必要はないよ」


強い調子で言うと、少年が僅かに逡巡した後で同意して頷いた。


「おねえさんは? 怪我はない? あんな高さから落ちたら怪我するよな。俺、考えなしだった」


しゅんとする仕草が可愛すぎる。


男前な中学生だなあと感心してしまう事も多々あるけれど、こんな感じに小さくなると可愛さに悶えそうになる。


いえ、私には小さい異性が好きというような、その手の趣向はないですよ。



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