5.
頭上を回転しながら飛んでいく大型車両を、村上清蘭は呆然と見上げるほかなかった。
中から響き渡った騒音と負けないくらいけたたましい破砕音とともに、トレーラーは出入り口の半分ほどにふさいでしまった。
と同時に、『三途の川』を封鎖し、銃を構えて威嚇していた第三班の元メンバーたちは、ガクンと急にうなだれて、ヒザをついて銃をとり落とした。
……まるで、糸を切られたあやつり人形のように。
「行くぞ。半数は死傷者、洗脳された第三班を確保。残りは突入する」
錫日がインカム越しに発したオーダーを遂行するべく、第四班が動いた。
半数が抵抗らしい抵抗もできない同僚たちを捕縛し、運んでいく。
車を投げつけた少女……童嶋をともない病院へ進む彼を、さらに半数の個性的なメンバーが固まって守る。そして当初の予定どおり、清蘭も彼らに随行することになった。
そして車の残骸の前で立ち止まると「童嶋」と新人の名を呼ばわる。
「いえっさ」
と少女は敬礼。車体のフレームをつかむと、「えいやっ」とかるいかけ声とともに……チョコレートかなにかのように、その鉄塊の一部をひん曲げ、引きちぎった。
「怪力が、彼女の特異体質というわけですか」
咽頭マイクを通じて問いかける彼女に、錫日は軽く首を振った。
「それだけではないがな。筋骨組織の超強化、ということらしい。腕力だけじゃなく、散弾さえ無傷で防御できることが実証ずみだ」
クレーンでさえ手間取りそうな大型車を両手で持ち上げたときと同様のうすら寒さを、清蘭はおぼえていた。
――これが、第四班。
全七班から成る『ヤクト・ハウンド』中最多の特殊技術、特殊能力者を保持する部隊。
第三班の班長、すなわちここから離脱した清蘭の上司などはよく不公平だと漏らしていたが、そうではないことは彼自身承知のはずだった。
通称、実験部隊。もしくは新人研修所。
十種類以上の特殊弾が発射可能で、それ自体も高性能の演算処理能力を持つデバイスである特殊銃『パラケルスス』。
あるいは、この童嶋やよいのように民間から発見され、抜擢された能力者。
そうした超技術や超能力者が実戦で通用するのか、集団戦にて運用できうるのか。それを実地にて調査するのが、第四班のおもな役割だった。
そうして多くは適正を判断されると、しかるべき部署へと異動されたり、量産体制に入ってほかの班へと支給される。
なかには、『フェアリー・テイカー』こと斉藤のように、出世の道を蹴ってまで残留する人間もいないことはないが、たいがいは数か月で、ひどいときには半月で人事異動となったり、装備が変更されたりする。
「……だが、やはり単純なパワータイプというのはいいな。敵に回すと厄介だが、味方にしてみればこれほど使い勝手が良いのもない」
そして本当に使い物になるかどうかわからない戦力を、月ごとに戦闘パターンを刷新、更新しながら死地に立たなくてはいけないのだ、この錫日照慈は。
だが、その無茶ぶりに応え、つねに最適解をみちびき出してきたのは、かくれもなき彼の実績だ。
童嶋の小柄な肉体と、それの三倍以上の面積を持つ、引きちぎった鉄板の影で、彼らは前身をつづけ、ついに病院内に侵入した。
だが、次の瞬間、音がハウリングした。
斉藤が射込んだ特殊弾『バンシー』のものではない。女の腹から発せられた、音声による衝撃波だ。
いったいこれのどこが、『ウィスパー』なのか。
頭がくらくらしたが、今の段階ではただの人並みはずれたデスボイス、という程度だった。
洗脳の効果はない。
「やはりな」
と、班長の唇が形をなして動いた。
そのための、車の暴投。『シルバー・ウィスパー』の特性を看破したからこその、この鉄の盾だった。
『バンシー』は彼女の気を一瞬でも惹くための陽動にすぎない。
「たとえ糸で絡み取ったといっても、それをあやつるには手と頭がいるというわけだ」
ここに突入する前のブリーフィングで、錫日照慈はそうたとえ話を切り出した。
