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召喚されました? 1

アスファルトの上をガラガラ鳴らしてキャリーバックを引っ張りながら駅への道を歩く。


キャッキャとはしゃぐ女子高生や馬鹿話で笑い合う男子高生の集団が横断歩道を渡っているのを見て、若いなあと思わず思ってしまう私は、二十歳半ばにしてちょっと疲れているのかもしれない。


若いのがいいとは思わないけど、元気なところは微笑ましいと感じる。


この近くの高校の子達だよね。

分厚いコートやジャケットの下に見える制服と鞄がみんな同じだし。


私と同じ方向へ渡っているのを見ると、駅へ向かう集団のようだ。


チラリと左腕の時計を見ると午後4時半を過ぎた頃。

明らかに下校中である。

そろそろ辺りは暗くなってくる時間帯だった。


のんびり高校生の集団を観察していたら、信号が点滅し出したので慌てて駆け出す私。その横を、前方から来た自転車に乗った中学生ぐらいの男の子が猛スピードで通り過ぎていく。


よくある光景だった。

今、この時までは。


何が起こったのか、その瞬間に理解できた人間がいただろうか。


だって、それは瞬きの間だったから。


青信号の点滅に、慌てて横断歩道を走り出した私の瞬きの間。

駆け出す私が目を瞑って開いたその時。

周囲は石柱に囲まれていた。


錯覚か何かだと思って、幾度も瞬きを繰り返す。


けれど、渡っていたはずの横断歩道も信号もどこにも見えなくて、アスファルトの道路もコンクリートの建物もなかった。


足元には草の絨毯。

小高い丘の上、私達を囲むストーンヘンジのような巨大な石柱群。

まるで、映画か何かのワンシーンのような風景が広がっていた。


「何、ここ」

「信号とか、建物とか、どこいったんだ?」

「ゆめ、なんか見てないよね」


我に返った学生が次々と口を開く。

私は背後で聞こえた自転車が転んだような音が気になって、振り返った。さっきの中学生だろう。


飛ばしてたもんね、そうなるよね。

放って置く訳にもいかないよ。


ここにいる中で、明らかに私だけが成人した大人だった。

だったら、一番年下であろう中学生を気に留めるのは私の役割のはず。


混乱する高校生を横目に、中学生の元へ走った。


私たちの周りを円形に並んでいた石柱を越えると、外側は下り坂になっていた。

石柱円は小さな丘の頂上に作られているらしい。


下っていった先には引っくり返ったまま、クルクル後輪を回している自転車がある。

更にその向こう側に倒れている足が見えた。

上半身は草むらに隠れていたが、さっきの中学生に間違いない。


何やら丘の上が騒がしくなった気がしたけども、それどころではないと、急いで坂を下りた。


「ねえ、君、大丈夫? 怪我はない」


足を引っ張って中学生を草むらから助け出す。

対応が雑なのはこの際ツッコまないで。


少年が頭を振りながら上半身を起こした。

あ、なんか平気そう。

簡単に全身の観察をしたところ、目で見て分かるような裂傷は見当たらなかった。


「いってえ!なんだってんだよ」


「うん。そうだよね。そう思うよね」


同意しながらうんうんと頷く私に、少年は怪訝な顔をした。


「おばさん誰?」


ピシッと、こめかみの血管が浮き出たのは、気のせいだ。


そりゃ、ちょっと太ってて外見老けてるし、二十五歳なんて中学生にすればおばさんかもしれないけどさ。


「いてててて! 何すんだよ!」


無意識の内に、少年のこみかみをグリグリしていたらしい。


「おねえさんで! おねえさんでお願いします!」


「痛いって! おねえさん!」


ぱっと手を離すと、彼は安心したように息を吐き出した。


「なんで俺、こんなとこで知らないおば……おねえさんとコントみたいなことやってんの?」


何ででしょうね。

私も知りたいです。


「ねえ、さっき豪快に転倒したみたいだけど、怪我してない? 歩ける? 病院とか必要そう?」


少年は立ち上がると、その場で駆け足したり、飛んでみたり、体を曲げてストレッチのようなことを繰り返してから、尋ねた私を振り返った。


「うん、大丈夫みたい」


「良かった。ここだと救急車が呼べるか不安だし」


そう言うと、彼は私を凝視して変な顔をした。


「おねえさんって、天然? 今、救急車うんぬんってレベルの話じゃないよね、多分。これって、ラノベとかである異世界召喚ってやつじゃないの?」


「……」


「熱計んなよ! おかしな事言ってるつもりはないし、冗談でもない!」


額へ当てた手を払い退けられたと思ったら、彼が手を差し出してきた。


「こういうのは状況把握をまずしなきゃ。他の人の所に戻ろう」


おお!

紳士な中学生である。


「ありがとう」


お礼を言って彼の手を取り、意外と急な丘を登っていった。

丘を下るのは簡単だったけど、登るのはなかなか骨が折れる。

肥満気味で、最近全く運動をしていない私には堪えるよお。

対照的に、少年の足元は軽やかだった。私を引っ張ってくれているというのに。


そろそろ頂上が見える位置まで登った時だ。

私たちの耳に、丘の上で交わされている会話が聞こえてきた。


「ここで立ち話を続けるのではなく、一度落ち着いてから続きの話を致しましょう。皆様を王宮へお連れ致します。魔方陣から出ないようお気をつけください」


女性の凜とした声が終わったと同時に、丘の上が白く光った。


「魔法陣から出るなって言ってた。なんか、嫌な予感がする。おば……おねえさん、急いで」


少年に急かされて、慌てて丘を登りきる。

そこにいる高校生たちを求めて。

いや、いたはずの高校生たち。


私はストーンヘンジらしきものの中心に立って目を丸くした。


丘の上には人っ子一人いやしなかった。



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