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Questing Beast  作者: 瀬戸内弁慶
前編~望まれざる銀の嫡子〜
4/32

4.

 ――諦めたか。

 各病棟、各専門科につながる大広間から、銀の長髪をなびかせて、『シルバー・ウィスパー』……聖女は天窓を見上げた。

 電源をフル稼働させたそのホールは、さながら彼女のコンサートを開催しているかのようだった。


 そして隣の区画から聖女を狙っていた不届きなスナイパーは、彼女との距離を置いたらしい。


 もう少しだったのに、と少しだけ悔しがる。

 あと数センチ、狙撃のために顔を近づけてくれれば、歌声のひとつそこまで届かせてやって、その心を絡め取ることができたというのに。


「聖女様?」


 彼女の変調を神経質なまでに気遣う司祭は、外のことにまでは目が向けられないようだった。

 そして彼のとても小さな心臓が、血を必死にまわして暴れ狂っているのがわかる。興奮と、恐怖で。こと音響に精通しているしているからこそ把握できてしまう。何より彼は自分の実態を知っている。

 ゆえに察してしまえる。そこに忠信などなく、奥底にあるのは自分への恐怖だ。


 もはや自分が立っているのは、真っ白な壁と四畳半以下のガラスケースのなかなどではない。

 自分たちの創作物が、思いがけず外に出たときに彼らが出来たことと言えば、思考を捨てた盲従だけだった。

 皮肉といえば皮肉にも、そのためにこそ自分たちは外道によって産まれたのだから。


 信者たちは、二種類いる。

 自分をあくまで慕い、崇拝しているタイプと、彼女自身の能力でもって、人形と化した突入部隊や人質たちだ。

 だが、そこにどういった違いがあるというのか。どちらも、信念どころか思考さえも捨てているというのに。


 聞こえないように舌打ちしたが、彼らに振り返った時にはすでに、勇ましくも優美さをたたえた戦姫の表情だった。


 もはやその身にまとっているのは、粗末な入院着などではない。

 その目の緋色と、その髪の白銀を基調とした、ゴシック調の軍服。

 肩にかかったマントをはためかせ、彼女は高らかに宣言した。


「皆、聞け! ここを耐え忍べば、いずれ裁きの審判が彼らにくだる! いずれ我が同志が千軍万馬をひきいて天上より舞い降り、奴ら汚れた俗人どもを駆逐する! 私は諸君らを信じている! 諸君らとの絆、想いの強さを知っている! そうだ、時が来るまで、我らの結束で苦難を乗り越えるのだ!」


 聖女の言の葉は、そのまま彼らの高揚となって伝わっていく。

 洗脳され、常識を塗り替えられた彼らにとって、その一つ一つが、何にも勝る至宝だった。


「たとえ諸君らがここで果てようとも、いずれ今日の勇戦は家族や、愛する人々にきっと受け継がれていく! そして今日の無念は、きっと彼らが果たしてくれる! そのためにも、ひとりでも多く敵を殺せ! たとえ向かってくる者が赤子であろうと容赦はするな! それは未来に残る禍根である! それを取り払う名誉を、胸にしっかりと刻み……そして、そしてできることなら生き延びてくれ! ……諸君らもまた、かけがえのない私の同志なのだからな……」


 タイミングを見計らい、くるりと背を向ける。

「聖女様……」

 と震える声が、背後のあちこちから聞こえはじめる。それは主に、ここまで苦楽をともにしてきた、熱心で、かつ無垢な信徒たちのものだった。彼らは自分が夢想のなかに陥っていることさえ知らず、当初はより安全に、より幸福な生活を送ってきたことなど忘却のなかへと追いやって、ただ彼女の言葉に熱狂した。


「こんな俺たちを……聖女様はお見捨てにならないっ! みんな、彼女のために銃をとれッ、立ち向かえ! さぁ、彼女をたたえる歌を歌おうっ! 銀夜のために、すべては、静謐なる銀夜のためにィッ!」


 と、誰かひとりが言った。やがて税込み八千四百六十円の教典にかかれていた讃美歌が、あちらこちらから聞こえ始めた。

 この教えに傾倒した作曲家と作詞家が考案したものだから、それなりに体裁はととのっているし、韻を踏んでいる。


「みんな……ありがとう……ありがとう……!」

 と、歌姫はその声に感涙し、肩を震わせた




 ――んなわきゃあ、ないでしょうが。




 まぁ、それは彼女にとっては演技(フリ)でしかなかった。


 演説にしたって、そもそもそれは彼女の意に沿うものでもなかった。

 あのうすら寒い長広舌は、遺伝子レベルの内部で染み付いたものだ。それが彼女のなかから掘り起こされ、勝手に頭のなかに浮かんだだけだ。そして、まるで油脂でしめらせたかのように、唇から勝手に零れ落ちただけの言葉だった。


 かつてこんな口上を披露していた人間は、きっと天性の扇動家か。こんな空疎な絵空事を本気で信じていたとしたら、どこまでもめでたい人間だったことだろう。

 どちらにせよ、救い難い。


 ――さて、人柱はこれで出来上がった。状況は悪くなってるし、頃合い見計らって逃げる算段はしないとね。


 ……そう、死んでたまるか。

 ホルマリン漬けの標本や、実験用のモルモットはもうごめんだ。

 目の前で衆愚どもが利益や幸福をむさぼり、自分だけに責任を押し付けられるのはごめんだ。


 ――なにを犠牲にしたってかまわない。『母親』だろうとなんだろうと利用し尽くす! 何人死んだって知ったことですか。アタシは、アタシの幸福を……ッ


 そんな野心に燃える彼女の頭上で、天窓に穴が開いた。

 降り注ぐ月光をつたうようにして、直線的な軌道で撃ち込まれたのは鉛色に鈍くペイントされた、弾丸だった。


 いや、果たしてそれは弾丸なのだろうか。

 ポインタは丸みを帯びていて、その形状は飛距離を伸ばすことよりも、弾の破壊それ自体を、防ぐかのようだった。


 ……彼女自身をねらった弾丸ではない。

 そもそも姿が視認できないぐらいに離れた例のスナイパーからしても、聖女の姿は正確に捉えられないはずだ。


 ただ、当たりをつけて適当に撃ち込んだもの。

 だが、その意図と目的は、次の瞬間その鉄片から鳴り響いた怪音であきらかとなった。


 目覚ましのアラームにも似た、甲高い音は地が揺れるほどに甲高く、うろたえる周囲の声さえも、かき消すほどに。


「……この程度……ッ」


 こちらの音域が侵されるほどではない。

 だが、正面を向いた聖女は、入り口に向けて飛んでくる、巨大な鉄塊を見た。


 それは、彼ら自身が乗り付けてきた、トレーラーだった。

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