9.
オレンジジュースの缶をくわえながら病院から戻ってきた第四班班長は、病院前の階段で待ち受けていた村上清蘭の姿を認めると、すこし虚を突かれてように目を見開いた。
足下で一礼する彼女に歩み寄ると、気まずそうとオレンジジュースを飲み干して、傍らの自販機そばのゴミ箱にシュートする。
「どうしてここに?」
「第五班の司馬大悟班長からうかがいまして」
「あいつめ……」
司馬大悟は、統括本部でもある第一班の早瀬須雲班長の補佐も兼任している。事実上の『ハウンド・ドッグ』のナンバー2だ。
そのためあらゆる事情に精通しているし、この錫日照慈を第四班長に抜擢、推薦したのは彼だ。
だが、この世のありとあらゆるものを嘲弄するかのような陰険な性格は、推薦された本人どころか、上司である須雲からも忌み嫌われている。だが、部下からはやたらと人望があるし、卓越した指揮能力と、湯水のように湧き出す悪知恵……もとい智謀は評価されている。
「それより、『どうしてここに?』は、こちらのセリフでもありますが……」
「入院中のお宅らの班長に、報告と見舞いをな。それと、事件の背景を聴くために別室の『シルバー・ウィスパー』を訪問したが、そちらは門前払いを食らった」
「どちらにせよ、私を通していただかないと」
「申し訳ない」
苦く笑ったのも一瞬のこと、顔を引き締めて錫日照慈はあらためてたずねた。
「では、経緯はともかく用件のほうを聞こうか。……どうして、ここに来たのかな?」
「まず、第三班の班長代行を錫日班長が兼任されることが、決定しました。須雲さん……いえ、早瀬班長じきじきの辞令です」
「承知した」
錫日照慈は顔に喜びも不快も浮かび上がらせることなく、ふたつ返事でそれを承諾した。
あるいはそうなるだろうと、班内の台所事情をかんがみて読んでいたのかもしれないが、逆に清蘭が当惑するほどの快諾っぷりだった。
「……と同時に、すぐさま第三班、第四班に出動命令がかかりました。すでに両班招集をかけています」
「早いな。で、場所は?」
「伊勢湾自動車道。昨晩襲撃された『デミウルゴスの鏡』が、時州一族の護送中、つまり現在進行形で不特定多数の勢力に再度襲撃されています」
「遅すぎる……! 監視してた二班はなにをやっていた!?」
数秒前とは相反する怒号を清蘭に浴びせる。
これは逆に清蘭のほうこそが予想していた反応だ。だから、腹もべつに立たなかった。
「報告はすぐに上がりましたが、国の認可が下りませんでした。というより、今も下りていません。司馬班長が無断で出動命令を出しました」
「あの露悪趣味め」
師匠筋にあたる人物に容赦ない悪態を吐いたときには、彼は冷静さを取り戻していた。
彼らの目の前に、高機動の武装ヘリが到着し、タラップに足をかけた錫日に、
「でも、少し安心しました」
と声をかける。
「貴方のような、信頼のおける大人の下で戦えることになって」
これは彼女にしては珍しく、私情のまじった賛辞だった。
振り向いた錫日は、ややぎこちなく笑ってうなずいた。
若い兵士たちを運び、ヘリは一路、西の空へと向かう。
自分たち猟犬が、必要とされる狩り場を、駆けるために。