人形……すなわち洗脳をする人間の位置、明確な場所や状態を把握していなければ、そして逐一その命令を出していかなければ、エセ聖女の能力は機能しないのだ。
「洗脳されたのはその都度先鋒に立たされた者たちだった。そして、人質をふくめて彼らは、すべて彼女の目の届く位置に立たされている。ホールには必要以上に電灯がつき、内外の顔が目視できるほどだ。以上のことをかんがみれば彼女の声は、洗脳能力にのみ関して言えば、少なくとも顔が見えるほどの至近でなければならない」
なるほど資料が事前にいきわたっていたとしても、その見解の鋭さは敵味方に多くの異能者をかかえてきた、第四班の班長ならではといったところだろうか。
その男は、背を盾の裏側に預けながら、彼女に目配せをしてきた。
「いけるか」
と言外に聞かれ、騒音のなか、ただ清蘭はうなずいた。その腕には取り付けられた、延べ棒のように長細い金属を、握りしめながら。
彼女は童嶋からそっと離れつつ、聖女の死角をねらう。
やがて、間合いを完全に見計らってから、盾から身を乗り出して、腕を前方へ突き出して駆けた。
前へと向けた腕が、そこに取り付けられた装置が、展開する。
その延べ棒が何層にもわかれ、五本分の幅をとって横にスライドし、屏風上、あるいは扇のように組み合わされた巨大な鉄板となった。
『ゲートキーパー』。
城門を想像させる幅広のその盾もまた、第四班を通じて清蘭に支給されたものだ。
政府が独自に開発したものだが、また意味不明というか、趣味にはしったようなものだと思う。
ただ、第四班の検証済みというのもあって、あんがい使い勝手はよかったりする。
特殊な比率の合金で構成された鉄板は、前に突き出せばあらゆる衝撃をも吸収分散する強固なバリケードとなる。今はそれによって顔を隠し、デスボイスの衝撃を飲み込んだ。
取り込んだエネルギーを、『ゲートキーパー』の一片に集中させる。
それが彼女の意志や操作に応じて、はじき出される。そのまま敵の力を利用し、暴徒鎮圧を目的とした射出武器へと変化した。
「ぐ……はっ!?」
腹部に思い切りそれを激突されて、迎撃、ないし回避しようとしていた聖女は前のめりになった。
出血はないが、肌にはアザができることだろうし、腹から『声』を出すにまでに、時間が必要となることだろう。
銀髪を振りかざし、少女は逃げ出す。廊下へ進み、裏口から逃げようという算段か。
動きが速い。はなからそのつもりだったらしい。
信徒のなかで一番えらそうかつサイケ気味な衣服を身にまとった中年男が、這いずるように彼女につづいた。
そして彼女をこの世の救世主と信じる人々は、そんな彼らをけなげに守ろうとするべく、バットや鉄パイプ、あるいはくすねた注射器を手に突入部隊に組み付き、重火器を持った相手は乱射した。
人質は『人形の糸』を切られてヒザをつき泡を吹く。
弾丸から、聖女から音声は止み、あとにのこったのは人々の狂ったような雄たけびだけだった。
「わわ、ちょっと。はなれてくださいっ!」
さしもの怪力娘童嶋も、敵にただの人間相手をひねるわけにはいかないのだろう。
まるで赤子を持て余す獣のように、拳を振り上げどころを見失って、信者たちに組み付かれるままになっている。
それは、どんな強固な鉄板を持っていたとしても、村上清蘭も同様だった。
「人質の確保を最優先にしろ。斉藤も『ゴム弾』に切り替え。人質をとるような輩がいれば即座に鎮圧しろ」
そう素早くオーダーをつけると、錫日自身は単独、援護射撃や敵の突撃や銃弾をかいくぐって、聖女を追った。
「危険ですッ、班長! 単独で深追いしては」
自分の班長ではなかったが、思わず清蘭はそう声を張り上げていた。
錫日は足を止めず顔を向けずに答えた。
「俺ならば、大丈夫だ」
一切の説明もされることはなかったが、少年のそれにちかい男の声は、確信に満ちていた。